53
俺がいえた義理ではないが、今のウィル様の笑顔はガチでヤバかった。
自分の顔を分かっていてやっているんだろうが、俺に向けても無駄撃ちだろうに…。
まぁ、その無駄撃ちに撃ち抜かれて“トゥンク”してたら世話ないんだけどね。
くそぅ…。
顔の火照りを無視して、ウィル様がお茶を口に含む姿を盗み見る。
俺の淹れたお茶が口に合ったのかが、やっぱり気になった。
(そういえば毒見とかしてないけど、何の疑いもなく飲んで大丈夫なのか?
いや、毒とか絶対入れてないけど。入れる気もないけど…)
俺の事を信用してくれていると思うと、何となく心がこそばゆい。
……と思っていたら、ウィル様はお茶に手をかざし始めた。
ただ単に毒の鑑定を忘れていたのだろう。そりゃそうか。
俺の『鑑定』は魔力を必要としないが、ウィル様は魔法で鑑定するタイプのようだ。
ティーカップの上に、美しい幾何学模様の魔法陣が展開され目を奪われた。
元の世界で妄想・想像だった産物が、今、目の前で現実となっていて感動しかない。
しかし鑑定はすぐに終わったようで、同時に魔法陣も消えてしまった。
『もう少し見たかった』と残念に思っていると、何故かウィル様が慌てたように俺に弁明してきた。
「イツキが私の為に淹れてくれたお茶に、少しばかり気になる事があって、鑑定させてもらった。
誓って貴方を疑っているわけではないから、そんなを顔をするな」
(ん?そんな顔ってどんな顔だ?魔法陣の事、顔に出てたかな?いや、それよりも…)
「ウィル様が鑑定されるのは当然のことですので重々承知してます。
ちなみにあの、気になる事とは?やはり素人が淹れたお茶はお口に合いませんでしたか?
新しいお茶を食堂から貰ってきますので、無理に飲まないでください」
「いや、そうじゃない。こんなに美味しいお茶は初めて飲んだ。美味しすぎて困惑するくらいだ…」
微妙な返しをされて反応に困る。
ウィル様はティーカップのお茶をしばし眺めた後に一気に飲み干し、「もう一杯同じものを貰えるか?」と俺におかわりを要求してきた。
さて困った。もらった茶葉は使い切ってしまった。
さすがに王太子殿下に、二番煎じのお茶は出せない。俺の普段遣いの茶葉ならあるが、それもどうかと思う。
ここは正直に話して、食堂から貰ってくるか…。
「申し訳ございません。茶葉は使い切ってしまい、同じものはご用意できません。食堂から…」
「いや、その必要はない。そのティーポットの茶葉でいい。それでお茶を淹れてほしい」
ホントにいいのか?と思うが、本人がそう言っているのだからいいのだろう。
俺は言われたとおりに、再度アイテムボックスからケトルを取り出して、ティーポットに湯を注いでいった。
二番煎じなので、一杯目よりも蒸らす時間を長めにとる事にする。
その間に、ウィル様はアップルパイの鑑定を済ませたようで、一口分をフォークで切り分けて口に運んでいた。
満足気に咀嚼しているので、こちらは特に問題なく、気に入ってもらえたようだ。
二番煎じを考慮して蒸らし終え、お茶をティーカップに注ぐ。やはり色味も薄く香りも弱い。
『コレこそ“粗茶”だな』と思いながら、ウィル様の前に置いた。
「お待たせしました、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ウィル様は、再度ティーカップのお茶を鑑定している。
『さっき鑑定してたよな?』と、少しだけモヤッとしたが、王族が口にするものだから毎回の鑑定は当然かと考えを改めた。
それに、美しい魔法陣をまた拝むことができたので、寧ろラッキーだと思うことにした。
鑑定を終えたウィル様は、二杯目のお茶に口をつけず、考え込むようにカップを眺めている。
さっきからお茶を気にしているようだが、一体何だというのか?
「あの、ウィル様、お茶に何か問題がありましたか?
やっぱり二番煎じのお茶は貴方が召し上がるようなものではないかと思いますが…」
「ああ、誤解させたようならすまない。
一杯目が、あまりに美味しいお茶だったので、興味がてら、このお茶も鑑定していたのだ」
そう言って、ウィル様は二番煎じのお茶に口をつけた。
合間にアップルパイを食べながら、特に気にすることもなく、薄いお茶を飲む。
「このお茶も、また違った味わいがあるな。
そういえば、このお茶の茶葉は、宿の女将に分けてもらったと言っていたな。
イツキ、悪いが今すぐに女将に残りがあるか、訊いてきてもらえないだろうか?
もし残っているのなら、私にも分けてもらいたい。勿論相応の支払いはしよう」
(このお茶が余っ程気に入ったんだな…)
俺は「わかりました」と返事をして、ウィル様を部屋に残し、女将さんのもとへ向かった。




