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ウィル様が漸く戻ってきた。
ノックもせずにいきなり部屋に入ってくるのだから俺が驚くのは当然だ。
抗議の言葉が出かかったが、ここの部屋の主はウィル様だった事を思い出してグッと飲み込んだ。
そもそも王太子なんだから、この城のほとんどの部屋を突撃し放題だろう。しらんけど。
そろそろ此処からお暇したい俺は、ウィル様に村へ帰れるのか尋ねたのだが答えはノーだった。
しかもあろうことか国王陛下が俺に会いたいと言っているらしい。
断ろうと口を開きかけた時、テオ様が何故かメイドさん達を引き連れて戻ってきた。
その理由を俺はすぐ知ることとなる。
『 今から謁見に相応しい装いに着替えてもらう 』
そう言っていたのは聞いたが、こんなに直ぐのスグとは思わなかった。
ウィル様の号令でメイドさん達は俺を取り囲み、着ている服を脱がせようとしてきた。いや、どちらかといえば【剥ぎ取る】に近い。
「え、ええ??ちょっ!やめて、脱がさないで!着替えくらい自分で出来ますからぁぁああ!!!」
必死に服を掴み抵抗した。ウィル様やテオ様は着替えさせてもらうなど当たり前の事なんだろうが、幼少の頃から着替えは自分でする世界から来た俺には受け入れがたい。
…というのは建前で、綺麗なメイドさん達に服を脱がされるなんて俺のメンタルやその他諸々がもたない。
それはもう必死にウィル様に懇願して、漸く一人で着替える権利をもぎ取った。
その後、ウィル様とテオ様も冒険者姿から着替える為にメイドさん達と一緒に一旦この部屋から退出した。
その際ウィル様に戻ってくる時は、必ずノックをして欲しいとも言っておいた。パンイチの時にいきなり扉を開けられるのは流石に勘弁。
再び一人になった部屋でメイドさんから渡された服を拡げてみた。
ひらひらなシャツに、セットアップスーツと思しき金キラ刺繍入のジャケットとスラックス…、自分が死んだ魚の目になっているのは確実だった。
誰だコレを選んだやつは…。
(ここは異世界。長いものには巻かれろ、郷に入れば郷に従え。)
そう自分に言い聞かせ、俺は今着ている衣服を脱いで用意された衣装に袖を通した。
生地が柔らかく肌触りがとても良い。この品質ならばきっと高価だ、そして何気にサイズがぴったりなのが怖い。
汚さないように気を付けながら着替えを終え、あとはこのスカーフのようなネクタイっぽいモノを結ぶだけなのだが、流石に要領がわからないので後で聞こうと思う。
一度全身をチェックしたいところだが、この部屋に鏡は無かった。『馬子にも衣装』ならいいのだが、このコスプレのような姿が自分に似合ってるとは到底思えない。
(いっそ、アイテムボックスに仕舞ったビジネススーツでも着るか?)
この部屋には俺だけなので、現実逃避をするように空間に手を伸ばし、アイテムボックス内のビジネススーツに触れる。
今着ているモノより生地の質は落ちるが、外回りの為に買ったそこそこ良い品だ。
もう着ることは無いと思ったスーツだが、なんとなくアイテムボックスからジャケットを取り出して袖を通してみた。
シャツがアレだが、やっぱりシックリくる。
この世界に来て一ヶ月ほどだが、会社員時代が遠い昔のように思えた。
まぁそれだけ色々あった…、ということだ。
回想から現実に戻り、自分の姿を客観視する。
ひらひらブラウスにビジネスジャケットを羽織り、ゴージャスな刺繍入りパンツを着用して、村の露天で買った革靴を履いているというまさにカオス…、思わず笑ってしまったわ。
さて、お遊びはここ迄だ。流石にビジネススーツを着ていくつもりはないので脱ぐことにする。
スーツの肩部分を下げて袖部分から左腕を抜こうとした時、『コンコンコン』と扉をノックする音が聞こえた。
(うわ、まじかよ!ウィル様かテオ様かメイドさんかは知らんが来るの早すぎだろ!)
「はい!ちょっとおま、」
━ ガチャッ ━
「イツキ、これを貴方に…」
【おまちください】と言い切る前にウィル様が扉を開けて入ってきた。
勿論お供はいない。いればこんな事にはなっていない。
(いや、人の話は最後まで聞けよ。マジで信じられないんだが)
何か言いかけていたウィル様は話すのを中断し、俺をガン見していた。
そりゃそうだ。俺はアイテムボックスにスーツを仕舞っている途中で扉を開けられたものだから、右腕半分が空中で途切れている状態なのだ。
「私、ノックされて【どうぞ】って言ってませんよね?」
「すまない、【はい】と聞こえたから許可したものだと思っていた。それはそうとその腕…、貴方は今どういう状況なのだ?」
互いに体は固まったままで、口だけが動く。
ウィル様は悪びれる様子もなくさらりと謝り、俺の腕に話題を変えたのだが動揺は完全には隠しきれていないようだ。
実はかなり動揺していた俺も、そんなウィル様を見て落ち着きを取り戻してアイテムボックスから手を引き抜いた。
「殿下の見たまま、ですね」
腕をブラブラさせながらウィル様の問いに答えると彼は眉間にシワを寄せた。
…と、いうかこの状況かわからないとなると、アイテムボックスという能力のことを彼は知らないのだろうか?
