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やや草臥れた革靴から、先の尖った高そうな革靴に履き替えさせられ謁見装備が完了した。
着替えを手伝ってくれたメイドさん達は口々にほめそやしてくれたが、本心かどうかは定かではない。
ご丁寧にこの部屋まで姿見を運んできてくれたので、自分の姿を見ない訳にもいかず、仕方なく鏡に映る自分を確認したら思わず吹き出しそうになった。辛うじてこらえた俺はエライ。
先程のメイドさん達の称賛はやっぱりお世辞だったか。
ウィル様とテオ様も褒めてくれていたから、それに倣ったのだろう。
身だしなみチェックが終わり、ウィル様とテオ様の後に続いて謁見の間までの長い廊下を進んでいく。
俺の脳内にはドナドナの曲が流れていた。
これから一国の王と会うのだ。緊張を通り越して気分が悪くなってくる。
とにかく最善を尽くす為に、歩きながらウィル様たちに謁見の際の注意事項を聞いておくことにした。
「あの、謁見の際に気を付けることはありますか?私、王族や貴族の方への礼儀作法など、全く知識がないのですが…」
「謁見は非公式だし、国王陛下は貴方が平民だと知っているから、そう気負わなくてもいい。それに陛下の御前では私やテオバルドに傚えばよい。
陛下から声を掛けられたら、貴方の率直な返事を。
何かあれば私とテオバルドがフォローするから大丈夫だ」
「わかりました、よろしく…お願いします…」
そもそも今から会うのは、この人達の親でもある。
俺の言動が予期せぬ事で不敬罪などに引っ掛かった場合、全力で親を宥めてほしい。ほんと頼みます。
ウィル様の執務室から結構な距離を歩いたと思う。
同じ通路を何度か通った気がするが、防犯面で諸々事情があるんだろう。
俺としては目的の場所に着かなくても何ら問題ない、寧ろ着かずにこのまま村に帰らせて欲しいが、残念ながらそうはいかないのが世の常だ。
「着いたぞ、この先が謁見の間だ」
目線の先に一際大きく重厚な扉が見えた。どうやらあそこが指定された謁見の間のようだ。
扉の両脇には背筋がピンと伸びた姿勢で槍を持ち、謁見の間を守る衛兵が立っていた。。
扉の前まで行き、テオ様が王太子が来訪した旨を伝えると衛兵は「伺っております」と一礼し、重厚な扉を開いて中へと促した。
中はとても広く、国力が推し量れるような豪華な大広間だった。広間の奥には豪華な玉座が鎮座していたが、その主はまだ来ていない。
「イツキ殿、我々の後に続いてください。国王陛下の前では私達に倣って同じ所作を」
テオ様の指示に私はコクリと頷いた。
それを合図に誰も居ない大広間の中央を進む。この広間の独特な雰囲気も緊張の一因になっているようで、一歩進む度に俺の心拍数が上がっていく。謁見終了まで俺の心臓は保つのだろうか…。
玉座の前まで来ると頃合いを見計らったかのように国王と宰相が姿を表す。
ウィル様とテオ様が素早く跪き頭を下げたので、俺もそれに倣った。王様が着座するまでこの体制は維持だろう。
(この靴めっちゃ尖ってんな…、これで蹴り入れたら相手のダメージ倍増だな)
うつ向いているのでどうしても靴が目に入る。王様から声が掛かるのを待ちながらくだらない事を考えていたら少し緊張が和らいできた。
それから間もなくして「面を上げよ」と低めの落ち着いた声が広間に響いた。
「はっ!」と返事をしたウィル様とテオ様が、体勢はそのままで顔を上げたようだったので、俺もそれに倣い玉座の方に視線を移した。
「えっ?」
そこで見た光景に思わず声を漏らしてしまった。
『しまった!』と、思うが口から出た言葉はもう戻せない。
俺が目を泳がせているとウィル様が後ろを振り向き、『気にするな』と言わんばかりに俺にニコッと笑いかけてから正面を向いた。
なんというイケメン…、たったそれだけのことなのに安心感が半端ない。
「陛下、この者は陛下のご尊顔にいたく感動したようで、思わず声を上げてしまったようです。何卒お許しください」
「うむ、よいよい。これは非公式だ。多少の粗相は大目にみよう。して、王太子よ、そこの者は?」
