56 ウィリアム視点
昨日に引き続き、王都への出入りは聖女捜索の為に制限されている。
特に王都から出る者には、検問所の兵士のなりをさせた魔術師団員に、出自、王都の滞在期間、目的等を事細かに聞き取りをさせて気になった者がいれば別室にて魔力の確認をさせていた。
表向きは『王都の中で発せられた光の原因究明の為』という大義名分があり、民のみならず反勢力や他国密偵への目眩ましにはなるだろう。
結論から言うと、午前中の捜索では聖女の手がかりは掴めなかった。
温室で咲き誇る青い薔薇が聖女の存在を肯定している為、近くにいるのは間違いないと思われるのだが…。
青薔薇を思い浮かべた時、ふとイツキの顔が過った。
そういえば時間的に薬の配達を終えて宿に戻り、食堂で昼食をとっている頃だろうか?
それに、そろそろハジメリ村に先触れの近衛兵が到着する頃合いだ。
ブロワ辺境伯が『先触れは村長との話が終えた後が望ましい』とのことで昼過ぎを希望した為それに沿った。
先触れによって王太子が来村する一報はすぐに村に拡がるだろう。そしてイツキならその意味を正しく理解するはずだ。元はと言えば彼が言い出したことなのだから。
(さて…そろそろイツキのもとへ行ってみるか)
午後からは側近二人も各々の仕事があるため別行動になる。
側近達にイツキの元へ行く旨を伝えてから、私はイツキの部屋の前へと転移した。
◆
1階の食堂の喧騒がイツキの部屋の前まで伝わってくる。今日も変わらず繁盛しているようだ。
イツキの出迎えを期待して扉をノックしたが返事は無かった。どうやらはまだ部屋には帰ってきていないらしい。
だが、なんとなくもうすぐイツキが帰ってくる気がしてこのまま部屋の前で待つことにした。
「たたた大変だ! ここここの村に、おおお王太子殿下様がいらっしゃるそうだ!!5日後だってよ!!
さっき先触れの方が、村長を村の入り口んとこに呼び出して伝えてたぜ!!!」
慌てふためいた声が2階まで響いてきて、先触れの近衛兵を見た村人が食堂に駆け込んできたと想像がつく。この分だと村中に拡散されるのは時間の問題だろう。
領主である辺境伯とのやり取りを踏まえて、イツキとの確認事項を脳内で列挙しているとトントンと階段を上ってくる足音が聞こえてきた。姿が見えなくてもそれが誰か私にはわかる。
「来村されるのは5日後とお聞きしましたが…?
なぜ此処にいらっしゃるのですか、ウィル様?」
「用がなければ来てはいけないのか?」
予想通り待ち人の姿を確認して緩みそうな顔を引き締めながら、からかい半分で問い返すと『質問を質問で返すな』と叱られた。
小さく溜息をつくイツキの顔は何やら言いたげだが、すぐに諦めた表情になる。
そして渋々私を部屋の中へと招き入れてくれた。
「ご存じかと思いますが、ここは殿下をおもてなし出来るような部屋ではありませんよ」
イツキの皮肉を聞き流しつつ、私は勧められた椅子に座る。我ながら大人げないと思うが、“殿下” 呼びするイツキがどうにも気に食わない。
(本当に1週間側仕えをやらせるか…?)
私の今後の日程を思い浮かべながら真剣に考えていると、イツキがアイテムボックスから茶器などを取り出して机の上に置き始めた。
どうやら私をもてなしてくれるらしい。更には注ぎ口から湯気が立つケトルまで取り出して、茶葉を入れたティーポットにお湯を注いでいった。
(なるほど、そういう使い方もあるのか)
アイテムボックスに湯が入ったポットを仕舞うという発想に感心していると、イツキは更に丸い何かをボックスから取りだした。
辺りに甘く芳ばしい匂いが広がりそれが焼き菓子だとわかる。どうやらパイ菓子のようだ。
「ほぅ、美味しそうだな」
「ええ、この宿のご主人にお願いして作ってもらったアップルパイです。冷まして一晩寝かせると美味しいという人もいますが、私は焼きたてのパイ生地がサクッとしている方が好きなんで熱々です。味は私が保証しますよ」
貴重なりんごを今度はパイにしたらしい。切り分けられたパイに対して、盛り付けた皿が大きめなのはご愛嬌だ。
果実のパイ菓子は城でも出るが、このようにりんごをふんだん使った贅沢なものは初めてだ。
宿屋の主人が作ったとイツキは言うが、りんごの出どころはどう考えても彼だろう。
まったく興味が尽きない男だ。
ともあれ、“アップルパイ” は初めて食すので楽しみで仕方がない。
茶の蒸らしも頃合いのようで、イツキがティーカップに注いでくれた。
イツキは茶の名を『ソチャ』と説明してくれたが、すぐに彼から勘違いだったと訂正が入った。
「あー、ちょっと待ってください、てっきり『粗茶』だと思ってましたが、よく見るとお茶の色が違いますね。
私が知っている『粗茶』は多分もう少し色が薄いです。
ワタシノカンチガイデスネー。
あ、お茶は宿の女将さんから頂いたものなので、気になる様でしたら銘柄など詳しいことを訊いておきますよ。
何分私が淹れたお茶なので、本来の美味しさが出ているかは微妙かもしれません。
でもアップルパイは間違いなく美味しいです。どうぞ冷めないうちに召し上がってください」
「ふっ、そんなに必死にならなくてもいい、イツキが勘違いしたという事はわかった。
別に茶葉が何だろうと私は気にしない。
貴方が私の為に淹れてくれたお茶なのだ、ありがたく頂戴しよう」
早口で言い訳をするイツキの姿が可笑しくて、笑みがこぼれる。
そのまま私はティーカップを持ち、茶を口に含んだ。
次回もウィリアム視点です。




