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俺がハジメリ村に来て2週間が経った。
『この村に住まないか』という村長の誘いは断り、今後を見据えて【1ヶ月だけ】という約束で村に滞在することになった。折角異世界に来たのだから、この世界を見て、聴いて、触れて、色々な事を知りたい。
この村での滞在費は、打診の時と変更はなく村長持ちとしてくれた。
その代わりに村で病人が出たら可能な範囲で対応する、怪我の類は対象外という条件だ。
絆創膏しか持ってない俺には怪我の対処は無理。
「サトー様起きてるかい!朝ごはんだよー!」
最近は滞在先の宿屋の女将さんのモーニングコールで一日が始まる。料理人であるご主人が作った朝食が出来上がると俺を呼びに来るのだ。
「他の宿泊客の迷惑になるのでは?」と遠回しにやめてもらうように言ったのだが、「サトー様を起こしに行く頃には客はもう全員起きてるよ」とのことだった。
この宿の利用者は出立が早い人ばかりらしい。
「村の人達が『サトー様に食べさせてやってくれ』って色々食材を持ってくるんだよね、食べさせなかったら何言われるか…。うちも食材がただで貰えて助かってるし、主人も腕によりをかけて作ってるから今日もしっかり食べておくれよ!」
なんでこうなったのか…。
思い返せば一週間と数日前…、つまり、ジャックに連れられ村を案内されたのが事の始まりだと思う。
◆ 一週間と数日前
宿に初めて泊まった日の午後、友達のような距離感でジャックが俺を誘いに来た。昨日の今日で親しくなった覚えは無かったが、ジャックの人柄なのか不快には思わなかった。
特にすることもなく暇を持て余していた俺は、彼の誘いを二つ返事で了承し、宿にカバンを置いておくのは心配なので肩に掛けてジャックの後に続いた。
ちなみに昨日、村唯一のよろず屋っぽい店で身の回りの物を見繕った。値札が無い為その都度価格を尋ねたが嫌な顔ひとつせず対応してくれた。お陰で少しだけ物価的なことも理解する。ジャックも一緒にいた為ぼったくられていることはないと思う。
そして今は購入した服を着ている。
ビジネススーツを着ることは多分もうないと、今朝少しだけ感傷に浸りつつアイテムボックスに大切に仕舞った。
話は逸れるが、この時に俺のカバンの新たな能力が判明する。
「サトー様カバン重そうだな、持とうか?」
「あ、大丈夫。自分で持つから」
いいって言ってるのにジャックは俺のカバンを横から持とうとした。
「「・・・え?」」
ジャックは俺のカバンを持てなかった。持てないというか触れることすら出来ない。
ジャックの手は俺のカバンをすり抜けるのだ。
例えれば3Dのホログラム映像のカバンに触れようといている感じだ。
「あ…えーっと、このカバン、俺しか持てない仕様なんだ…。気を使ってくれてありがとう」
「え、あ、そうなんだ、すごいカバンだな」
カバンにこんな機能あるなんて知らなかった。
ホントに俺しか触ることができない仕様なら盗難の心配は無くなる。
カバンの中の薬は他の人に使えたから、カバンの外に出したものは誰でも触れる事ができるのかな。俺のカバンが益々有能すぎる。
話を戻そう。
ジャックに連れられて着いた場所は彼の自宅というか村長の家の前だった。昨日顔を合わせた村人が3人いて、中には俺にいつまで居るのか聞いてきたおばあさんもいた。
「ここにいる人達は家族か本人に何処かしら不調があるみたいだから、薬師様に診てもらいたいそうなんだ。サトー様、お願いできるか?」
「お願いも何も、この状況は決定事項じゃないか。まぁ、暫くこの村でお世話になるんだしわかったよ」
宿でもいいはずが、わざわざここまで連れてくるなんて俺を断らせない為か?
