1-2話_Name is …
もう7月終わりますよ
1年D組一行は屋内運動場へ移動した。
広さを表現するならば、大規模なスポーツの祭典を催しても余裕がある程のキャパシティだ。
生徒を屋内運動場の芝生エリア整列させ、御手洗先生は傍に抱えていた黒鉄の箱を地面に置いた。
持った本人でないと、重いのか軽いのかさえ分からない、奇妙な箱だった。
白い手袋を着用した御手洗先生は、箱に手をかける。
錆びたような金属音が、箱を開けると同時に屋内運動場に反響した。
そこまで大きな音でも無かった。
箱の中に、ゴツゴツとした無色透明の鉱石が敷き詰められていた。大きいもので人の頭の大きさ、平たいもの、手のひらに納まる程小さいもの、奇跡的な幾何学形状のもの、同じものが一つとしてない。
「これは召喚獣が宿る『クォーツ』、になる前の鉱石だ。QO2(キューオーツー)、原初の召石、神の宿繭、世界では様々な言われようをしている。日本では『オリジン』と昔から言われている。歴史の授業で習うから、詳しくは今度な。」
薄手の手袋をしたまま、無色透明の鉱石を持ち上げる。
屋内運動場に差し込む光が、それに反射してキラリと光る。
「今からコレを一人一人に渡していく。これは『召喚士』の卵として名誉ある第一歩であり、召喚士としての最初の『儀式』だ。だが、」
御手洗先生の雰囲気、周囲の空気が肌で感じるように変わった。誰かを睨んでいる訳ではないが、絹糸のように細い殺気が漂っているのが分かった。
「この中に、既に召喚獣を持ってる生徒がいるはずだ。召喚獣は特例を除き、世の理として1体まで所持することができる。既に持っている者は間違ってもコレに触れる事は許されない。禁忌を犯すことになる。何故かは未だ言わんが。」
奏の額に冷や汗が滲み出てきた。
学園に無許可で、尚且つ、父の所有物であるクォーツを所持しているからだ。
一体どうなってしまうのか、変な好奇心さえ湧いてきた。
「まぁ教育者として、脅しは良いとは言えないし、皆の表情を見た感じ、待ちきれない奴もいるので、勿体ぶらずに配っていくぞ。その前に、召喚獣を既に所持している者はこっちにきてくれ。」
御手洗先生がそう言うと、数名の生徒が移動した。
奏は移動するのを一瞬躊躇したが、『禁忌』という言葉に流石にビビり、他の所持済み生徒に付いていった。
今自分は、本当に召喚獣を持っているのか、不安に駆られてしまったが、禁忌を犯すリスクを考えると、正しかったかもしれない。
≪おい啓斗、あの群青髪のアイツ、挙動不審じゃないか?≫
「アイツは…。」
モロクが奏の些細な挙動に勘付いたのか、御手洗先生に耳打ちした。
―
数分後、無色透明な鉱石が生徒全員に渡った。
「召喚獣を呼ぶ時は、名前を声に出すことでクォーツが共鳴する。今回初めてクォーツを手にする訳で、召喚獣の名前なんて知らないだろう。」
(ヤバい、父さんのクォーツに宿る召喚獣の名前なんて教えて貰ったこと無いぞ...。ましてや今になって、本当にコレに召喚獣が宿っている確証なんて無かった。今まで俺の前で召喚獣を呼び出すことなんて一度もなかったし…。結構マズい状況かもしれない...。)
「各自目を瞑り、念じるんだ。己と共に歩む相棒の存在を感じるんだ。自分と一緒に!...と。そうすると、彼らは応えてくれる。感じたその名前を呼んでくれ、と聴こえてくる。そしたら名前を呼ぶんだ。」
生徒の持っているオリジンが次々に光り出す。
青、橙、緑や紫...。
屋内運動場に淡い光が灯り出す。
そして皆、口々に聴き取った召喚獣の名を呼んだ。
「来い、【ラムダ】。」
「【ムーア】!」
既に召喚獣を所持している側の生徒達も、これ見よがしに自分のクォーツを掲げ、パートナーを呼び出す。
現存する動物の形をするモノもあれば、ユニコーンやグリフォンのような空想上の生物を形取った召喚獣もいた。
初めての現象に、驚きと戸惑いを隠せない生徒達だったが、何よりも希望に満ち溢れた表情をしている。
「召喚獣を呼び出して交感したら、今度はクォーツに戻してみろ。そしたらオリジンは綺麗な宝石みたいになるからな。絶対無くすなよ?」
召喚獣と戯れている生徒の間を縫って、御手洗先生は声をかけていく。様々な光がクォーツに収束していき、綺麗な色をした宝石へと姿を変えていった。
「お前の相棒は?出さないのか?天宮。」
周りの様子をうかがっていた奏に歩み寄り、
モロクの顎をさすりながら御手洗先生は言う。
尻尾を振るモロクは嬉しそうだが、どこか奏を警戒している。
御手洗先生の何気ない言葉で、生徒の視線が徐々に奏に集まってくるのが分かった。
慎重に言葉を選ぼうと熟考する奏。八方塞がりなのは変わりない。実は持ってましたなどと言えば、校則違反。所持済みを隠してオリジンに触れれば禁忌を犯し、それからどうなるかなんて知る由もない。
(正直に言うしかないのか…。)
奏から視線を外した御手洗先生はモロクの召喚を解いている。
その隙に、胸ポケットから父のクォーツを取り出し、握りしめ、目を瞑り名前を教えてくれるように、念じた。
「モロ、お疲れ。(さて、彼はどうするか...)」
≪んじゃ暫く呼ぶなよ。≫
「はぁ!?」
モロクの体が山吹色に光り出し、みるみるうちに光と共に小さくなっていく。
小さな宝石に変形し、御手洗先生の持つタイピンにカチッと音を立てて嵌った。
奏は続けて強く念じる。
(どうにでもなれ…!なぁ、父さんのクォーツ、お前の名前を教えてくれ!お願いだ!)
