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 朝食後、ご馳走になったお礼にアイラから包丁を借り、持参した林檎をうさぎリンゴの形に切った。記憶を掘り起こして切ってみたが我ながら上手くできたと思う。

 お皿に並べるとヘレネとアイラは『可愛い!』と喜んでくれたので手間を掛けた甲斐があった。

 うさぎリンゴを食べながらのアイラに村長の家の場所を尋ねると、この家を出て左手に歩いて行くと一際大きい家が建っているのですぐ分かるとのことだった。

 話しのついでに、俺は【放浪の薬師見習い】という体で、今更ながらこの村の事や魔法なんかの事も聞いてみた。

 アイラには「サトー様の国では魔法は無かったのですか?」と不思議そうな顔をされたが、「薬の勉強に忙しくて自国のことにも無頓着で詳しくは知らないんですよ〜」と濁しておいた。


 アイラは「魔法については私も余り知らないのですが…」と言いつつ、わかる範囲で教えてくれた。


 この村は『ハジメリ村』といい『ジオニール王国』の北西の端に位置しているとの事だ。

 ジオニール王国は大国のようで国内には幾つもの村や町があり、この村から一番近い町は歩いて2日程掛かるらしい。


 そして案の定、この世界には『魔法』が存在する。

『マナ』という魔法の元になるモノが、空気と同様に世界に満ちていて、それを取り込み『魔法』として発現させる事ができるのが『魔力持ち』、所謂『魔法使い』だ。


 うん、元の世界で学生だった頃読んだファンタジー系作品によくあったやつね。


 この国では貴族が魔力持ちであることが多く、その筆頭である王族は膨大な魔力を持っていて国の発展に寄与しているとの事。

 現国王は英明で、次代の王太子も非常に優秀らしい。

 転移は不本意だが、飛ばされた場所がわりと恵まれているっぽい国で良かったとは思う。


 そして基本平民は魔力は持ってない。

 稀に魔力持ちが生まれることがあるようだが、大概、貴族との関わりがあり(お察し)養子に迎えられることが多いとか。


 (俺のアイテムボックスの能力って魔力に関係しているのか?)


 ふと思い、魔力持ちの判定はどうやってするのか尋ねると貴族達は王都にある神殿に赴いて寄付という名の料金を支払って判定してもらうようだ。

 平民には縁がないので寄付の相場は知らないらしい。そりゃそうか。


 一通り尋ね終わり、アイラにお礼を言ってから俺は村長の家へ向かった。

 教えてもらった通りに行くと迷うことなく辿り着きドアノッカーを叩くと、待ち構えていたように即ドアが開いた。


「来てくれて感謝する、早速だがこちらへ」


 村長の家は周りの家よりも立派だが、家の中を見ると質素倹約であることは一目瞭然だった。

 俺の中で好感度がアップする。

 応接室らしき部屋に通されソファに座るよう促されると、程なくして品のある女性がお茶を運んできた。

 きけば村長の奥さんだそうで、(わぁ…見た目の釣り合いが…村長羨ましい)と、憎憎しく思いながら出されたお茶を飲みつつ村長の話に耳を傾けた。


「話というのは薬師様には二男を診てほしいのだ。3日程前から急に体調が悪くなり、食事をしても戻すか下してしまう。原因が分からず医者にも診てもらおうにも辺境のこの村では医者が来るまでに2日かかる…いや依頼の手紙を送る事を含めると最低4日か。だから医者が来るのは明日以降だ。あれだけ弱っていたアイラを治した貴方ならと思いお願いする。どうか息子を診てやってはくれまいか」


「明日お医者さんが来るのなら、見習いの俺が診るよりも明日まで待てばいいのではないですか?その方が確実だと思いますが」


「苦しむ息子が不憫でならないのだ。もちろん医者にはみせる。だが、少しでも症状を軽くできる薬があるのなら息子に飲ませたい。どうか診るだけでも!」


 二男の様子を聴く限り、俺に判断できそうもない症状だ。だが夫婦揃って必死に頭を下げて懇願されるとなかなか断りづらい。

 結局俺は診るだけになるかもしれない事を念押ししてから二男の部屋へ向かうことになった。


 ◆


 ニ男の部屋へ案内されて室内に入ると、なんとも表現し難い感覚がした。

 うまく表現できないが、静電気で産毛が逆立つような感じだ。


(なんだろうこれ?)