それにしても『タダ飯は食わせない』為に村人に声を掛けたか、将又本当に村人に俺への繋を頼まれたか。
前者ならホント食えない奴だ。そしてフットワークの軽さと優れたコミュ力。本当に俺より年下なのか?しかも5歳も…。
気を取り直し、俺は徐にカバンから手帳とペンを取り出して村人たちに不調の聞き取りをしていった。
「これから一人づつ順番にお話を聞きますね。その上でどんな薬を出すか決めますからなるべく詳しく教えてください」
一人目『一昨日妻が畑仕事で腰を痛めて動けない』
二人目『腕と腰、足が痛い。日常生活にも支障が出つつある』
三人目『夫が熱っぽい』
症状を聞いて対処を考えた。
腰や足の痛みは湿布があればいいのだろうが、そんなものはないので痛み止めを。
熱っぽい人は咳の症状もあるようなので風邪薬を渡し様子を見てもらおうと思う。
「大体分かりました。薬を用意するのに時間を頂きたいです。私は一旦宿屋に戻ってから、薬の用意ができ次第、皆様のお宅に届けに行きますが宜しいですか?」
薬を包装から取り出す作業などは出来れば見られたくないので宿で行うことにした。
俺の申し出に村人たちも快く了解してくれて有り難い。その後解散し各々が帰路につく。
「ジャック、後は俺一人で対応できるから。さっきの人達の家だけ教えてくれる?」
「俺が案内するよ。そのほうが早い」
「いや、またここに来るのも二度手間だし。それに村長の息子なら他にも仕事があるだろ?俺なら大丈夫だから」
「今は貴方に関すること全般が俺の仕事だ。親父にもそう言われている。俺が宿屋まで一緒に行く。そして薬ができるまで食堂で待ってるから。な、いいだろ?」
そう言ってジャックは俺に微笑んだ。
親父さん似で壮漢な顔立ちだが、笑うとなんとも人好きのする笑顔になる。このギャップに落ちる村娘達が多そうだ。
(こんなん断れないわ…)
「サトー様?」
「わかった、案内よろしくな」
なんか悔しかったので俺も満面のスマイルをお見舞いしてやると、ジャックの喉からおかしな音が出ていた。
よし、勝った。
その後二人で連れ立って宿屋に行き、俺は自室で薬の用意、ジャックは食堂で待機となった。
アイラが1回の服用で症状が改善した事を考えると、異世界では俺の薬は効果が大きいようだ。とりあえずは1回分の薬を渡すことに決めた。
先程メモした紙に包んで準備は完了し、食堂でお茶を飲んでいたジャックに声を掛けた。
「お待たせジャック」
「あ、サトー様。えらく早かったな、もっと待つかと思ったんだけど…」
そりゃ包装からパキッと出せばいいだけだからな。その辺は適当に誤魔化してチャッチャと薬を届けに行く。
行く先々の家で「お茶の一杯でも…」と俺をもてなそうとしてくれたが丁寧に断り、薬だけを渡してお暇した。包み紙はもちろん回収済みでカバンの中で手帳の一部として復元されているはずだ。
無事に届け終え「宿屋へは一人で帰れるから」と解散を希望したが「送っていく」というジャックを断りきれずに二人で宿屋へ戻った。
単に過保護なのか、もしくは監視されてるのか。
どちらにせよただで食と住を提供してもらってるのだから甘んじて受け入れよう。
ジャックには諸々の御礼として、カバンに入れていた林檎を渡した。彼は林檎を初めて見るようで「?」という顔をしていたが、これが林檎だと教えると「こんなの貰えない!」と頑なに受け取ろうとしない。
だからこっちも「じゃあ、明日この村を出ていく」と脅せば渋々受け取ってくれた。
恨みがましい目で俺を見ながら帰っていくジャックを見送ってから、女将さんにお茶のルームサービスを頼んだ。
元々そんなサービスはないのだが俺のお願いに快く応じてくれて、顧客満足度がまた一つ上がる。
この世界のお茶は元の世界でいう紅茶だ。嫌いではないが、コーヒーが飲みたいと思ってしまう。
一応女将さんにコーヒーについて聞いてみたが「知らない」とのことだった。
もしかしたら王都などの都会にはあるかもしれないと言っていたからそのうち足を運ぼうとは思う。
それも踏まえて、この村にいる1か月間でこの世界の基礎知識は身に付けておきたい。その為にはなるべく村人と交流しようと思った。
その筆頭がこの宿の女将さんだ。日々の接客で色々な情報を持っていそうだ。
俺は賄賂の林檎をアイテムボックスから取り出して空になったカップを持ち、女将さんの元へ向かった。
「おや、サトー様どうしたんだい?」
ジャックのお陰で村での【サトー様】呼びが定着しつつある。村の人達にはその都度サトーでいいと言っているのに改善されないので諦めている。
この宿屋はご主人、女将さん、息子二人の4人で切盛りしている。ご主人が料理と食材調達、女将さんが接客全般、息子二人が両親を補佐している感じだ。
「女将さんやご主人にお願いがあって…。仕事の手が空いた時でいいので、俺にこの国の話…噂話?とか、宿に泊まった人から聞いた話を聞かせてほしいんですけど…どうでしょうか?」
すすっと林檎を取り出してテーブルの上に置くと女将さんが不思議そうな顔をしている。
「サトー様、これは何だい?」
「林檎です」
「なに!!リンゴだと!?」
食堂で話していたのでご主人に聞かれているのは分かっていたが、厨房から飛び出してきたご主人に慄かずにはいられなかった。
「り、林檎が何かまずかったですか?もしかして何かアレルギーだったり…します?」
「あ、いや、すまん。あれるぎーが何かは知らんがまずくはない。リンゴはとても美味で珍しい食材と聞く。実際見るのが初めてで…興奮してしまった」
バツが悪そうにしつつも目は林檎に釘付けだった。隣で女将さんが「へ~、これがリンゴかい」と物珍しそうに見ている。
「そのまま食べても美味しいですが、アップルパイにしたりするのもいいかもしれませんね」
にっこり笑ってご主人に提案すれば、ビシッとご主人が固まった。もしかして林檎自体珍しいからご主人がアップルパイを知らない可能性に思い当たる。
どういうものかを具体的に説明して「知ってますか?」と聞いてみると、「知らない」という返事だった。アップルパイなら昔調理実習で作ったことがある。その後、母に強請られて2回程作ったから多分今も作れると思う。宿のご飯にキッシュっぽいのが出てたから、これ、イケるんじゃない?