カッ!!
その瞬間、奏の持つクォーツが眩い光を放つ。
禍々しく、深く、蒼い光が瞬く間に屋内運動場を包み込む。
―
―同刻
学園某所
「!!!」
「どしたん?話聞こか?」
「...やっぱりこの感じ、今年の新入生にも居るかもしれない。勘だけど。」
「(無視か)冗談言うな。お前の勘はいつも適当だろ。アレは十数年間沈黙を貫いてきたんじゃないのか?。新たな依り代がそう簡単に出てくるわけないだろ。」
「女の勘、舐めないでくれる?」
とある暗闇の部屋。六角形の机に、六つの椅子。腰かける人影と立ったままの人影が軽く言い争っている。椅子に座り伏している者もあれば、スマートフォンを触る影もある。
すると、とある人影が手を挙げた。
「はい。先輩達、さっきから悪の組織面してローカルトークやめてくれませんか?。付いていけないんですけど。帰っていいっすか。入寮の準備があるんですけど。入学して数日が大事なんですよ。ヒエラルキーのポジション取りが控えてるんですよ。その為に、」
「おい新人、教えてやるよ。我々が探し求めているのはシンプルだ。『龍の宿るクォーツ』だ。以上!帰ってヨシ!」
スマートフォンを触っていた影が、横から割って入ってきた。
『新人』と言われた影が、あまりピンと来ていない様子で呟いた。
「…龍?」
―
屋内運動場
奏を中心に光が絶え間なく溢れていく。
深く蒼い光は、まるで海の底を想起させるほど、辺りを暗く照らす。
(…この色の光は!…クソッ…まずは、生徒の安全だ!)
「【モロク】!」
御手洗先生のクォーツが光り、モロクが現れた。
≪お前、暫く呼ぶなって言ったよな?...っておい!なんだこれは!≫
「説明は後だ!この光は濃すぎる!アイツの隔離と皆に軽減膜を!」
≪あいよ。≫
「…!そこの君、確か...まぁいい!とりあえず応援を呼んできてくれ!職員室だ!」
御手洗先生は、奏のクォーツの放つ光に充てられても平気そうな女子生徒に頼んだ。
御手洗先生は腕時計の液晶に映る『emergency』のボタンに触る。
モロクは大きく飛び跳ね、前足から力強く着地した。
同時に屋内運動場の地面が隆起する。
奏は隆起したドーム状の大地に閉じ込められた。
続けてモロクは遠吠えした。
屋内運動場に居る生徒の体が山吹色の光の膜につつまれた。
体調を崩していた生徒の調子が元に戻っていく。
「今すぐ屋内運動場から避難だ!(…あの光は、何故、アイツが…あのクォーツを…!)」
≪おいおい、これじゃまるで…。≫
―
―
(ここは…。)
奏が目を開くと、辺りは海の底のような漆黒だった。
水の流れに身を任せる如く奏の周囲をたゆまう光粒。
胎内にいるかのような閉塞感も、どこか感じる。
辺りには地面も空も無く、さっきまで周りにいた同級生もいない。異空間なのか、精神と時の部屋なのか、それとも全てが終わった世界なのか。何も分からない。
とある声が脳内に響く。
この声は、耳を通して聞こえてくる声では無かった。
男性のような、でもどこか女性のような柔和で強かな声。
≪其方の血を捧げ。さすれば、我が真名を示そう。≫
―
モロクの好物は犬用のアボカドらしいです。