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昨夜はかなり疲れていて、ぐっすり眠れたかと思いきやそうでもなかった。自覚は無かったが神経が昂っていたようで夜中に目が覚めてしまったこと数回。
部屋の窓から朝日が差し込む頃に起きてはみたが、疲れがとれず全身が怠い。
確かカバンに栄養ドリンクがあるはず…とカバンを漁った際、昨日アイラに渡した薬が目に入り違和感を覚えた。
(あれっ、俺が昨日渡したのってこの薬だったよな?)
どれだけ見ても薬を取り出した形跡がない。
もしかして薬を見間違えたかと思い、他のPTP包装も確認したが同様だった。
(いや、これどういうこと?どの包装もあけた形跡がないんだけど?)
なにこれこわい。
強引に『気の所為』という事にして、カバンから取り出した栄養ドリンクを一気に飲み干した。
五臓六腑どころか手足の指先まで染み渡る気がして瞬時に疲れが吹き飛んだ。
(このドリンク、こんなに効き目あるやつだっけ?それか俺、よっぽど疲れてたんかな…)
ふぅ~っとひと息つき、空瓶をカバンに仕舞った。
このまま薬の件をやり過ごすつもりでいたが、どうしても気になってしまう。
(・・・まさか、ねぇ?)
俺は恐る恐るカバンを開けて栄養ドリンクの空瓶を取り出してみた。手に伝わる重みは空き瓶のソレではなく、ドリンクは未開封の状態に戻っていた。
ダメ押しで整腸剤で試すと、やはり元の状態に戻ったので、もう認めるしかない。
まさかの俺のカバンがチートになった件!
どれだけ薬を使ってもカバンに戻せば状態が初期化するなんて、優秀過ぎてちょっと引く。
でも、上手くやれば薬師(見習い)として生計を立てるのも夢ではない。
病気は無理だが体の不調程度なら対応できる。
薬の効果は元の世界でお世話になっていた俺と、解熱鎮痛薬だけならアイラで実証済みだ。
林檎の他に薬という金策の手段が出来て、不安しかない異世界生活に差し込む光が一筋から二筋になった。
ちょっと気分が上がったところで俺のお腹がぐぅーっと鳴った。そういえば昨日は林檎しか食べてなかったわ。
「サトー様、起きてますか?朝ごはん食べますか?」
控え目なノックとともにヘレネが声を掛けてきた。
なんという絶妙なタイミング!
「起きてるよ、今行くね」
シャツとスラックスのまま寝たので着替える必要はない。カバンから汗拭きシートを取り出して顔をサッと拭き、手櫛で髪を整えた。
使用済みの汗拭きシートをカバンに入れて部屋を出ようしたが、ふと思い立ってもう一度カバンを開けてみると俺の予想は当たっていた。
入れたはずの使用済みシートが消えていたのだった。
(これって元に戻ってるっぽい、よな?)
既に開封済みの商品だったので実際の枚数は分からないが使用済みが無くなったのはそう云うことなんだろう。
(もしかして食べ終わった林檎をもカバンに入れたら元に戻ったりして?)
今は用意してくれた朝ごはんが優先なので、検証は食後にしよう。
アイテムボックスから林檎を2つ取り出して部屋のドアを開けると、家の中には美味しそうな香りが漂っていた。
アイラとヘレネがいる部屋のテーブルには、パンとスープ、サラダに目玉焼きと俺の中では鉄板な朝ごはんが並んでいた。
「アイラさん、ヘレネちゃん、おはようございます」
「サトー様おはようございます!」
「おはようございますサトー様、昨晩はよく眠れましたか?」
「お陰様でよく眠れました。ありがとうございます」
本当は眠れなかったが、今は気分もスッキリなのでアイラへお礼を言っておく。
ついでに『様』付はやめてくれとお願いしたのだが、要約して『恩人だから無理』と言われてしまった。
それにしても『サトー』呼び…。
確かに耳で聴き取るとそうなるから仕方が無い。俺は無理に訂正しないことにした。
朝の挨拶が済み、テーブルへ着席をすると二人は手を組み祈りを捧げている。元の世界でも書籍や映像でよく見かけた光景でこの世界の神に感謝の祈りを捧げているのだろう。
俺も二人の真似をして手を組んで「いただきます」と呟いた。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください。あ、この野菜と卵はご近所からの頂きものなんです。私が寝込んでいると思って今朝差し入れに来てくれたんです」