「ご主人、パイ生地に砂糖にバター、卵ってあります?あとオーブンも」
「あるけども?」
「アップルパイ、作ってみますか?かなり昔に数回作っただけなので味の保証はないですが教えますよ」
「ぜひともお願いしたい!サトー先生!!」
「ちょ、やめてくださいよ、先生なんて言われたら困ります!寧ろ『サトー』と呼び捨てにしてください!!」
「あはは!サトー先生は面白いな!!」
女将さんが「サトー様に失礼だよ!」とご主人の頭をスパーンと叩いていて、ちょっとスカッとする。
女将さんに頭が上がらないようで「先生すまん!」と謝って来た。出来るなら先生呼びも遠慮したいのだが…。
もう一度ご主人に先生呼びを止めてくれと頼んだが「先生だから先生だ」と返されて諦めた。
『どうせここには一ヶ月しかいない』
何が起こってもこれで乗り切ろうと俺も開き直った。
ご主人に今から作れるか尋ねると『大丈夫!』とのことなので林檎のコンポートから作ることにする。正直、砂糖などの分量は記憶にない。野いちごなどのジャムは作るらしいから、それを目安に砂糖の量は半分くらいに減らしてもらい、バターを入れてりんごの形はそのままで煮るようにご主人にお願いした。
早い話が丸投げだ。最初に「味の保証はしない」と言っているから問題はないだろう。
教えたのは素人の俺なのだが、料理人が作ると見た目は本当に綺麗に出来上がった。
そのコンポートを3人で味見する。揃って口に入れた瞬間、「「「んんっ〜〜〜!!!」」」とハモってしまうくらい美味しかった。
もう少し味わいたかったが、先の作業をご主人に催促され摘み食いタイムは終了した。
「後はパイ生地に敷き詰めて焼くだけです」と言うと「それだけ?」と拍子抜けされた。ただ、格子状の生地は俺の中では必須なのでご主人に伝授する。
そして焼く工程をご主人に再び丸投げすると絶妙な加減で焼き上げてくれた。
その出来上がりは俺の知るアップルパイそのままだった。
味はというとコンポートが若干甘すぎる気もしたが、ご主人と女将さんは「美味しい!」と言ってくれた。次に作る機会はそうないとは思うが口に合うようで本当によかった。
折角だからとアップルパイをお茶菓子にして3人で休憩をとることになった。二人の息子は現在狩猟に行っているので、後で食べられるように取り分けておく。
お茶を飲みながら宿屋夫婦から世間話などを聞いていた。
この村のこと、この国のこと、他国のこと。
中でも興味深かったのは2日前に宿に泊まった他国から来た客の話だった。その客は平民も魔力を持つ国から来たそうで自身も魔力持ちだという。国が違えば文化も違うってやつか。
その客が言うには、『ジオニール王国は魔力持ちにとって、ずっといたいと思うほど心地がいい』そうだ。マナの質が自国とは比べ物にならないほど極上らしい。
女将さんが「うちの村に住むなら世話するよ」と冗談交じりに言えば「そうしたいのは山々だけど仕事がね…」と笑っていたそうだ。
他国の人からもこの国は良い所だと言われるのだから益々安心した。
この世界の俺のホームはここ、ジオニール王国にほぼ決まりだ。後は拠点の町を決めてからこの国を周遊したいと思う。そしていずれは諸国漫遊したい。
そんな夢を膨らませながら3人での試食兼休憩を終えて俺は自室に戻った。今日は薬師の仕事と調理実習で少し疲れたが充実した1日だった。
アップルパイは宿屋の息子たちにも好評でわざわざ部屋までお礼を言いに来てくれた。
更にはご主人から「甘いパイをうちの宿のレシピに加えたいのだが」と相談があり、「どうぞどうぞ」と了承した。
ご主人は林檎の代りに他のフルーツで作ることを思い付いたようだ。
これからはこの宿で色々な種類のパイを食べることができそうで楽しみだ。
そしてこの翌日から薬を渡した村人達からの過剰な差し入れと、宿屋からの【ご飯攻め】が始まり、現在に至るのである…。
サトー様は25歳です。