 不思議に思いながらも、二男の様子を見ることにする。寝ている二男の顔は青白く、時折魘されている。母親似な彼の顔にはまだ幼さが残っていて、俺は二男の年齢を尋ねた。


「この子は今幾つですか?」


「12歳です」


「…そう、ですか」


 俺が持っている薬は服用できる年齢は大概15歳以上のはずだ、薬で生計を立てようなんて考えが甘かった。

 俺は子供の為の薬は持っていないのだ。


 目の前に苦しそうにしている次男には申し訳ないが、俺にはどうすることもできない。

 お腹を下すと言っていたからそれだけでも軽減できるよう整腸剤を渡す事にしよう。

 それから念の為、熱の有無も確認しようと二男の額に手を当ててみた。


『っ!!?』


 一瞬、俺の手に何かが流れ込んで来るような感覚がして慌てて手を引く。掌を表裏交互に見て確認するが特に異変はない。

(何だったんだ?)と思いながらもう一度手を当てたが先程のような事は無く、ニ男に熱がない事を確認できた。

 俺が額に触れたせいか二男が薄っすらと瞼を開いた。

 見知らぬ男が目の前に居たら驚きかねないと思い、ニッコリと笑顔を作って優しく声を掛けた。


「起こしてしまってごめんな、私は薬師だ。具合はどうだ?どこか痛い所とかある?」


 俺を顔をじっと見て直ぐにフルフルと小さく首を振る。

「そっか」と言って俺は二男の頭をよしよしと撫でてあげた。胃腸風邪なら俺も罹ったことがあるが本当に辛い。


「明日はお医者さんが来るからもう少し頑張ろうな」


 そう言って頭から手を離すと二男が縋るように俺の手を取った。その瞬間、部屋の中に小さな旋風が起こり部屋の中にいた彼の両親は驚愕する。


「こ、これは…魔法かっ!?」


「あなた…もしかしてこの子は魔力持ちなのでは?」


「ああ…、恐らくそうだ。体の不調も魔力と関係してるのかもしれん。先祖に魔力持ちが居たと聞いたことはあるがまさか俺の息子が…なんと喜ばしい!」


 村長夫妻の会話を聞き、何となく理解した。

 魔力が絡むのなら俺の出る幕は無い。正直ホッとした。

 何が起こったのか理解できず、未だ俺の手を握っている二男に「びっくりしたよな、でも大丈夫だよ」と言い聞かせて手を離してもらった。


「薬師さまに撫でてもらったら、辛いのが治った…」


「そっか、それはよかった。でもまだ寝てなきゃダメだぞ、明日お医者さんが来たらしっかり診て貰うんだよ」


「うん」と返事をする二男の頭をもう一度撫でてから、俺は村長夫妻に向き直った。

 多分風系の魔法だか魔力を発現させた二男の容態は、明らかに良くなっている。

 昔読んだ小説の知識だが、体内に溜まり過ぎた魔力を上手く放出できずに不調をきたしたのかもしれない。部屋に入ったときの違和感は二男から漏れ出た魔力の類いだったのだろうか。


(そういや俺の手に流れ込んで来たのって、もしかして魔力なのか?)


 だとしても、今の所俺になんの異変もないので気にしないことにした。不調が出たらその時はその時だ。


「盛り上がっているところ申し訳ないですが、息子さんの不調の原因も判明しつつあるようなので、俺は失礼しますね。一応お腹の調子を整える薬を渡しておくので食後に2粒飲ませてあげてください。明日、お医者さんにきちんと診せてあげてくださいね」


「ああ、勿論だ。薬師様が来てくれたお陰で息子の具合が良くなり感謝する。薬も忘れずに飲ませよう。謝礼を用意するのでこちらへ」


 再び応接室に通されるとソファに座るよう促されたが、長居する理由がない俺は断った。


「いえ、立ったままで結構です。この後用事があるので」


「そうか、どうせなら昼食を一緒にと思ったのだがな、残念だ。アイラも病み上がりなのだから気になるのだろう。それでだな…今回の謝礼とは別の話になるのだが、よければこの村に住まないか?住居や日々の生活に掛かる費用は全て私が持とう。この村には医者が居ないから貴方のような人が居てくれると助かるのだ」


 藪から棒な話に俺は呆気にとられた。

 どう返事をしようか考える間もなく、村長は畳み掛けてきた。


「返事は急がなくていい、ゆっくり考えてみてくれ。その間は村の宿屋に泊まるといい、話は付けてある。引き止めて悪かったな、これは今回の謝礼だ、本当にありがとう」


 用意周到過ぎて俺は引いた。最初から俺をこの村に引き止めるつもりだったのだろう。

 極めつけが宿の場所まで長男(昨日あった青年)に案内させると言われ、場所を教えてもらえれば自分で行くと断ったのだが「息子が顔つなぎ役で一緒の方が何かといい」と押し切られてしまった。


 渋々承知した俺は宿屋に行く前に一旦アイラの家に戻った。何故か長男も一緒だ。

 俺は彼女の容態を確認し問題がなさそうなので、一晩お世話になったお礼を言い、ヘレネに「また会いに来るよ」と約束して家を出た。


 宿屋へ直行するのかと思いきや、「折角ですから」と長男が村の中を案内してくれた。

 長男に名前を尋ねるとジャックだと答えてくれ、年齢は20歳だと聞いて驚いた。

 村長に似た風貌なので、てっきり俺と同じ位か少し上かと思っていた。

 ジャックは村人達に好かれているのか、会うたびに声を掛けられいた。そしてその都度村人に「村に立ち寄ってくれた薬師様だ」と、俺を紹介してくれる。中には「何時までいてくださるの?」と聞かれて返答に困ってしまい、営業スマイルで誤魔化していた。


 どうやら外堀が埋められてる気がするのは気の所為ではなさそうだ。


 あの村長にしてこの息子。この村の将来も安泰だなと思った。

 

王太子、今回も出番なし。

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