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宿屋に戻ると、食堂は昼時を過ぎているにも関わらず賑わっていた。
相変わらず俺の席はリザーブされていて、待ち時間はゼロだ。
日替わりランチを待ちながら店内を観察する。
女将さんとご主人から宿屋の増築の話は聞いているが、この様子だと従業員だけでも前倒しで雇ったほうがいいのでは…と思う。
ウィル様が温泉を後見する話が大々的になれば、恐らく今以上に村へ人が押し寄せるだろう。
宿屋一家で回せている今だからこそ、新人研修を始めたほうが賢明だと思う。
それに伴ってお願いしたいこともあるので、今晩女将さん達に話をしてみるか…。
「はいサトー様、今日の日替わりだよ!
そーいや、サトー様聞いたかい?村長んとこに領主様が来てるんだってさ!
この村に領主様が来るなんていつ以来だろう?
ぜひ温泉に入ってもらって、他の村や町にこの村の宣伝してもらいたいもんだねぇ」
「あはは…ホントですね」
領内どころか、全国内に宣伝効果がある人を確保中なのはまだ内緒にしておく。
そして村長宅に行って領主に会ったことは何となく黙っておいた。
今はこの美味しそうなニョッキを食べる事に専念しよう。
ニョッキは言わずもがな、ガーリックが効いたトマトソースと中に入っているワイルドボアの燻製肉もとても美味しい。
残ったソースは全てパンでぬぐって、キレイに完食した。
昨日の休業の影響か、俺が食べ終わった時間でも食堂は満席だ。
長居する気は無いので「ごちそうさまでした」と手を合わせてから俺は席を立った。
少しだけ女将さんを呼び止めて、今晩時間がとれるか尋ねると『サトー様なら何時でも!』と快い返事をもらった。後で話す内容のリストを作っておこう。
(ぶっちゃけ、王都までのカイロの付き添いと温泉後見の話し合いはいつ頃になるんだろう?
どっちも村長達とウィル様達の調整が必要だろうから、場合によって俺はもう少し村にいることになるかもなぁ…。
カイロの件はともかく、温泉後見の言い出しっぺは俺だから話し合いの場には同席しなきゃダメだよなぁ…)
話云々の前に、まずは王太子殿下が来村しなければ始まらない。
『次にウィル様か側近に会ったら来村の時期を訊いてみよう』そう思いながら宿の階段を上っていると、食堂の扉がバタン!!と大きな音を立てて開き、男が飛び込んできた。
男は村の門番をしているヤエルさんだった。
「たたた大変だ!ここここの村に、おおお王太子殿下様がいらっしゃるそうだ!!
5日後だってよ!!
さっき先触れの方が、村長を村の入り口んとこに呼び出して伝えてたぜ!!!」
このニュースで食堂内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになったが、見兼ねた女将さんの一喝で落ち着きを取り戻していた。
流石女将さんだ。
流石と言えばウィル様もだ。
昨日の今日で仕事が早い。ホント有能だと思う。
ただ村の皆には申し訳ないと思った。
これから村内は王太子殿下お迎え準備で大忙しだろう。そういえば今このタイミングで領主が来たのはコレ絡みだろうか?
あり得なくもないが、俺には関係ないので考察はやめておこう。
(とりあえず諸々で1、2週間程滞在延長かな…)
出立までの【やることリスト(改訂版)】を考えながら階段を上りきると、俺の部屋の扉に誰かが寄り掛かっている。
基本、宿泊客以外はこのフロアには居ないはずだが…
「来村されるのは5日後とお聞きしましたが…?
なぜ此処にいらっしゃるのですか、ウィル様?」
「用がなければ来てはいけないのか?」
「質問を質問で返さないでください」
色々と物申したいけれど、相手が相手なのでグッと飲み込む。
このまま宿屋の廊下にウィル様を放置するわけにもいかず、仕方なく自室に招き入れた。




