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(兎に角…体調は戻ったから、また何かやらかしてしまう前にとっとと着替えて帰らせてもらおう)
気持ちを切り替え、ローブから私服に着替える為に場所を移動すると、侍女の一人が条件反射のように俺の側まで来る。
前回、着替えの手伝いを断っている俺の事など放っておいていいのに、そういうわけにもいかないのだろう。
「何かお手伝いすることはございますか?」
「いえ、一人で大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「畏まりました。では何かございましたら私共にお声掛けくださいませ」
形式的なやり取りを行った後、俺は脱衣場の隅で手早く着替えを済ませた。
タオルは持ち帰りOKだが、ローブは借り物だ。洗って返すつもりで畳んでいると、先程の侍女がスッと寄ってきて回収してくれた。実はどうするべきか迷ってたから助かった。
ちなみに高級マントはウィル様がここへ着く前に回収してくれた。
『下賜したと思われるのは私の本意ではない』
とか、
『貴方に似合うものを後日贈らせてもらおう』
などと、ちょっと理由のわからないことを言い始めたので丁寧にお断りしておいた。
タダより怖いものはない。
話が逸れたが、侍女にお礼を言うついでに今の時刻を尋ねると、21時少し前だという。
俺は結構な時間ブッ倒れていたらしい。
とっくに夕食の時間帯は過ぎているが、のぼせたせいかあまり食欲が無い。今日はもう宿へ帰って寝るだけになりそうだ。
一応ウィル様達には一言断りを入れてから宿へ帰ろうと思い、彼等の様子を窺うと、騎士や護衛の方々に順に温泉に入るよう指示を出していた。
魔力持ち云々言っていたので、多分データ集めの一環だろう。
ついでといっては何だが、これを機に配下の皆様が温泉を気に入っていただけたなら、是非とも友人知人に拡散してもらいたい。
現状は平民との混浴に理解がある貴族の人しか入浴は無理だが、いずれその辺の問題は村長がなんとかすると思う。
ウィル様がバックに付く(予定の)温泉だから、無理難題を言ってくる貴族はいないはずだ。
俺は近いうちにこの村を出るが、時間が出来れば『客』として温泉に入りに来ようと思っている。
もしかすると次に此処に来た時には、この辺は様変わりしてるかもしれない。
暫く声を掛けるタイミングを見計らっていたが、ウィル様達は検証に忙しいようでちょっと難しそうだ。
侍女達も各々騎士の脱衣・着衣を手伝っていて邪魔をするのは悪い。
(帰りの挨拶は…まぁいっか…)
諦めた俺は、脱衣場の出入り口で警備をしている兵士に事情を話して御暇する旨を伝え、ウィル様達への伝言をお願いすると、あっさり了承してくれた。始めからこうすればよかったわ。
兵士は「夜道で必要だろう」と松明まで用意してくれた。村までは近いが、流石に夜道は歩きにくい。
善因善果…彼に良いことがありますように。
兵士に一礼してから建物の外へ出ると、雨上がり特有の匂いがした。
俺がのぼせている間に通り雨でもあったのか、地面が濡れていた。
宿までの距離なら気をつけて歩けば靴がドロドロになる事はなさそうだ。風呂上がりなのでなるべく汚れたくはない。
松明を持ちながらノロノロと歩いた先には、村長とジャックが濡れ姿で立っていた。どうやら雨宿りすらせず、立ち番を継続していたらしい。
「ちょ、二人共ずっと此処にいたんですか!?」
俺は二人に駆け寄り、温泉で貰ったタオルを手渡そうとした。
濡れタオルで申し訳ないが、一応キレイな湯で洗ってある。水滴を拭うくらいは出来るはずだ。
「気遣いありがとうサトー様。なに、この程度なら問題ない。
何より今は公爵家のご子息がいらっしゃる温泉へ、他者を向かわせんようにするのが最優先だ。私達に構わずサトー様は宿へ戻ってくれ」
「親父の言う通りだ。こんなのは慣れてるし、通り雨だったから大したことはない。気持ちだけもらっておくよ」
「いやいや、いくら慣れてるからって…。
タオルを受け取ってもらえないのなら、万一風邪をひいても二人には薬を渡しませんよ」
俺は二人に脅しをかけると、村長は苦笑いをしながら顎をしゃくる。
「サトー様には敵わねーなぁ」
そう言いながらジャックは持っていたカンテラを村長に渡し、タオルを受け取ってくれた。
彼は頭をざっと拭くと、軽くタオルを絞ってからカンテラと交換で村長に手渡した。
ジャック同様、村長も頭部だけをざっと拭く。その仕草が二人ともそっくりで“親子だな〜”と思った。
拭き終わったようなのでタオルを回収しようしたけれど、村長からは「洗って返す」と言われ、タオルは今ジャックの首に掛かっている。
きっと洗うのは村長の奥さんだ…。洗濯物を増やして申し訳ない。
序に村へ帰る前に、温泉PRの件について二人には軽く話しておこうかと思った。
だが、ふと彼等は俺と一緒に此処に来た男性が、王太子殿下の仮の姿だと知らない事に思い至る。
ウィル様に名前使用の了承は得ているが、この場では村長とジャックの心の安寧のためにも『アルバン様が王太子殿下に温泉の話をしてくださるそうです』と匂わせ程度でPRの話は止めておこう。
大っぴらかお忍びかは知らないが、近いうちにウィル様が王太子としてこの地に赴いて、村長と契約云々を交わすだろう。
多分俺の同席は不可避なんだろうな…まぁ、いいけど。
聖女の恩恵を受けた(らしい)村の温泉は金の生る木だ。
ウィル様の名はあくどい連中からこの村を守ってくれるはずで、双方にとってWin-Winなはずだ。
二人と話を終え、俺は村へ帰ることにする。
別れの挨拶をして一歩踏み出すと、村方面からこっちへ灯りが近付いてくる。十中八九、温泉目当ての旅人だろう。
「ちっ、今夜は温泉は貸し切りって言ってあるはずだけど、これで何人目だ?」
「貸し切りの周知をしたのは昼過ぎだ。
昼間村の者には旅人を見かけたら、温泉は休みだと声を掛けるように頼んでおいたがこの時間では無理だろう。
村の出入り口とこの道の途中に看板を設置させたが、字が読めないものもいるだろうから仕方がない。故に、ここでお前と立ち番をしているのだ」
ああ…確かに来る途中そんな立て看板があった気がする。
旅人は日が落ちてそれを見落としたという可能性も考えられた。
「私が帰りがてら、温泉は休みだと言っておきますよ」
「そうしてもらえると助かる、お願いできるか?」
「勿論です、ではお先に失礼しますね」
旅人を帰らせ、今度こそホントのホントに村へ帰ろう。
こちらへ向かってくる灯りと、松明に照らされた足元を交互に見ながら、俺はゆっくり急いで帰路についた。