そうだとすると、俺はどうやらやらかしてしまったかもしれない。
どう言い訳をしようか考えていると、ウィル様はツカツカと俺に歩み寄り俺の右腕を掴んだ。
シャツをたくし上げ、俺の前腕部や掌を撫でたり押したりひっくり返したりして一通り観察した後深くため息を吐いた。
「腕は…無事のようだな、良かった」
心から安堵しているような表情と声色に、俺は戸惑ってしまう。
アイテムボックスを知らない人からすれば、空中で腕がちょん切れているように見えるから驚くのは無理もない。
それは分かるのだが、俺の手を掴んだまま放さないのは意味がわからない。薄々感じていたがこの人は距離感がおかしい。
「あの、大丈夫ですから腕を放してもらえませんか。あと、私に何か言いかけてましたよね?なんでしょうか?」
「ああ、そうだったな。だがその前に、先程の種明かしをしてほしい。この腕はその後に開放しよう。言い掛けた事もその後だ」
俺は小さく舌打ちをする。やはりアイテムボックスの件はスルーしてくれそうもない。
さて“どこまで”話すか。それを決めるために俺もウィル様に確認しなければいけないことがある。
「わかりました。その前に殿下に尋ねたいことがございます」
「先程から殿下殿下と…。名前で呼ぶことになっていたはずだが忘れたのか?」
(あ…、もしかしてちょっと前の眉間皺も【殿下】と言ったから…)
何故名前呼びに拘るのかはわからないが、立場上色々あるのだろう。
眉間の皺を一段と深くして俺を見てくる、身分も身長も高い5歳年下の男が少しだけ可愛く思えた。
「申し訳ありませんウィル様、失念してました。
それで、話の続きですがこの国には、見た目に反してかなりの量の物品を仕舞うことができる魔法や魔道具…、呼び名は色々ですが例えばアイテムボックスとかマジックバッグとかインベントリとかはありますか?」
「ああ、魔道具であるな。かなり高価な品なので持つものは限られてくるが、わが国では【マジックバッグ】という名だ。私も肩から掛けるタイプで馬が一頭入るくらいの容量のものを持っている」
馬が一頭…、一般的な容量がどの位かはわからないが一国の王太子が持つバッグなのだからきっと多いに違いない。
俺のアイテムボックスには実際どの程度入るかは知らないが、少なめに申告した方がよさそうだ。
「そうですか、ご教示ありがとうございます。実は私は空間自体にマジックバックの機能を持たせることが出来ます。例えばこういう風に…。容量は恐らく小さめの木箱程度です」
俺はアイテムボックスに手を入れてりんご飴を一つ取り出した。スーツを出して色々突っ込まれても困るのでおやつを入れておいてホントよかった。
「これは…どこでも出し入れが可能なのか?」
「ええ、試したことありませんが恐らく大丈夫です」
「すごいな、このような魔法は初めて見た。空間魔法の上位の次元魔法系か?」
「さあ…、私にはわかりかねます」
話が長くなりそうだ…、そう思っていると、また誰かがドアをノックした。
「はい、どうぞ」と返事をするとテオ様が再びメイドさんを連れて入室してきた。流石はテオ様、どこぞの王太子とはエライ違いだ。
ただ、俺の姿を見たテオ様が深ーく溜息を吐いた。どいつもこいつも俺を見て溜息吐くのはやめて欲しい。
テオ様がパチンと指を鳴らすと、刺繍入りジャケットを手にしたメイドさんが「失礼します」と俺に着せてくれて、ネクタイもどきを結んでくれた。
それと並行して別のメイドさんが櫛を手に俺の髪をとかし、整髪料らしきもので人生初のオールバックに整えてくれたようだ。多分今俺は笑える姿をしていると思う。
「イツキ殿、とてもお似合いですよ。ねぇ殿下」
「ああ、思った通りとてもよく似合っている。さあ、最後にコレを」
ウィル様から手渡されたのは、彼の瞳と同じ色をした紫色の宝石のピンだった。
なんの石かはわからないがこの石を縁取っているのは多分ダイヤモンドっぽい。絶対高いヤツだ。
多分タイピン的なものなんだろうが俺には付け方なんてわからない。
ピンを手に戸惑っていると、察してくれたのかウィル様が俺の手からピンを取りクラバットというものに付けてくれた。
その際の俺とウィル様の距離の近さにメイドさんたちが小さく『きゃ~~っ!(はーと)』っと悲鳴を上げていて、俺のSAN値はガリガリと削られていった。もしかしてウィル様俺で遊んでないか?
何はともあれ国王様との謁見の準備が整ってしまい、断る選択肢が閉ざされたのは間違いなかった。