「元気になったお母さんを見てビックリしてたよねー」
祈りを終えると二人はご近所さんとの朝のやり取りを教えてくれた。
改めて元気になったことを喜びながら笑い合うアイラとヘレネを見て、この母娘の手助けができて本当に良かったと思う。
普段笑顔といえば『営業スマイル』な俺も、今は心からの笑顔になっていた。
「わ〜!サトー様きれい!」
「こらヘレネ!男の人に失礼でしょう!でも、本当に綺麗な…素敵な笑顔ですね」
「え?あ、ありがとうございます、笑顔だけはよく褒められます」
顔面偏差値を突き抜けているヘレネとアイラに言われるのは悪い気はしないが、どうにも照れくさい。
「冷めないうちに頂きますね」と話を逸らして俺はパンに齧り付いた。
正直元の世界のパンに比べれば物凄く硬い、そしてスープは味が薄い。
でもこの世界ではこれが当たり前であり、身分、収入、環境に見合った食事なのだろうと思った。
郷に入っては郷に従え。
俺は「とても美味しいです」と笑顔で伝えた。
3人で楽しく会話をしながら食事をしていると、家のドアを叩く音が聞こえてきた。
ご近所さんといい、村人達の朝は早いな…。
アイラが「すみません」と俺に断りを入れて席を立ち、来客の対応に向かった。
「まぁ、村長さんどうしたんですか?」
「いや、今朝ハンナからアイラが元気になったと聞いて様子を見に来たんだ」
「わざわざありがとうございます、この通り薬師様のお陰ですっかり良くなりました。ご心配をお掛けしました」
「元気になってよかった。だが病み上がりだからヘレネの為にもあまり無理はしないようにな。…ところで、薬師様はいらっしゃるか?昨日失礼な事をしてしまったので誤りたいのだが…」
正直狭い家なので、会話は丸聞こえだ。
昨日の男はやはり村長だったかと思っていると、アイラが心配そうに俺を呼びに来た。
「サトー様、昨日村長さんと何かあったのでしょうか?」
「アイラさんが心配することは何も無かったですよ。ほら、俺は余所者だから村長さんが心配してちょっと行違いがあっただけなんです」
歩きながら説明するが、アイラは納得していないようだ。自分のせいで恩人が迷惑を掛けられたとあっては気が気でないのだろう。
村長は俺の姿を見るなり「昨日は本当に申し訳なかった!」と頭を下げてきた。
そしてお詫びの品だと言ってナニかの肉を一塊渡してきた。持った感じは1キロほどか。
滅多に姿を見せない珍しい動物の肉だとかで、それが今朝一度に2匹狩れたんだそうだ。
正直生肉を貰っても困るのだが…。
「調理はアイラに任せるといい、そして薬師様が良ければアイラとヘレネにも食べさせてやってくれ」
どうやら最初から俺へのお詫びとアイラへの見舞いの品を兼ねるつもりだったんだな。
食えない村長だ。でも俺的には嫌いではない。
「わかりました、そうさせてもらいます」
返事をし、この話は終わったはずなのに村長は俺にまだ何か言いたそうだった。
昨日の帰り際の態度もこんな感じだったから、今からの話が本題なのだろう。
チラッと村長を見ると俺と目が合う。それがきっかけとなり村長は口を開いた。
「実は…薬師様にお願いがある。勿論報酬もちゃんと払う。なんとか話だけでも聞いて貰えないだろうか」
「話だけなら聞きますよ。但し、昨日も言ったとおり俺は薬師ではなく薬師見習いです。未熟者故にお願いを聞くかは話を聞いてからの判断になりますね。ちなみにまだ朝ごはんの途中なので話はその後でもいいですか?」
村長は今すぐにでも話を聞いてほしそうだったが、俺には朝食の方が大事だ。
後で村長宅に行くからと約束し、居座ろうとする村長には一旦帰ってもらうことにした。
薬師見習いということになっている俺への話なんて、どう考えても薬が必要な状態の人間が居るということだ。恐らくは村長の身内かそれに準ずる近しい人だろう。
アイラに村長の家族構成を聞いたところ村長、奥さん、息子が二人らしい。成人済みの息子とヘレネよりいくつか上の息子のようだ。
昨日の青年が長男だとすると俺に用があるのは奥さんか二男だと思うが、アイラも昨日まで寝込んでいたので詳しくは分からないとの事だ。
俺の手持ちの薬で事足りる案件ならいいのだけれど、判断が難しそうなら即断ろう。
俺は医者でもなく薬師でもなく薬師見習いなのだから。




