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恐らく此処にウィル様が来た理由は、進捗のあった温泉後見の話をする為だったのだろう。
正直、出したお茶にあんなに食いつくとは思わなかったが…。
主要な話も終わったようで、ウィル様が席を立った。
いい機会なので、この場で解熱鎮痛薬を納品してしまおうと思い、彼を呼び止めて準備していた例の箱を渡した。
最初こそウィル様は笑顔を見せていたのだが、万能薬の効果を失った時のことを考えて、本来の解熱鎮痛薬としての服用の注意事項を説明すると、なぜかスンッとした表情になった。
もしかして気分を害する事でもしまったのかと思ったが、直ぐにウィル様の表情は元に戻り、俺がお願いした薬への鑑定を行ってくれた。とりあえずよかった…。
「間違いなく万能薬だな。
本来なら貴方に登城してもらい、国王陛下に献上の体で納品した方が良いのだが…。
まぁ、貴方の後見人である私が受け取り、陛下に献上するかたちでも問題はないだろう」
「有難うございます、そうして頂けると助かります。聖女様絡みの棚ぼたな薬なので仰々しいのは気が引けますから…」
「たなぼた?」
「あ、えっと棚ぼたというのは私の国の言葉で、思いがけない幸運に恵まれたという意味です」
「なるほど。ではそんな貴方と出会えた私も『たなぼた』だな」
「いや、それはどうかと…」
ちょっと使い方が間違っている気がしないでもないが、持ち上げられて悪い気はしない。
俺はアイテムボックスから球状にしたべっこう飴の包を3つ取り出してウィル様に手渡した。
「携帯できる飴です。小腹が空いた時や、口寂しい時にでもお食べください。気が紛れますよ。本日は有難うございました」
「イツキもそのような冗談を言うんだな。
…それにしても口寂しい時か。私なら飴などで誤魔化すことはしないがな」
…ちょっと何言ってのるかわからない。
「えっと、どういうことなのでしょうか?」
俺が首を傾げながら問うと、ウィル様はツカツカと俺に歩み寄り目の前に立った。
必然的に俺はウィル様を見上げ、彼は俺を見下ろす体勢となる。
そしてウィル様は徐ろに俺の顎を持ち上げ、徐々に麗しいご尊顔を近付けてきた。
(!?!?!?!?!?)
俺が静かにパニクっていると、互いの鼻が付く一歩手前で進行が止まった。
絶世の美男子に“顎クイ”されて超至近距離まで迫られれば、誰もが俺みたいに心臓をバクバクさせるはずだ。…たぶん。
「イツキの国ではどうだったかは知らないが、我が国で “口寂しい” とは “口付けがしたい” という隠語だ。使い方には気をつけたほうがいい」
紫色の瞳がジッと俺を覗き込む。
ウィル様は俺に忠告してくれた後に、顎クイを解除してくれた。
そして次の瞬間、『チュッ』という微かな音と共に俺の髪に何かが触れる感触があった。
「ふっ、イツキはからかいがいがあるな。
飴はありがたくいただこう。口寂しい時以外で食べさせてもらうとするよ。では失礼する」
そう言ってウィル様は部屋を出ていった。
彼に翻弄され、呆け気味だった思考が徐々にクリアになってくる。
我に返ると羞恥やら怒りやら色んな感情が押し寄せてきて、俺は部屋の中で声にならない叫びを上げていた。
このお話を書き始めてから二年、ようやく(髪に)キスまでこぎつけました…。




