42 ウィリアム視点
短いお話です。
湯舟酒の効果か、イツキと私達の会話は広がっていった。
専ら内容はイツキが思い描いている温泉事業についてなのだが、その発想の豊かさに感心する。
そういえばゴタゴタしていて冒険者の体でこの場に来たが、当初は王太子として来る予定だった。
執務室でイツキが温泉の検証時の私の身分を【冒険者】か【王太子】かで尋ねてきたが、その時点で既に私を利用する心積もりだったのだろう。
イツキが事細かに説明してくれた『すぱ』なる施設が現実のものとなれば、確実に成功する。寧ろ関わらせて貰う礼を言わなければならないくらいだ。
イツキ曰く、『昔読んだ本の内容を応用しただけ』らしいが、彼の国が保有する蔵書をいつか見てみたいものだ。
普段私は『利用する』側の人間だが、この優秀な被後見人に限っては、利用されるのも悪くは無いと思った。
その後、会話が途切れたタイミングでイツキが「湯当たりしそうなので…」と退場を申し出てきた。温泉事業は双方に利益かある為話が弾み、長湯をしてしまったせいだろう。
私や側近達はこの程度で不調が起こることはないが、イツキは違う。
体力面は凡人なようで、顔を火照らせ目を潤ませている。
れっきとした男だと分かっているが、イツキが醸し出す独特の雰囲気に引き付けられずにはいられない。
「ウィルさま?」
「あぁすまない、少し考え事をしていた。アルバンの検証は済んでいる、貴方が上がるのなら我々も一緒に上がろう」
イツキの問いかけに我に返った私は、見惚れていた事を悟られぬように取り繕い、湯舟の中で立ち上がった。
側近達も同様の姿勢をとった後に、漸くイツキもそれに続く。
しかし彼の体は一歩踏み出すことなくグラッと揺れ、そのまま膝から崩れ落ちたのだった。
「イツキっ!!!」
倒れ込むイツキを咄嗟に支えるが、その体はかなり熱い。
「すみ…ません…ちょっと…のぼ、せたみたいで……」
「大丈夫か?とにかく湯から出るぞ。テオバルドはローブを、アルバンは外の者達に先触れを頼む」
私が言い終わるやいなや側近達は行動を起こす。
テオバルドから受け取ったローブを羽織りイツキ抱き上げると、テオバルドは配慮するように彼の下半身にローブを掛けた。
今までのイツキの態度から、余り他人に肌を晒したくないようなので全身を隠してやりたいが、今は少しでも体温を下げなければならないので難しい。
イツキから視線を外して宙を仰げば、つい先程まで煌々と照っていた月が雲に隠れ、ポツポツと雨粒が落ちてきた。
全くタイミングが良いのか悪いのか……
「戻るぞ」
「御意」
イツキを落とさないように腕に力を込め、私とテオバルドは跳躍した。
次回はイツキ視点に戻ります。




