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 女将さんに起こされ食堂に向かうと見知った顔が数人いた。

俺がこの宿屋にお世話になり始めた頃は、朝は宿泊客しかいなかったが、最近では偶に村の人も見掛けるようになった。


「サトー様おはようございます!これ、今朝獲れたばかりの魚なのでぜひ食べてください!おいハンツ、美味しく料理してサトー様に出してやってくれよ!!あ、あと俺も朝飯食ってくから定食1つ頼むわ!」


 こんな感じで薬を提供した本人や家族が、俺に御礼(さしいれ)を持って来たついでに食事をしていくパターンが多い。

ちなみにハンツは宿屋のご主人の名前だ。


「誰に向かって言っている、俺が先生に不味いもん出すわけないだろう、なあ先生?」


「そうですね、ご主人が作るご飯はどれも美味しいです」


 本心からの言葉を添えてにっこり笑うと、ご主人が苦笑いをしている。


「先生…、あまり本気で微笑まんでください。俺や息子達はだいぶ慣れたけど、先生の笑顔は神々しすぎる」


「そうそう、私なんかは目の保養だけど、男どもにとっては刺激が強すぎるみたいだよ。ほら。」


 女将さんの目線を追えば、男性が何人かフリーズしていた。魚をくれた男性も然り。

会社員時代に武器にしてきた笑顔(ビジネススマイル)だから自負してはいるが、相手をフリーズさせる事なんてなかった。

俺自身もカバンのようにレベルアップしているってことなのだろうか?

 それにしても笑顔が【魔性】から【神々しい】にレベルアップはいいとして、効果の対象が男って…。

俺にとってはレベルダウンどころかライフがゼロになりそうな残念能力にしか思えない。


「サトー様、気にするな。貴方の笑顔は村の住人皆の癒しだ」


 察したジャックが俺の方にポンと手を置いて慰めてくれる。食堂にいる村人達が「うんうん」と頷いているが余計凹むからやめてほしい。

というか…


「ジャック…、君、毎朝いるよね」


「サトーさま、おはようございます!僕もいるよ!」


「うんうん、おはようカイロ」


 カイロに笑いかけると周りから息を呑む音が聞こえる。二度目なのだからちょっとは慣れて欲しい。

俺の笑顔で子供や女性はどうこうなることは無く、子供のカイロは寧ろ全力で笑い返してくれるから嬉しい。

ちなみにカイロはジャックの弟で村長の二男だ。魔力が関連する体調不良に見舞われていたこともあったが、今はすっかり元気だ。

ここのところジャックと一緒に宿屋の食堂に来て朝食を食べている。

 前に「ご両親と朝食をとらないのか」ときいたのだが「兄さんと一緒に食堂(ここ)で食べたいから」との事だった。カイロは兄が大好きなようで俺が顔ジャックと顔を合わせる時は、カイロも一緒にいることが多い。

仲が良い兄弟で何よりだ。


「俺とカイロの態度の差よ…」


「なんか言ったか?」


「いや、何でもないデス」


 ジャックが何か言っていたが小声の為聞き取れなかった。独り言だろうから特に気にはしていない。

 そんなやり取りをして何時ものようにジャックとカイロが座るテーブルの向かいに腰を下ろすと、直ぐに女将さんが3人分の朝食を運んできてくれた。二人の朝食より品数が一品多いのは誰かの御礼(さしいれ)なのだろう。


「「「いただきます」」」


 食事前の祈りを捧げた後、3人で合掌する。

 以前「いただきますとは?」と彼らに問われ、食材の「命」を頂くこと、食材を育てたり狩ったりして提供してくれる人、食事を作った人など、この食事に関わった全てのものや人へ感謝する言葉で俺の故郷の作法だと答えると真似をするようになった。

その際「サトー様の故郷って?」と突っ込まれ、「絶えず国名が変わっていたから覚えていないし、ここからとても遠くにある国」と暈して答えておいた。半分は事実だ。時空を超える位遠い、俺の故郷…

