55 ウィリアム視点
翌朝、私は側近二人を伴ってハジメリ村の数キロ手前にある、やや開けた場所に向かった。
そこで待機するようブロワ辺境伯には伝えてある。
現地に着くと、馬車の前に立派な体躯をした男達と中肉中背の男が直立不動で立っていた。
昨夜、目を通したブロワ辺境伯の資料からすると、中央に立つ貫禄ある男性がブロワ辺境伯、一歩下がり向かって左にいるのが領地運営の実務をこなしている従者、あとは護衛の騎士団員達だ。
彼らは私達の姿を捉えると、即座に跪き頭を垂れた。
辺境伯はアメリア嬢の従叔父なので、ここはアルバンに対応を任せることにする。
「ブロワ辺境伯は」
「はっ!私で御座います」
「お初にお目にかかります。私はガーランド公爵家嫡男、アルバン・ガーランドと申します。こちらは我が主、ウィリアム王太子殿下であらせられます」
「ジオニール王国の若き太陽、ウィリアム王太子殿下に拝謁いたします。麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。
私はこの地を任されておりますルーベン・ブロワと申します。
そしてガーランド小公爵、貴殿は第一魔法師団副団長にして、我が従姪の婚約者様ですな。以後お見知り置きを」
お約束の口上を終え、私はブロワ辺境伯へ急な呼び出しに応じてくれた礼を言う。
辺境伯は『光栄の至り』と破顔し、私を馬車の中へと先導してくれた。
車内は私と辺境伯の二人のみで、互いの部下は外で待機だ。
アルバンには馬車の扉が閉められたら、遮音魔法をかけるよう命令してある。
これは辺境伯も了承済みだ。
「さてと…遮音魔法が完了したようだな。先ずは心して訊いてくれ。
ひと月ほど前、我が国に聖女が召喚された。だが、降臨された場所は分かっておらず、いまだその行方を掴めていない。
貴公も魔力持ちなら、マナの異変を感じとれたはずだ。
聖女は尊い存在だ。
大々的に捜索すれば聖女が危険に晒されるやもしれず、現在限られた者たちで極秘に捜索をしている。
そして先日、私の部下がハジメリ村を訪れて温泉に入り、その効果から聖女がこの付近一帯に影響を与えた可能性がある事を報告してきたのだ。
分かっていると思うが、聖女捜索の件は他言無用だ」
「御意」
「今更だが、ハジメリ村に湧いた『温泉』及び『野天風呂』の事は知っているな?」
「はい、存じております。村長より文にて報告がございました。私共はその温泉及び野天風呂の施設を視察に行く途中でございます。
そういえば文にはかなり腕の良い薬師見習いが滞在しているとも書いてありましたな…」
「ああ、その薬師のことは私もよく知っている。本当に優秀な人だよ、私が後見を望むほどにな…。
さて話を温泉に戻すが、実は昨夜、私と側近達は内々に『野天風呂』に入ったのだ。
文献で読んだようなただの温泉なら問題なかったのだが、ハジメリ村の温泉は癒しの効果が高すぎるのだ。報告通り、聖女から何らかの影響を受けた可能性が高い。そして、ここからが本題だ」
私は、本来なら国が温泉を管理すべきだが…と前置きする。
そして『とある人物から提案があった』として、
①私が温泉を後援する事と、それに伴うメリット
②温泉事業の構想
この2点を辺境伯に話した。
勿論この提案は実現させるつもりだと明言をしておく。
辺境伯はその奇想天外な発想に目を白黒させ、「俺より侍従が訊くべき案件だな…」と呟いていた。
村長を交えた会談の際は侍従とやらの同席を許可するとしよう。
私が温泉の後援をするに際し、一部の貴族から領主であるブロワ辺境伯への風当たりが強くなることも考えられる。
今後何かあった場合には遠慮なく申し出るようにと伝えると、辺境伯は困ったような笑みを浮かべて私に言った。
「火の粉は自分で払えますゆえ、殿下がお気になさることはございません。
それよりも我が領地は先々代の国王陛下より賜ったもの。ひとこと私めに『ハジメリ村を返還しろ』と命令してくだされば喜んで従いましょう。
僭越ながら、聖女様が関わっていらっしゃる可能性が有るのでしたら殿下が直々に管理されたほうが宜しいのでは?」
「いや、先々代が貴公に託した土地なのだ。今まで通り、信頼のおける貴公に統治してもらいたい。
目下、『王太子がハジメリ村の温泉を気に入り後援している』という事が広く周知されればよいのだ。
村は私の名を掲げれば宣伝になるし、悪質な者への抑止力にもなる。
そして私にもそれなりの益がある予定だ。
貴公にも無論益はある。
今後、村からの税収も増えると思われる。領地も潤うはずだ。
これは知り合いの薬師見習いが言うところの『うぃんうぃん』…いや、『うぃんうぃんうぃん』というやつだな」
「『うぃんうぃん…うぃん』…ですか。
流行りの言葉はよく分かりませんが、殿下がそう仰るのでしたらこのルーベン・ブロワ、殿下の、そして国家のお役に立つよう我が領地を一層盛り立てていく所存でございます」
「よろしく頼む」
主要な話は終えたので、二人で後援の契約を結ぶまでの詳細を詰めた。
結果、私は5日後に『王太子』として村を訪れ、温泉を視察し、その日のうちに後援の契約を終えてしまおうということになった。
辺境伯はそれまで村に滞在し、『王太子』の来村準備を手助けするとの事だ。
「貴公が村に到着後に、近衛兵を王太子来村の先触れとして派遣する。
村長や村人達だけでは王太子の出迎えは荷が重かろう。力になってやってくれ」
「仰せのままに」
私は満足げに笑い、辺境伯の馬車を降りた。
ここでの用事は済んだので、温泉後援についての報告をする為にイツキのもとへ行こうとしたのだが、テオバルドに止められた。
なんでもイツキは午前中は薬の配達があって宿にはいないらしい。
なぜテオバルドがイツキの行動を把握しているのか…。その情報網を私にも教えてほしいものだ。
その後三人で私の執務室に戻り、テオバルドにハジメリ村へ先触れに行かせる近衛兵を手配させた。
(イツキが配達を終える昼頃まで、聖女捜索に行くとしようか…)
有力な情報はないが、兎に角探すのみだ。
我々は装備を整え、認識阻害の指輪をはめてから城下へと向かった。
次回もウィリアム視点です。
イツキの部屋でのやり取りを書けたらと思っています。