「はっ!この者はハジメリ村の薬師見習い、イツキ・サトー。例の万能薬を製作した者でございます」
「ほぉ…お主が。サトーよ、発言を許す。
お主、先程声を上げたのは何故だ? 嘘偽りなく答えよ」
国王陛下から直々に声を掛けられ俺は動揺した。
『 陛下から声を掛けられたら、貴方の率直な返事を 』
ウィル様からそう指示をされているが、コレを言っていいものか躊躇してしまう。
だか、声を上げた理由を誤魔化そうにも国王陛下を納得させられるだけのモノが思い浮かばず、俺は不敬罪覚悟で正直に話すことにした。目の前の御子息方、信じてますからね。
「恐れながら国王陛下のご質問にお答えする前に、王太子殿下とコンウォリス小公爵様にお尋ねしたいことがございます。
私には…、玉座にいらっしゃる御方がコンウォリス小公爵様に、横に控えられている御方が王太子殿下によく似ていらっしゃるようにお見受けするのですが、お二人はどのように認識なさっているのでしょうか?」
「…イツキ、それは本当か?」
こんなしょーもない嘘をついたところで俺には何の得もない。それに『 嘘偽りなく答えろ 』と言われたからそうしたまでだ。
俺はこくりと頷く。
「私には普段と変わりなく玉座には陛下が、その横には宰相が控えているように見えている…」
「私も殿下と同じ状況でございます」
やはり俺と殿下達の見ているものが違った。
また魔道具か?それとも魔法か?
何でこんなことをする必要が…
(…あ、俺か。
確認…というわけか。回りくどいなぁ)
十中八九ウィル様達から俺の事は報告されている。
恐らく認識阻害の魔道具の効果が無いことも。
しかしわざわざ謁見の間で茶番をしなくても、元の世界でいう会議室的な部屋もあるだろうに…。そこでやればいいものを偉い人の考えてることはわからん。
「恐れながら国王陛下にお尋ねいたします。王太子殿下とコンウォリス小公爵、及び私の意見をお聞きになられてどのようなお返事をいただけますでしょうか?」
「ふっ、わはははは!
おい魔術師団統括!バレてしまったぞ!だが私と宰相の息子には効果があったわ!!」
宰相の姿をしているであろう国王陛下が、笑いながら大声を上げると何処からともなく黒いローブを纏った男性が現れた。よく見るとアルバン様に似ている気がする。
「陛下…、私の試作品を勝手に持ち出すのはおやめください」
「お前も気になっていたではないか、我が国の魔術師が作った魔道具の効果がない者のことを。実際その目で確認することができて良かっただろう?」
ほれ、と国王陛下が首からネックレスのようなものを外して魔術師団統括に手渡した。
俺には陛下がネックレスを渡しただけにしか見えないが、ウィル様とテオ様は宰相の姿から陛下に戻る過程を見たんだろう。彼らの後ろ姿からは、驚きが伝わってきた。
それから宰相もネックレスを外して元の姿に戻ったようで、本来の陛下と宰相の立ち位置に戻っていた。
余談だが、宰相は玉座に座ることなく座面ギリギリの中腰の姿勢を保っていて、あの演技(?)だったらしい。俺なら1分と持たないわ。
そんなこんなでゴタゴタしたが、改めて国王陛下と宰相、それに魔術師団統括と遅れてきた騎士団長と挨拶を交わした。
国家の重鎮達が揃いも揃っている為か圧がスゴい。
ウィル様が『万能薬』『ハジメリ村』について報告しつつ、国王陛下と政治的なやり取りをしている横で、俺は質問を振られないように極力気配を消して、テオ様の後ろに隠れながら控えていた。
ウィル様の国王陛下への報告、提案は元会社員の俺から見て絶賛すべきものだった。とても20歳には見えない。教育と努力と才能の賜物だろう。
(将来国を背負う立場はやっぱり違うわ…。年下だけど俺もこんな上司が欲しかった…)
会社員時代を思い出し遠い目になっているところへ、聞き捨てならない会話が俺の耳に入ってきた。
「…と、言う訳でイツキ・サトーは私が後見人となります」
「そうだな、それがよかろう」
流石に国王陛下と王太子殿下の会話に割って入る勇気はない。
俺は小声でテオ様に詰め寄った。
「ちょ、ちょっとテオ様、ウィル様が私の後見人ってどういう事でしょうか?」
「イツキ殿が殿下にとって得難い人、ということですよ」
