24 ウィリアム視点
私が転移してくる場所を予測していたかのように、テオバルドが待機していた。いつものことなので特に驚き等はない。
現状をテオバルドに確認すると、国王陛下には私達の帰還を報告済み。
青い薔薇に関しては昨日までは薄い水色だったものが、現在はその名の如く美しい青に色付いていると庭師から報告があったようだ。
既に宰相と騎士団長は青薔薇を確認済みとの事。
「陛下はこれから確認されるそうです。私達も同行せよと仰せになられてますので、この場で待機を」
「わかった」
神子迎の儀を行うまでは白だった薔薇は、当日には水色になり今は青い薔薇らしい。
神子より賜り、聖女のお印でもある青薔薇は聖女の存在に共鳴しているように思えてくる。
文献を探せば同様の事例があるかもしれない。
それに先程までいた街と比べ、王都全体のマナが清められていると感じた。
「聖女の能力が薔薇に影響を与えている、と考えるのが妥当か。となれば…、聖女が王都に?」
「ええ、可能性は高いかと。それに付きましては既に宰相である父が、王都からの移動制限をかけたようです。王都を出る際も関所での検問が必要となりました」
「そうか」
流石は宰相、親子揃って仕事が早い。
もし推測通りなら近日中には朗報がありそうだが、どうにも気になる事がある。
ハジメリ村から王都までは、途中馬車が出ている区間もあるが、徒歩で移動ならば一カ月は掛かるはずだ。
経路の途中には幾つかの町や村があるが、聖女が立ち寄った際に起こるであろう異変の報告は、何処からも上がってきていない。
ハジメリ村の事例を見る限り、あれだけ聖なる能力を持っていて不自然極まりないのだ。
(どの町にも立ち寄らずに移動するのは考えにくい。当代の聖女は【転移魔法】が使えるとでもいうのか…?)
仮にそうだとする。
完全に召喚されなかったとはいえ、一度王都に来ているのだから他所からの転移は可能かもしれない。
そうなると王都での検問を強化したところで無意味だ。
私の考えをテオバルドに伝えれば案の定同じことを思っていたようだ。
私達の杞憂に終わればいいのだが、念の為陛下には転移魔法の可能性を踏まえた捜索も視野に入れるよう進言しようと思う。
王都からの転移を阻害することは可能だが各方面に多大な支障を及ぼす事になる為、慎重な判断を求められるが聖女が絡むとなれば吝かではない。
(まぁ、最終的な判断は父上がされるだろう…)
そう考えを締め括った頃、漸く陛下が宰相と供回りを連れてお越しになった。
「待たせたな」
「いえ」
「では行こうか」
「はい」
短く会話を交わしてから私達は庭園に足を踏み入れた。
美しく咲く花々には目もくれず、足早に温室に向かう。
それに付き従っていたのだか、私の前を歩く父上と斜め後ろにいた宰相が突然揃って足を止めて後ろを振り返る。
何事かと視線を追えば、私がよく知る場所を見上げていた。
(私の執務室?)
「ウィル、お主の執務室に今居るのは例の薬師か?」
「はい父上」
「ふむ、後で私のもとへ連れてくるように。青薔薇の件が無ければそのつもりだったのだろう?」
「よろしいのですか?」
「ああ、そのくらいの時間はある。それに少し興味が湧いてな。宰相、お前もだろう?」
「ええ、陛下や私を振り向かせるとはとても興味深い人物のようですね」
「それはどういう…?」
「まぁこの件はもうよい、行くぞ」
「「はっ!」」
ちらりと執務室を見上げたが窓際には誰も居ない。
私は落ち着かない気分を抑え込み、父上の後に続いた。
◆
その後私達は温室に到着し、咲き誇る青い薔薇を自身の目で見て、その類稀なる美しさに言葉を失った。
ついひと月前まではたった数輪、それに無色だったとは到底思えない。
この艶やかな青薔薇の前ではサファイアでさえ、くすんで見えそうだ。
そして我々の話題は当然の如く【聖女】になる。
父上に聖女が転移魔法を使える可能性を伝えると、少し考える仕草を見せ「心に留め置いておく」と言ってくれた。
後は父上と宰相がどう判断しようがお任せだ。
話の区切りがついたので、連れてきた兵士達に警備を、庭師には引き続き薔薇の世話を任せ、私達は城内へと戻る事になった。
父上は別れ際に「1時間後に謁見の間で会おう」と言って去っていった。
さて、イツキの身なりを1時間で整えなければならなくなった。
本来なら風呂に入れてから着替えさせるべきなのだが、時間が足りない。…そう思った時、私はふと気付いた。
衆民は我々のように『湯に浸かる』という事が殆ど無い。
濡れタオルで体を拭くか精々が行水。
しかも毎日で無いとすれば体臭がキツくなるのは、冒険者として行動していた時に接した人々から少なからず感じた事だ。
だが今思えばイツキの体臭が不快に感じたことはない。
鼻先が付くくらいの距離でも…、だ。
寧ろ柑橘系の爽やかな香りを纏っていたような気がする。
ハジメリ村の【温泉】の効果なのだろうか?
私はまだ入浴したことがないので近いうちに是非とも体験したい。
「殿下、何やら思案されてるところを申し訳ございませんが、陛下のもとへイツキ殿を連れて行くのなら早く執務室へ戻られた方がよろしいかと」
「ああ、そうだな」
今回イツキは服を着替えさせ、少しばかり髪を撫で付ければ良いだろう。
テオバルドにイツキの謁見用の衣装の用意と着付けを手伝う為の人員を手配するよう言い付け、一足先に執務室へ向かった。
扉を開けると、ソファに座っていたイツキが体をビクッとさせて私の方に勢いよく振り向いた。
「びっくりした、ウィル様でしたか。ノックぐらい…って、いや、なんでもありません…」
「驚かせたか?」
「いや、大丈夫です。あの…もう村へ帰れますか?」
「すまないがまだ無理だ。日が落ちる前には戻る予定だが、その前に国王陛下がイツキに会いたいそうだ。今から謁見に相応しい装いに着替えてもらう」
そうイツキに告げると、テオバルドが侍女を従えタイミングよく入室してきた。
「では、宜しく頼む」
「かしこまりました殿下」
「え、ええ??ちょっ!やめて、脱がさないで!着替えくらい自分で出来ますからぁぁああ!!!」
侍女達に囲まれて戸惑い抵抗するイツキの姿が微笑ましい。…などと呑気に思っている時間は正直無かった。
イツキが侍女達の手を頑なに拒むので、自分で着替えさせてからチェックをする形を取ることにした。
『一人で着替えたい』という要望も、私とテオバルドが冒険者の衣装を着替える為に侍女達と共に執務室から退出することで叶えた。
さて、イツキが着替え終わる前に私も着替えてしまおう。
イツキに渡したのは彼の髪の色に合わせて黒を基調とした装いだ。既製品ながら凝った金糸の刺繍が施されていてなかなか良い品だ。
後で渡すつもりだがクラバットにパープルサファイアのピンを刺しておけば私が後見していると分かる者には分かる。
陛下とは非公式の謁見だが、城内に潜む各派閥の密偵が『王太子が後見していると思しき身元不明の男が王に謁見した』と、飼い主に報告を上げることだろう。
既にテオバルドが手を回しているはずなので、奴らがイツキに辿り着くのにかなりの時間を要するのは間違いない。
そして、この有能な薬師に辿り着いたところで何もできることはない。
この私が後見なのだから。