恐らく元の世界に帰れる可能性は限りなく低い…、と思う。


(あーー、米食べたいなぁ・・・)


 朝食のパンを齧りながら『諸国漫遊の際には米探しもしよう』と心に決めた時、ガタイのいい男が我が物顔で食堂に入ってきた。


「邪魔するぜー!女将、久しぶりだな!旦那も元気そうで何より!!」


 皮鎧にフード付きマント、腰に剣。その他の諸々の装備から男が冒険者であることは一目瞭然だ。装備から前衛職なのだろうと推測する。


(おお〜!リアル冒険者初めて見た!!いいカラダしてんな〜)


 大胸筋と上腕二頭筋が眩しい。

 男は空いてる席にドスンと座り女将さんと話している。その声のデカさで周囲に丸聞こえだ。


「おや珍しいね、ラミロ。こんな早い時間にうちの村来るなんてどこかで魔物でも出たのかい?」


「いや、ここ最近は魔物関連の依頼は全然ない。知り合いの魔法職の冒険者曰くマナが澄んでるから魔物が生まれにくいとかなんとか言ってたな」


「ああ、それ、うちに泊まったお客もそんなこと言ってたね~」


「お、その客は女だったか?」


「いや、男だよ」


「そうか。ところで最近見慣れない女が泊まりに来てたりしないか?」


「此処は宿屋なんだから見慣れない人ばかりだよ、何言ってんだい!」


 ホント、何いってんだこの冒険者。

 二人のやり取りを聞いていて俺は思わず咀嚼していたご飯を吹き出しそうになった。

危ない危ない。


「そうだよな…。実は王都の冒険者ギルドのギルドマスターから各支部に『管轄の町や村に見慣れぬ女性が現れたら速やかに報告する事』っていう直々のお達しが来たんだわ。今手の空いている奴らで手分けして聞きに周ってんだけど『女』ってだけで特徴の1つも書いちゃいない。ったく、上も何考えてんだかな…」


「そりゃ雲をつかむような話だねぇ、冒険者ギルドの支部長ってのも大変だ。ほら、朝ごはん食べて頑張りな!」


「おう、ありがとな!それと、そこに居んのは村長とこのジャックだろ?後で邪魔するから村長に言っといてくれるか?10時頃に行くわ」


「わかりました、ラミロさんが来訪する旨を伝えておきます」


 自分には声を掛けてもらえず残念そうにするカイロに気付いたのか、ラミロは席を立って俺達の座るテーブルへ来た。


「お前は…確かカイロか?暫く見ないうちにデカくなったなー」


「ラミロさんおはようございます」


「おう、おはよ」


 はにかむカイロが可愛いなーと思いつつ朝ごはんを食べる俺にも続けてラミロは声を掛けてきた。まぁ村長の息子兄弟と同じテーブルに座っているのだからこの流れになるのは頷ける。


「あんたは…初めて見る顔だな。俺は冒険者のラミロだ、よろしく」


「私は薬師見習いのサトウイツキと申します。現在この村でお世話になっております。私のことは『サトー』とお呼びください」


 笑顔で自己紹介し右手を差し出したが、ラミロは俺を見て固まっていた。

意識して笑顔を7割くらいにしたつもりなのだが初見だから5割のほうが良かったか?


