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「こっちの匂いのほうが好きかも…」
無意識に口をついて出た言葉に俺自身が驚いた。それは呟きに近く、ウィル様には聞こえていなかったようでホッとする。
それでも気不味さはあり、ウィル様から離れようと彼の身体をやんわり押すと、すんなり俺を解放してくれた。
俺を奪われ(?)不服そうな陛下にウィル様は淡々と告げる。
「陛下、私はイツキを村へ送ってから合流いたします。アルバン、陛下と統括の案内を頼んだぞ」
「畏まりました」
(いや、別に俺一人で帰れるけど…)
そう思ったが高貴な方々の話を遮れるはずもなく、ウィル様に送ってもらうことになった。
陛下たちにはアルバン様が同行するので、村長とジャックについては大丈夫だろう。
温泉に逆戻りする必要がなくなったので、この結果を良しとしておく。
その後、陛下と統括、アルバン様に別れの挨拶をして、二手に分かれて移動を開始した。
◆
「兵士よりイツキに関する報告があった。何故一人で村へ向かった」
数十歩歩いたところで、徐ろにウィル様が俺に訊いてきた。
どうやら伝言を頼んだ兵士は、頃合いを見計らってウィル様に伝えてくれたようだ。
兵士から俺が村へ帰ったと報告を受けて、一旦検証に区切りをつけてからアルバン様を伴って俺を追ってきたとのことだった。
「ウィル様たちが忙しそうだったので…」と説明したが、「それでも声を掛けて欲しかった」と不服そうだ。その表情が先程の陛下にそっくりだ、さすが親子。
ウィル様からすれば、万能薬(俺にとってはただの解熱鎮痛薬だが)保持者が夜道を一人歩きする事を良しとしないのだろう。
でも、そもそも俺が万能薬を持っていることなど王族とその側近数名しか知らないので襲われる云々があるとは思えない。
今のところこの村周辺の治安はよく、村と温泉を繋ぐ道は女性でも一人歩きできるくらい安心安全な道だ。
ウィル様の心配は分かるが、俺自身も何度も往復している道であり心配無用だとビシッと言っておいた。気に掛けてくれるのは有難いが、過保護になられるのは困る。
報酬の件はさておき、近日中に解熱鎮痛薬を納品してしまおうと改めて思った。
話は変わり、国王陛下と魔術師団統括が温泉に向かっていた事は、ウィル様達は本当に知らなかったようだ。
そして俺が一緒に居たことで更に驚いたらしい。
国王陛下が内密かつ直々に行動を起こすくらいなので、この温泉の価値は俺が思っている以上に高いようだ。
正直、事が大きくなりすぎている気がして若干心配になってきたが、きっと村長が良いようにするだろう。ガンバレ…。
「そういえば陛下たちもウィル様も認識阻害の魔道具を付けていたんですよね?
姿を変えているにも関わらず、お互いの正体を認識できるものなのでしょうか?」
「魔力は個々人で違う。そうだな…例えるならフレグランス…いや、体臭のようなものか。知った匂いなら姿が見えなくとも、それが誰かのものかは分かるだろう?魔力の性質も似たようなものだ。
それを踏まえて認識阻害の魔道具を使うときには、魔力持ちは魔力の隠匿も合わせて行う。
謁見の間では陛下も宰相も魔力を隠匿していて、イツキが指摘するまで私達が気付かなかっただろう?あれがいい例だ。
今回陛下は姿は変えていたが魔力を隠そうとはしていなかったので分かったまでだ。ちなみに私は今は魔道具を外している、貴方の姿を確認した時に外しておいた」
「なるほど。認識阻害の魔道具は有能な反面、使い方によっては幾らでも悪用できそうですね…。一部の魔道具が国の管理下にあるのも納得です。
ちなみに私には魔力がないので、その魔道具を使えば完全に身を隠すことも可能そうですね。
そうだ、万能薬の報酬でご検討いただくことは可能でしょうか?勿論悪用する気など毛頭ありませんよ」
我ながらいい考えだ。
万能薬が国宝級なら、報酬に魔道具の一つや二つ安いもんだろう。俺の身に不測の事態が起きた時に使えるかもしれない。
「いや、それは無理だな」
「あー…、無理…ですか。まぁ、そうですよね…、希少な魔道具ですから私の薬とは価値が雲泥の差ですよね、厚かましいことを言って申し訳ありませんでした」
「そうではない。現状では認識阻害を看破できる魔道具は無い、魔力が無いものが身に付ければその者の捜索は難航するだろう。
だが、私なら貴方を見つけ出せるという意味だ」
なにそれこわい
「えーっと…ちょっとよくわからないのですが…。
もしかして私、殿下にGPS的なものを付けられてたりします?」
「じー、ぴー…?」
「あ、いえ、何でもありません。あの、どうして殿下が魔力の無い私の事を見つけられるのかと思いまして…」
「“勘”だ」
「え、“勘”…ですか?」
思わず眉間にシワが寄る。
困惑した顔でウィル様を見ると、それはそれは美しい笑みを浮かべていた。
実際“勘”が鋭い人は直感的に判断する能力が優れている。国を背負う者なら必要不可欠な能力だろう。
でもウィル様の話は俺にとっては眉唾だ。
認識阻害の魔道具はウィル様に有効なのにどうやって俺を見つけ出すのか?…となれば、GPSのような追跡の魔法がある可能性が大だ。
それなら姿を変えていても対象を見つけられる。
「あまり納得していない返事だな。では今度イツキに認識阻害の魔道具を貸し出そう。
それを身に付け、貴方は王都内を散策するといい。私が貴方を見つけられることを証明しよう」
「いや、そこまでしていただかなくても結構です。ちなみに殿下が仰る“勘”というのはもしかして魔法の一種だったりされますか?」
“カン”いう未知の魔法の可能性を聞いてみたが答えは否だった。やはり“勘”は“勘”のようだ。
俺もウィル様の“勘”とやらに興味が湧く。
本当に魔道具を使った俺を見つけられるのだろうか?
(ウィル様の口振りだと薬の報酬で魔道具がダメということは無いっぽい。もし認識阻害の魔道具を貰えたら、コッソリ試してみるのもいいかもな。本当に俺を見極めてくれたらトキメイちゃうかも(笑))
そんな事を思っていると「ところでイツキ」とウィル様に呼びかけられた。
「次に『殿下』と呼んだら1週間私の側仕えになってもらう。好きなだけ『殿下』と呼ぶがいい。
それから【じーぴーえすてきなもの】とはどういうものなんだ?
私がイツキに付けることができるような口ぶりだったが?」
ウィル様の笑顔が怖い…
村の入口がすぐそこに見えて入るが『それでは失礼しますっ!』と逃げれる雰囲気でもなく……。
(認識阻害でなく、姿を消せる魔道具が欲しい…今すぐ!)
俺は冷や汗をかきながら、GPSの事をどう説明しようかと頭をフル回転させた。
『口は災いの元』
このことわざをしっかりと胸に刻んだ日になった。
同じフレグランスを使ったとしても個人の体臭と合わさってその人特有の匂いになるかなと。
魔力も属性が同じでも質が違い、それを感じ取れる。
5感含め色々優れている異世界人でした。




