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 執拗に男に追い掛けられてかなりの距離を逃げ回り、なんとか振り切った頃には完全に方向を見失っていた。

 どうやら中心市街地から出てしまったらしく、目の前の景色がガラリと変わっている。

住居と思しき建物が建ち並んでいて、所謂居住区のようだ。レオンと一緒にいた時は遠目で見ていた城壁が、今はかなり近い。


(ここ何処だ…?)


 ぐるりと四方を見回すと建物の間から王城が見えた。

取り敢えず一旦アレを目印にして戻ればレオンと別れた付近までは行けるかもしれない。

 俺は目印に向かって歩き出そうとしたのだが耳障りな怒号が聞こえてきて、反射的に声のする方を振り返った。


「痛っ!こんなとこで邪魔なんだよ!!」


「きゃっ!」


 見れば、ガラの悪い男(2号)が年端もいかない女の子を突き飛ばしていた。

そして男は威圧的に女の子を見下ろし「腕が折れちまったな〜」などとふざけたことを言いながら恐怖で動けない女の子に追い打ちをかけている。

 女の子の横には彼女の持ち物と思しき手提げかごが転がり、花々が散乱している。男はこれみよがしに罪なき花を踏み潰していた。

道行く人は遠巻きに見るだけで誰一人助けに入るものはいない。

 つい数分前までは(ヤカラ)から逃げ回っていた俺だが、流石にこれを見過ごすのは良心が許さない。

ボコられるのを覚悟の上で俺は男と女の子の間に入った。


「こんな小さな子ども相手に大人げないですよ」


「何だテメェ?関係ないやつはすっ込んでな!俺はこのガキとぶつかって腕の骨が折れちまったんだ、こいつには治療費と慰謝料払ってもわらなきゃな!」


男が恫喝する中、俺は女の子をそっと抱き起こした。

パッと見ケガはしていないようでよかった。

 この男、大きな声を出せばこっちが怯むとでも思ってるなら大間違いだ。

元の世界の会社員時代、この位の恫喝クレームは何度か経験している。慌てず怯えず粛々と対応するべし。


「それならちょうど良かった、私は薬師です。

骨折となると一大事なので今すぐここで貴方の腕を診てあげましょう。ちょっと腕を失礼しますね。

おやおや?おかしいですね、腕を骨折していると少し触れただけでも激痛が走ると思いますが全く痛くなさそうですねぇ。

鬱血も腫れも無いので私の見立てでは、あなたの腕は骨折なんてしてませんよ。

寧ろ貴方に突き飛ばされたこちらのお嬢さんの方が擦り傷打撲などありそうなので、治療費と慰謝料が必要なのでは?」


俺は強引に男の腕をとって診察のフリをし、勢いに任せてベラベラと捲し立てた。

この男が骨折してないのは素人目でもわかる。


「なっ!!ふざけた事言ってんじゃねえよ!!」


反論できないとなると暴力へ移行するのは予想通りだ。男は俺に向かって拳を振り上げた。


「私が怪我をすると後ろ盾である貴族が黙ってはいませんよ。私の身に何かあれば貴方が何処へ逃げ隠れしようとも必ず見つけ出して報復されます、覚悟はありますか?」


すかさず男に言うと動きがピタリと止まった。

そして意味有りげに笑う俺に、男は舌打ちしてこの場を去っていった。

 後ろ盾があること以外はでっち上げだ。ダメ元でハッタリをかけてよかった。


 俺の腕の中で震えている女の子に「もう大丈夫だよ」と言うと堰を切ったように泣き始めた。

輩の神経を逆撫でしないように泣くのを堪えていたんだろう。

見たところ未就学児…5、6歳位なのに大したものだと思う反面、こんな事がこの子の周りで往々にして起こっていると察し同情する。


「あの…ひっく、あの、お兄ちゃんは、ひっく、お薬、つくれる、ひっく、の?」


「あ…、うん、まだ勉強中だけどね」


「あの、ひっく、これでおくすり、ひっく、作れる?」


 女の子の小さな手のひらには硬貨が1枚乗っていた。

 この国の貨幣で一番額面が小さい硬貨だ。多分花を売った代金なのだろう。


「お薬を飲む人と会わないと作れるかわからないかな。取り敢えずこのお金は大事に仕舞っときな。

さあ、お嬢ちゃんのお家まで送っていこう。案内してくれる?」


 女の子はしゃくり上げながらもコクリと頷き、手提げかごを拾って歩き出した。

 しかしこんな小さな子に花売りをさせている家庭…、しかも薬を必要としているとなるとなんとなく想像はつく。家族の誰かが病気なのだろう。

彼女の名前を尋ねると【ラナ】と教えてくれた。


「ラナちゃんはいつもこの辺でお花を売ってるの?」


「うん…、ユウちゃんが病気なの…。おくすりを買うお金がほしいから。着いたよ、ここがおうち」


 ラナに案内された場所は確信が持てないが多分教会…だと思う。外観がボロすぎて思わず絶句してしまった。

薬が必要な『ユウちゃん』は、此処でこの子と共同生活をしている子なのだろう。


「…此処には大人の人はいないの?」


「大人の人?いないよ。神父様はねー、時々来てくれるよ」


 そう言うとラナは「こっち」と俺の手を握って、ズンズンと教会と思しき建物へ向かう。小さいながらも俺の手を握る力は強い。

()()()()教会の敷地に足を踏み入れた時、一瞬、俺の全身がザワッとした。

例えるなら極微弱な電流が体を突き抜ける感じだ。

思わず立ち止まった俺をラナは不思議そうに見上げている。

 ふと、この世界に来る前に雷に(多分)撃たれた時の事を思い出しブルっと身震いをした。

あの時は痛みや熱を感じた訳では無いか、あまりいいものでもない…できれば思い出したくない記憶だ。忘れよう…。

 とにかくここに来るまで色々あったので過敏になっていたのかもしれない。さっきのも静電気か何かを大げさに感じたのだろう。


「ごめんごめん、ちょっと虫が顔にぶつかってびっくりしたんだ」


「そうなの?大丈夫?」


「大丈夫だよ、さ、行こうか」


俺が促すとラナは再び手を引いて先導してくれた。

教会内に足を踏み入れるとそこは礼拝堂だった。

外観ほどボロいということはなく、寧ろ礼拝堂は神聖な空気が感じられて背筋が伸びる。

そしておかしな話だが、【俺がこの場所に来たことを()()()()()歓迎している】と思った。理由はなくただ漠然と。

 何でそんな事を思ったのかは分からないが、深く考えるのも面倒くさいので拒否られるよりよかったと受け流しこの件は俺の中で終わりにした。

緑豊か→雑草がいっぱい。

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