「ラミロさん?」


と、声を掛ければ「あ、ああ、、」と言いながら俺の手を握り返してくれて握手が成立した。


「あはは!サトー様の笑顔を見れば男共は皆そうなるから気にすることはないよ!!」


 女将さんがラミロに笑いながら言うと食堂の誰もが彼に向かって頷いていて、俺は苦笑するしかなかった。




 ━ 村長の家にて(ジャック視点) ━



 宿屋で朝食をとった俺とカイロはサトー様と別れ、自宅に戻った。

 親父にラミロさんが来訪する旨を伝えると俺も同席するように言われた。横でカイロが不服そうにしてるがまだ子供なのだからしょうがない。

 冒険者ギルドの支部長がうちに来るのは恐らく宿屋で話していた件絡みなのだろう。親父には宿屋でのやり取りを軽く話しておいた。

約束の時間ピッタリに来たラミロさんを応接室に通し、俺と親父の3人がソファに掛けると母がタイミングよくお茶を運んできた。

給仕を終え退出しようとする母をラミロさんは引き留め、4人で話をすることになった。


「宿屋でジャックはざっくり聞いてると思うが、冒険者ギルドでは今、見慣れない女を探している」


「ああ、息子から簡単に聞いている。それにしても大雑把過ぎるな、大きな町なんぞ人の出入りが激しく見慣れん女ばかりだろうに。この村にも旅の女は来てるだろうがいちいち把握などしとらん」


「奥方はどうだ?村の女達から何か聞いてないか?」


「そうですね…特には…。お役に立てずすみません」


「だよな。こちらこそすまん」


「ラミロ、うちにわざわざ来るくらいだ、本題は他にあるんだろ。その探している女は何者なんだ?」


 それは俺も気になった。手掛かりが「女」しかなく漠然とし過ぎだが、王都の冒険者ギルドのギルマスが探しているのだから只者ではないと思う。


「実は…探しているのは聖女様じゃないかって噂が冒険者の間で拡がっている。ここんとこ明らかに魔物の被害など減ってるのが理由の1つ。そして最近はどこの村や町でも自然の恵み(食料)に事欠かなくなったらしい。魔力持ちが言うには最近マナが清らかで明らかに違うんだとよ。これらは聖女様が降臨なさってるなら辻褄が合うんだよな」


「ああ、魔物や食料に関しては俺も感じていた。特に希少な獣や植物がよくとれて、村全体の収入が増えてきている。マナは最近魔力持ちであることがわかった二男曰く『心地よい』らしい。まぁ、俺にはよくわからんが…。しかし仮に噂が本当だとしても歴代の聖女様は王のお側に降臨されたんじゃなかったか?こんな辺境の村などに来ることはなさそうだが」


「その辺の事情は末端の俺達にはわからんが…。そんな訳で見かけん女が村に来たら俺に知らせてほしいのは勿論なんだが、それとなく『青い薔薇(お印)』があるか見といてもらいたい。奥方なら確認する機会があるかもしれんからよろしく頼む」


「わかりました、そのような女性が現れたらそれとなく確認してみます」


 母の了承にラミロさんは感謝の意を示し、本来の目的は終わったようだった。

母はお茶を入れ直すと言って一旦退席し、親父とラミロさんは雑談を始める。元々若い頃から付き合いがあり、様々な情報は彼から貰っているようだ。


「しかしこの村じゃ希少なもんがとれるのか、羨ましいな。ここに来る前に寄った村はそこまでの恵みは無かったぞ」


「そうなのか?まぁ今までが他の村より劣っていたんだ、こういうこともあっていいだろう。神、というか聖女様に感謝だな。後はサトー様が村で永住してくれれば言う事は無いんだがな…」


「サトー様?…ああ!笑顔がエラい別嬪な薬師見習いのにーちゃんか!」


 親父とラミロさんの会話にサトー様の話題が上る。サトー様が見習いなのにとてもいい薬師だと力説してラミロさんをひかせていた。


「いやー、サトーさまってつい最近この村に来たんだろ?やけに心酔してんな、大丈夫か?しかし殆どの不調を治すなんざ見習いのくせに腕が良いんだな」


「ああ、彼は我が家の恩人でもある。もし女性だったらサトー様は間違えなくうちの村の聖女様だよ。本当にサトー様には感謝してる」


『うちの村の聖女様』は言い得て妙だと思った。

サトー様は美形ではないが中性的で愛嬌のある顔をしている。笑顔はそれこそ天使だ。

喉仏もあり、声を聞けば男であることは間違えないのだが()()()()()()()()()


(近いうちに川にでも誘うか…)



 まだ続きそうな親父とラミロさんの雑談を聞き流しながら、俺の頭の中はサトー様を如何に脱がすかで一杯になっていた。



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