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(うわぁ…)
ウィル様から意図を測りかねる笑顔を向けられて困惑する。
これがテオ様ならその意図を汲み取れるのだろうが、凡人の俺にはムリだ。
俺は誤魔化すように愛想笑いをして、さり気なく目線を逸らした。
それが切っ掛けとなったのか、ウィル様は子供達の方を向く。
そして彼は子供達に「私はこの国の王太子だ」と身分を明かして名を名乗り、更にはテオ様とアルバン様の事を側近達、レオンの事は依頼を請け負ってくれている冒険者だと紹介した。
てっきり冒険者の体でいくのかと思っていたので子供達は勿論、俺も驚いた。
子供達に至っては“王太子”は“偉い人”だと解ってはいるが、実際実物を目の前にしてどんな態度を取っていいのかわからないようだ。
普通に考えればここは平伏すべきなのだろう。子供達の今後を鑑みて俺が手本を見せるべきか…。
俺はベッドから降りて、謁見の間で国王に跪いた姿勢をウィル様の前で再現した。
聡い子達で、俺の姿を見てすぐにベッドから降りて同じ姿勢をとる。これを確認した上で深く頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「王太子殿下とは存じ上げず、ご無礼を働き申し訳ございませんでした。また、この子達は年端もいかない子供な故、何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げます」
「も、もしわけござりませんでした!」
「えっと…もうしわけござませんでした!」
マットとユウが俺の後に続き、頭を下げて謝罪する。
これは世間を知らない子供達の『対貴族』教育の一環とも言えるだろう。
この世界に来て約一ヶ月…、辺境の地にいても様々な人と交流することができ、否が応でも『平民』と『貴族』の差は理解できた。
それに、一国の王太子の体裁…というよりも秩序を保つ為にも必要な事だと思う。
「謝罪を受け入れよう。頭を上げてベッドに掛けるといい。それからこの場での不敬は許すから今までの話し方で構わない。まずは君達の名前を教えてくれるか?」
ウィル様は柔らかい笑顔を子供達に向けてから名を尋ねた。
マットとユウはベッドに腰掛けてから互いに顔を見合わせた後、マットが先に口を開いた。
「オレの名前はマットです」
「ボクの名前はユウといいます」
二人がきちんと敬語を使っていることに感心していると、隣りに座っていたユウが肘で俺を小突いてきた。
ユウの方に顔を向ければ、その奥に座るマットが顎を刳っている。どうやら彼等は俺にも自己紹介を促しているようだ。
この子達は俺がウィル様達と普通に話しているところ見ていたはずだが【顔見知り】とは思っていなかったのだろうか?その時俺は名前で呼ばれてたはずだが…。
(あ、そういえば俺、この子達に名乗っていないかもしれないわ…)
お風呂に一緒に入るくらいガッツリ絡んでいたが【おにいさん】呼びに慣れてしまったせいかすっかり忘れていた。
今更『お兄さんの名前は?』と聞くのもバツが悪く、この機会に便乗しているのかもしれない。
俺は「ご存知とは思いますが…」と前置きをしてから「薬師見習いのイツキ・サトウと申します。宜しくお願い致します」と挨拶をした。
隣からはボソッと「イツキ、にーちゃん…」と言う声が聞こえ少し心がむず痒くなる。どうやら顔も自然と綻んで笑顔になっていたようだ。
向かいのベッドから息が詰まるような音が聞こえ、俺は慌てて表情を戻した。
「ん、んっ!あの、恐れながらこの場をお借りして私達からお礼を言わせて頂いても宜しいでしょうか?
私達の為に真新しい着替えをご手配してくださりありがとうございました。
ほら、君達の着替えの用意を指示してくれたのは目の前の御方達だよ」
「「ありがとうございました!」」
着替えに関する首謀者が誰かわからないので、纏めて全員にお礼を言っておけば問題ないはずだ。
そして首謀者はあっさり判明することとなった。
「殿下の指示で宿の者に用意させましたので御礼は殿下に」
「いや、実際に手配をしたのはテオバルドと宿の者だ」
俺は『やっぱりな』と思いながら今一度3人でウィル様とテオ様にお礼を言っておいた。
◆
どうやら前座はここまでで、これからが本題となるようだ。
先ずはウィル様の指示でアルバン様がユウの魔力を見る事になった。
アルバン様は緊張しているユウの側まで歩み寄り、優しくその手を取った。カイロの時と同様に1分程度その姿勢を保っていたのだが、彼の表情がみるみる変わっていくのが印象的だった。
ユウの手をそっと離してからアルバン様はウィル様に向き直った。
「彼の主な魔力は水属性です。そして光属性も持ち合わせています。恐らくはかなりの割合で…」
「…そうか。あの光の発生源と思われる場所に居たのだ、何らかの影響があってもおかしくはあるまい。まあ彼の光属性は先天性、という可能性もあるがな…」
王太子と側近のやり取りを見て不安そうにするユウの肩に手を置くと、小刻みに震えているのが伝わってきた。
自分が原因で深刻そうに話をする高貴な人達を見ればそうなるのも頷ける。
「大丈夫。俺の知り合いに君と同じような子が居るから心配することなんて何も無いよ」
俺はユウの肩に手を置いて安心させるように小声で伝えると、幾分か震えが収まったようだった。
ウィル様は『念の為』と、マットのこともアルバン様に見させていた。
こっちは【白】…というか【白に近いグレー】のようだ。
マットは現時点では魔力は無いようだ。
ただ魔力の発現には個人差があり、今後発現する可能性はゼロではないらしい。これは別室にいる他の子供達にも言えるそうだ。
「なんだよ…この部屋で魔力無いの俺だけじゃん…」
「いや、俺も魔力はないぞ。スキルは持ってるけどな。だからこの部屋で魔力がないのは俺とお前の2人だ」
へこむマットを慰めるレオンの言葉に俺は思わず「えっ?」と反応してしまった。
「あれ?イツキさんに言ってなかったっけ? 俺はレンジャー系のスキル持ちだけど魔力は無いんだ」
いやいや、そうじゃない。
いや、確かにレオンが魔力が無いというのは初耳だったがなぜ俺が魔力を持っている事になってるんだ?
王城でのやり取りで、この国のお偉いさん達には俺が魔力が無いことはバレている。
だが、俺はこの世界に来て今まで俺自身魔力持ちだなんて一言も言った覚えは無い。
それなのに魔力持ちと思われている理由…、と、いえばもうアレしか思いつかないのだが。
(やっぱり薬師は魔力必須ってことかよ…。だから謁見の間で変な顔されてたのか。
あー、でも今まで“薬師見習い”で過ごしていたけど、特に魔力があるか見せろとか言われたことは無かったな…。だからきっと大丈夫、なはず…)
俺はレオンに「へーそうなんだー」と無難な返事をして、これ以上魔力の話が俺に振られないようにする。
俺に魔力が無いことを知っているのに、この場でウィル様達は何も言わない。
なにか理由があるのかも知れないが、それが俺には有り難かった。
(今後は魔力がある設定を忘れないようにしなければ…)
そう自分に言い聞かせつつ、今後魔力を見られる機会がない事を切に願った。




