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 イケメンの絶対零度の笑顔に心底震えた。


 渋々外出許可を出してやった男が、何故かこんな厄介な現場に居るのだ。憤りを感じるのは無理もない。

 元々俺がお金を掏られたのが発端だがこの調子だと此処に居ないレオンにも(とばっち)りが行くのは確実だ。申し訳ないと思いつつも今はレオンをフォローする余裕が無かった。

 兎に角ウィル様には言い訳…ではなく、この状況に至った経緯を説明をしてユウをちゃんとした医者に診てもらわなければ。

しかし何からどう説明したものか…。


「これには色々と理由(わけ)がありまして…」


気不味いながらも上目遣いでウィル様の顔色を伺ってみる。

相変わらず貼り付けたような笑みを浮かべていたが、突然スッと真顔に戻ったと思ったら舌打ちまでされる始末…。


(いっその事、叱責されたほうが楽だなこれ…)


 居た堪れない気持ちで目線を落とすと微かなアンバーな香りと共に俺の体が何かに包まれた。

顔を上げると目の前にはウィル様がいて、彼がマントを掛けてくれたのだと気付く。


「え、えっと、…ありがとう、ございます…」


 てっきり怒っていると思っていたので意外だった。いや、怒っているがびしょ濡れの俺の姿が余りにも見苦しかったのかもしれない。

 何れにしろ顔を上げて礼を言っておく。もちろん笑顔で。

そしてウィル様は固まった。


(あ、やばっ)


多分それが顔に出たのだろう。

ウィル様は硬直が解けたようで俺から顔を逸らした。平然を装っているようだが耳が赤い。

普段は冷静沈着で大人びている彼の珍しい姿は、年相応で可愛く思えた。



「あの…、お兄さん達は、誰?新しい神父様?」


 申し訳無さそうなユウからの問いかけで我に返る。

 つい先程まで苦しそうにしていたユウが、いつの間にかベッドの上で体を起こしていた。元々体が弱い子だと聞いていたが大事に至らなくて本当によかった。


「あ〜、俺は… 「ゆうぅぅぅう!!!」


ユウの問いに答えようとしたが、物凄い勢いで部屋に駆け込んで来たマットに被せ気味に遮られた。

そしてマットは濡れるのも厭わずにユウに抱きついた。


「こんなに濡れて大丈夫か?でも起きれるって事は病気は治ったのか?元気になったのか?」


「うん、今までずっと苦しかったけどなんか治ったみたい。マットの薬のおかげかな?」


「うんうん、やっぱそうだろ!よかったな!」


ここでマットが買ってきた薬をどうこう言うほど俺も無粋ではない。

 ただ、彼が薬を手に入れた店には然るべき罰を受けさせるべきだ。こんな子供にぼったくり詐欺をはたらく輩を許すまじ。

取り敢えず今は魔力絡み兼病み上がりなユウを着替えさせるほうが先だ。

 そこへテオ様がタイミングよく声を掛けてくれた。流石としか言いようがない。


「ウィル、イツキさんや病気だったという彼が濡れたままでは体に障りそうです。それにこの水浸しの教会では暫く子供達の生活も難しいと思われますので、一旦彼等を連れて先程の宿に戻るのはいかがでしょうか?」


「子供達には聴きたいこともある。そうしてもらえると助かるが大丈夫なのか?」


「問題ありません。ではイツキさん、今から貴方と子供達は私の馴染の宿に向かってもらいます。

イツキさんは此処の子供達と親しそうですので彼等に説明願えますか?」


いや、別に親しくはないが「わかりました」と了承して子供達に言われた通り説明した。

【宿屋】と聞いてはしゃぐ子供達。多分初めての経験なのだろう。

「宿屋ではいい子でお行儀よくしなければダメだぞ」と言い聞かせると、ラナを始め小さな子達は「はーい!」と元気よく返事をしてくれた。

マットとユウはその辺はわかっていそうなので、くどくど言うのはやめておく。


 そうと決まれば宿に向かう前にユウに着替えるように言い、俺もタオル(…とは到底呼べない布きれ)を借りて軽く水分を拭き取った。

 結構濡れていたのでウィル様から借りているマントも水を吸っているかと思いきや、水滴一粒吸収していない位に乾いた状態だった。


 一見その辺で売っている普通のマントに見えるが、流石は王太子の装備品と言ったところだろうか。

好奇心で生えたばかりの鑑定スキルを使ってみると、ディスプレイにはイカツそうなモンスターと高級そうな素材の名前がズラリと表示される。

ソレが実際どんなものか知らないが、このマントは超が付くほど高価な装備品だと雰囲気でわかった。


 俺は速攻マントを脱いで丁寧に畳んだ。

今すぐこんなものは返してしまいたいが、ウィル様は衛兵達に指示があるとかで一足先にテオ様と共に外に出て行った後だ。


(外に出たらすぐに返そう)


そう思いながらマントを小脇に抱え、子供達を伴って教会の外に向かった。

 ちなみにユウも自分の足で歩いて付いてきている。

病み上がりで心配したが、本人が大丈夫というから好きにさせた。ユウには俺が見習いの薬師だと伝え済みなので、いざとなればダメ元で整腸剤を飲ませるつもりだ。

 子供達皆がユウを取り囲むようにして歩く。

その微笑ましい様子を見守りながら、俺は彼等の後ろをついて行った。



『   』



( …ん?)