「いやいや、私にはそんな価値はありませんて。万能薬だって偶々聖女様のお陰で作れたわけですし」
「ご謙遜を。私から見ても貴方は特異な方だと思います。それから私が言うのもアレですが、殿下に目をつけられた時点で諦めてください。
殿下が後見人になったからと言って、貴方の今までの生活が変わることはありません。厄介な貴族除け程度に思っておけばよいのです。効果は絶大ですから」
王太子の後見を『光栄に思え』と言うならわかるが、羽虫除け扱いする側近…。
この二人の関係を垣間見た気がして思わず「ぷっ」と吹き出してしまった。
「そこの二人、何をヒソヒソ話をしてる」
「イツキ殿が殿下が後見になられることに不安を感じていらしたので、その不安を取り除いておりました」
何故か不機嫌そうに俺とテオ様を見るウィル様に、テオ様が説明する。
するとウィル様は「不安? 何故だ?」と困惑した顔で俺の顔を見てきた。
どうやら自分が後見人になった事を俺が喜ぶと思っていたらしい。今までの俺の態度を知っているくせに、こっちが「何故?」と聞きたいわ。
正直有難迷惑なのだがテオ様の話からメリット(厄介除け)もある為、ここはひとつ言質を取っておくことにしよう。
「王太子殿下が私の後見人になってくださるのはとても光栄でございます。私ごときがお役に立てるのならば、ご協力させていただくのは吝かではございません。
しかしながら、私は薬師見習いでございます。まだまだ研鑽を積まなければなりませんし、微力ながらこの国をまわりながら病に侵されている方々の力になりたいと思っております。
そして、私にはいつか様々な国の薬学に触れる為、旅をしながら諸国をまわってみたいという夢がございます。
殿下が私の後見人になる事で、私の行動に何らかの制限が掛けられてしまいますと非常に困るのです。
私の【自由】を侵害しないとお約束いただきたいが、殿下のお返事は如何に?」
俺は挑むようにウィル様を見据えた。
正直答えは分かっている、主従の考えは似るものだ。
ウィル様は俺をまっすぐ見つめて面白そうに含み笑いをする。
俺の背筋に一瞬悪寒が走ったが、根性で視線は逸らさなかった。
「ああ、約束しよう。薬師としての貴方を邪魔するつもりはない。貴方の力を貸して欲しい時は事前に打診し、その可否は自由だ。
ただ、貴方の居場所は把握させていただきたい。助力を得たい時に行方不明では困るからだ」
「わかりました」
俺の了承の返事で満足げに笑うウィル様に、何か裏がありそうで若干不安を覚えないでもない。
口約束だと心もとなく保険とばかりに、俺から『後見人に関しては書面にして双方納得の上で契約という形をとりたい』と申し出ると益々面白そうな顔をされた。
後からテオ様に聞いたのだが、王族から『契約』を持ちかけることはあってもその逆はないとの事。
「相手が殿下でよかったですね、通常なら不敬罪ですから」と面白そうに言われ、肝を冷やしたのだった。
しかしなんでこうなったんだか…。まぁ、なるようなるか。
「話し合いは終わったか?ならば私からサトーに所望したいことがある」
俺とウィル様の間で後見人の話が決着したタイミングで、国王陛下から声を掛けられた。
正直、初っ端の入れ替わりで陛下には【狸おやじ】の印象しかない。
【狸】というにはスマートイケオジなので【性格】が、という事で。
陛下から何を言われるのかとビクついていたのだが「サトーが作ったという、飴を纏ったりんごを食してみたい」と言われ、無理難題ではなかった事にホッとしたのがいけなかった。
「ああ、りんご飴でございますね。今ちょうど持ち合わせておりますので少々お待ちくださいませ」
重鎮4人に渡せるくらいの本数はアイテムボックスに入っているはずだと、俺は空間に手を伸ばした。
「待てイツキ!!」
「え?」
ウィル様が制止してくれたが、時すでに遅し…。
俺はりんご飴を取り出してしまってから、自分が盛大にやらかしてしまったことに気付く。
俺の目の前で、
ウィル様は片手で顔を覆い、
テオ様、宰相、騎士団長は硬直、
魔法師団統括は目を輝かせ、
国王陛下はニンマリと笑ってた…。




