0話_Prologue
初めまして。錢葵です。
10年程眠っていた設定集を基に小説化してみました。
昔の自分気色悪いなぁと思いながら執筆しています。
『読む漫画』を目指しています。
木漏れ日が微かに差し込む病室。
心地よい柔らかな風はカーテンを揺らす。
ベッドに横たわり、深い眠りに付く男性。
その男性の大きな右手に両手を添え、床に跪いている青年がいた。
「父さん俺、今日から高校に行くよ。約束…守ったよ。一方的な口約束だから、父さんは覚えていないかもしれないけど…あの『お守り』貰っていくから。」
「奏?お父さんへの挨拶済んだ?」
ドアを隔てて廊下側から、少し焦ったような女性の声が聞こえた。
奏は声のする方を少し振り返る。
「母さん先に降りてて、すぐ行くから。」
「そう、分かったわ。今日は入学式なんだから、遅れないようにね」
母の足音が遠くなっていくのを確認し、奏はベッドの隣の引き出しを開ける。
ふわり、と楓の良いかほりが部屋に広がる。
「これが、父さんの『クォーツ』…綺麗だ。」
見た目はサファイアのような結晶だが、どこか奇妙な気配を感じる。
それを親指と人差し指で恐る恐るそれを摘み、日の光を透かして見る。
海のように深く、透き通った蒼色の光が、目に染み込んでくる。
奏は『クォーツ』と呼ばれるそれを左手でゆっくり握りしめた。掌に刺さるぐらい、しっかりと握りしめた
ゆっくり目を閉じて、深呼吸をする。
病室は沈黙に包まれた。
医療機器の淡泊な機械音も、外の電車の音も、外を歩く人の喋り声、飛行機の音も、何も聞こえない。
何かを決意したように、ゆっくりと目を開け、植物状態の父の優しそうな寝顔を見て呟く。
「行ってきます。父さん」
制服の胸ポケットにクォーツを忍ばせ、病室を後にした。
―
「奏ほら、ちゃんと背筋伸ばして歩きなさい」
「やめろって、もう高校生だぞ」
奏が入学する高校前に歩道。新入生の家族がぞろぞろと歩いていた。
大きめのキャリーケースと、大きな荷物を持つ奏の背中を、優しく撫でる母の手。
思春期男子は、周りの目を気にしつつ、小声で母に反発した。
頬を優しく撫でる暖かい風が、春色の花弁を運ぶ
桜並木が、新入生を歓迎している。
奏は空いた手で胸ポケットの中のクォーツを軽く抑えた
暫くして、桜を眺めながら奏の母は口を開いた。
「あの人と、何を話したの?」
「父さん?」
母の声色的に、どこか寂し気だった。
「うん」
「…特に」
奏は少し申し訳なさそうに返事をした。
父が植物状態になってから女手一つで育ててくれた母に、少し嘘をついた。
「そう。男同士の秘密ってやつね。」
「まぁ、そんなところ。」
母が少し笑った気がしたが、よく見えなかった。
―
「彼が例の天宮 奏ですね。今年の1年生は訳アリが多いフラグかもしれませんなぁ。」
学校の上階、とある教室に怪しい影が2つ。
双眼鏡を覗き、新入生家族を見下ろしながらぶつぶつと呟く女子生徒。おそらくこの学校の上級生だろう。
「あれはもしや…やっぱりだ、『御三家』の家紋付きの黒塗りの高級車だ!あ!あっちには九条財閥のリムジン、気配消してるけど殺気駄々洩れボーイエンドガール、明らかに訳アリ新入生…やば、典型的な学園ファンタジーモノになっちゃう!やだ~高まるぅ~。」
「そろそろ入学式の準備に戻らないと、マジで怒られますよ『聖召学園生徒会会長』。あとメタ発言禁止なんで。」
窓を背にして片腕組みをしている男子生徒がスマホを見ている。
「あれ?君いt、」
「覗き見って趣味悪…。今から直接見れるんですから、我慢して下さい。それじゃ。」
すると『会長』と呼ばれる女子生徒の言葉を遮るように、彼女から双眼鏡を取り上げ、男子生徒は風のように教室を去って行った。
「私の双眼鏡返せ!誰が覗き見女だ!書記の分際で!おい!ってもういない!やっぱりあいつ早い!」
これは、一人の青年と一つのクォーツを巡る物語である。
不定期更新ですが、何卒宜しくお願いします。