 途中礼拝堂を通っている時、誰かに呼ばれたような気がした。

ウィル様やテオ様かと思ったが、周囲を見ても俺と子供達以外は誰も居ない。


(ふむ…)と俺は考える。


 どうやら先程のは気の所為だったようだがこの敷地に足を踏み入れた時の感覚といい、ここは不思議な場所だと思う。

 ここに来たのは【偶然】の積み重ねだ。だが俺はこの場所に【縁】のようなものを感じざるを得ない。

現にボロい教会しかない場所なのに『また来たい』と思わせる何かがここにはあった。


(俺もとうとうスピリチュアルに目覚めたか?まぁマナとか魔法のある世界でスピリチュアルもナニもないけどな…)


そんな事を考えながら歩いていると、突然周りの大気の()が変わった気がした。

どうやら教会の敷地から出た事が関係しているようだ。

俺が思うに教会の敷地の内外で酸素濃度らしきものが違うように感じる。

この場所は至って普通、比べて教会内は濃厚だと言えた。

多分ユウもそれを感じ取ったらしく、不思議そうに首を傾げていた。


 そんな中、突然マットが「ああっ!!」と声を上げて一目散に走り出した。

皆呆気にとられていたが、マットの逃走劇はモノの数秒で終了した。何故なら建物の影から現れたレオンに確保されたからだ。


「このこのっ!離しやがれ!!」


 首根っこを掴まれたマットは激しく暴れているが、レオンはそれを物ともしていない。

まあこの状況から察することはできる。

俺は不安そうにいている子供達に「大丈夫だから」と伝え、レオンを子供達から死角になる場所まで誘導した。勿論マットは拘束されたままだ。

移動が完了すると、レオンは俺に向かって矢継ぎ早に捲し立てた。


「ったく…、スリの子供を追ってこの辺まで来たのはいいけど見失うし古教会が光るし衛兵は来るしウィルさんやテオさんやギルマスまで来るしお二人は元の姿になってるし声掛けていいかわかんないし魔力暴走している感じしたし収まったかと思えば市場近くに居るはずのイツキが教会から出てくるし犯人のガキと一緒だしどうなってんだよ!!」


「あはは…ごめん、説明すると長くなるわ。それからやっぱりこの子が犯人か?なんとなくそんな気はしてたんだよな〜。俺の袋によく似たやつを持ってたし」


「えっ!?あれ、あんたの金だったのか…」


マットの顔がみるみる青ざめていく。

病気の件とは別で、ユウの魔力の収束には俺が貢献している(ということにしておく)。

更にはこれから皆で向かう場所は、俺の仲間(だとマットは思っている)のテオ様が用意した宿だ。

知らなかったとはいえ恩を仇で返す事をしていたのだ、気持ちは分からなくもない。


「ごめんなさいごめんなさい!!お金はちゃんと返します!!罰もちゃんと受けます!!ユウやチビ達は関係ないからどうか…どうかあいつらを…ううっ…」


マットは大粒の涙を流して俺に許しを請う。

『どーすんの?』というレオンの視線が痛い。


 マットがユウの体調悪化で切羽詰まっていたというのは解るし、ましてやまだ子供だ。彼を役人に突き出すつもりは俺には無い。

ただし、同情で罪を水に流すのはこの子の為にならないと思っていた。


(さて、どうしたもんか…)


 お金の回収と罰を兼ねるといえば、マットに【労働】させるのが一番手っ取り早い。

労働先の当てがないこともないが現時点では受け入れてくれるとは限らない為、明確な答えが出ない状況だった。


「君がユウくんの事で追い詰められていたのは解るけど盗みは完全にアウトだ。だから君には然るべきところできちんと働いてもらい、盗んだお金をきっちり返してもらうからそのつもりでいてくれ。詳しいことは決まり次第伝えるよ。

あとレオン、この話は他言無用で。特に子供達には知られないようにしてくれ」


「了解。イツキがいいなら俺はそれに従うよ」


「ううう…ありがとう…ありがとうございます…」


 泣いている姿はまだまだ子供だ。身近に頼れる大人が居れば恐らく罪を犯すことは無かったはずだ。

 俺は拘束が解かれたマットを宥めるように、彼の肩をポンポンと叩いた。


余談ですが、屋根から降りた時に速攻レオンの存在を認識したテオバルドでした。

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