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ここにいる人達はウィル様の一派だ。
王太子殿下、ましてや自分達の主の命令を平民風情が断れば、反感を買うのは当然だろう。
「温泉は服を脱いで御姿を曝け出す場。私のような一平民が高貴な御方々とご一緒するなどあってはいけません」
俺がもっともらしい事を言うと配下達の空気が和らいだ。いくら主人が希望したとはいえ、心の中では止めたかったに違いない。
この人達も所詮は貴族、身分絶対主義なのだ。
(“裸の付き合い”をするにも身分差がありすぎるわ…)
「裸の、付き合い…?どういうことだ?」
胸裏で思ったはずが、どうやら無意識に言葉になっていたようでウィル様が疑問を口にする。
知らない人が聞けば、確かに誤解を招く言葉ではある。
「あの、誤解しないでいただきたいです。入浴する際は皆服を脱ぎますよね。
私の故郷では“裸の付き合い”とは、世の中の柵を取り除き、対等に交流することを意味します。この表現は実際に入浴をしなくても使うことがあります、『心の柵』を無くすという意味で。」
「なるほど、だったら丁度いい。今からその“裸の付き合い”とやらをしようではないか」
「いや、だからそれをするには身分の差が、」
「身分差を気にしないのが“裸の付き合い”なのだろう?貴方の故郷の文化に触れることができて僥倖だ」
俺の独り言で見事に墓穴を掘ってしまい、ぐうの音もでない。
結局俺は拒否する理由を見つけることができず、高貴な方々とガチな“裸の付き合い”をする羽目になってしまった。
◆
「いや、本当に私は結構ですから。自分で脱げますから!」
男湯の脱衣所は普段なら女性は入ることができないが、今はウィル様を始め、貴族の御子息方の身の回りの世話係として侍女が3名立ち入っていた。ちなみに近衛騎士・兵士達は警備体制に入っている。
そして俺は、つい数時間前にやったやり取りを再び侍女の方々としていた。
あの時は『着替え』だったがここでは完全なる『脱衣』、つまりは女性におパンツまで剥ぎ取られてしまうのだ。
必死に遠慮する俺を見て、ウィル様は「彼の言う通りに」と侍女達を制してくれた。
彼女達は俺が温泉の指南役なので、気を利かせてトップバッターで脱がせようとしたようだった。
「私のことはお構いなく。殿下方のご準備をお願いいたします」
俺の言葉に侍女達はウィル様、テオ様、アルバン様の入浴準備を整えていく。
準備と言っても衣服などを全て脱がせた後にローブを羽織らせるだけなので、さほど時間は掛からなさそうだ。
入浴準備など一切していない俺は、侍女に頼んでタオルを用意してもらった。
俺は3人が準備をする間に部屋の隅でチャッチャと服を脱ぎ、腰タオル1枚の姿になる。
侍女には「タオルは差し上げますのでお持ち帰りください」言ってもらえたので有り難く頂戴する。
貴族が使うタオルは肌触りが最高で思わぬ収穫だった。
そして申し訳ないが流石に侍女の方々には、此処から先へ進むのはご遠慮頂いた。
俺のメンタルが保たないからだ。
「ウィリアム王太子殿下、コンウォリス小公爵様、ガーランド小公爵様、準備はよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む」
ウィル様からの返事を受けて、俺は脱衣場から野天風呂へと繋がる扉に向かう。
そして俺はこの世界では珍しい引き戸に手を掛けて、一気に横にスライドさせた。
「これが…温泉、なのか…?」
目の前の景色に3人は言葉を失っているようだ。
【和】テイストな野天風呂は、ハジメリ村の住人や旅人達からは好評だが、目が肥えている貴族にはこの景色がどう映ったかは気になるところではある。
「この温泉全体の造り…すべてが初めて見る様式だが趣があって素晴らしい」
「ホントですね、このような様式は私も初めて見ました」
「これはイツキ殿の案なのか?」
「いえ、昔読んだ本にこのような造りの温泉もあると書かれていたのを思い出しましたので、村長に提案してみたところ快く受け入れてもらえました。
皆様お気に召していただけたようで何よりです。では手短に入浴方法をご説明させていただきますね」
本当は“ご説明させていただいても宜しいですか?”とお伺いを立てるべきなんだろうが、まどろっこしい為俺のペースでやらせてもらうことにする。
俺は脱衣場の出入り口の脇にある盥ほどの大きさの泉まで移動し、その脇に設置してある棚から柄杓を取った。
この泉は温泉の湯を引き入れたもので、『かけ湯専用』となっている。
俺は柄杓で湯をすくい全身に掛けていった。勿論腰のタオルは外してだ。
「温泉に浸かる前にここで一度身体を洗い流してください。これが温泉に入る時の作法、というかマナーですね。これは湯に体を慣らす意味もあります。
あと湯の中にタオルを入れる事はご遠慮ください、これもマナーです。あとは特にございません。
もし体や髪を洗うのでしたらこの泉の湯をこちらの桶に汲んでいただいて、このスペースでお願いいたします。ここの椅子も自由に使っていただいて構いません。
私からの説明は以上になります」
それから3人に質問がないか尋ねたが「ない」とのことだったので、俺は彼らにかけ湯を促した。
ふと『この人達、一人で脱げるのか?』と思う。そんな俺の心配をよそに高貴な方々はさらっと全裸になっていた。
意外だったのは脱いだローブを各自キチンと畳んでいた事だ。
着替える時も侍女の手を借りていたのだから、脱いだ物はそのまま…という事を想定していたので、俺の中で彼らへの好感度が上がった。
俺はウィル様達のローブを預かり、柄杓や桶が置いてある棚の最上段に丁寧に置いた。
その間彼らは先程俺がしたように、柄杓を使い全身にかけ湯をしていて現在進行中だ。
(この人ら、全員着痩せするタイプだな…)
3人ともいわゆる細マッチョというやつだ。
腹筋が見事に割れ、三角筋、広背筋にはキレイに筋肉がついている。大胸筋も適度な厚みがあり男の俺でも見惚れてしまうくらいだ。
多忙な中でこの身体をつくるのにどれ程鍛錬しているのだろう…。俺もジム通いをしてた時期があり、運動不足を解消する程度のものだったが、それでもメニューはキツかった。
「イツキ、湯をかけるのはこのくらいでいいだろうか?」
全身にかけ湯をし終えたウィル様達が横一列になり、俺に訊ねてくる。
身体から湯を滴らせた生ける美術品3体に、俺は『スン…』となる。
つくづくこの場に第三者が居なくてよかったと思う。
いろいろとご立派な彼等と立ち並ぶなど公開処刑に等しい。
(俺もちょっと鍛えよう…)
そう思いながら「はい、いいと思います」と返事をして、俺は用意してあったタオルを1枚ずつウィル様達に手渡して、メインの温泉へと足を向けた。




