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この部屋には、幅が俺が両手を広げたくらいで高さが2m程のシックな作りをした本棚が2台、壁際に設置されている。
王太子の仕事部屋なので当然といえば当然だが、この本棚には小難しそうな本がびっしりと並んでいた。
これだけの本があれば、俺が今絶賛興味を持っている魔力や魔法に関するものがあるのでは…と思い、順にタイトルを見ていく。
それらしいタイトルの本を棚から取り、パラパラとめくって、棚へ戻す…という動作を何度繰り返したことか。
如何せんどれも内容が専門的過ぎる。魔力の基礎すら知らない俺には理解不能だった。
人一人抱えて転移する能力を持っているのだから、初心者向けのものがないのは当たり前かー。
(王都の本屋みたいなとこに行けば初心者向けの魔法の本売ってるかな…?
あ、その前に【薬師】という職業について調べなきゃいかんわ…)
俺にとってはパキッと薬を出すだけのお仕事だけど、本来薬師が薬を調合する際の工程を知らない。
材料を混ぜてゴリゴリ擦り合わせる作業だけならいいが、もしもその過程で【魔力】を込めたりするのなら、俺も【魔力持ち】の体で過ごさなければならなくなる。
そういえば俺のアイテムボックスの能力は、多分固有スキルか空間魔法系かどっちかだと思う。
解熱鎮痛薬のお金が入ったら、この能力は隠したままで、神殿でこっそり魔力鑑定してもらうのも有りかもしれない。
魔力があるのなら属性とかも知りたいし。
(どちらにせよカイロの付き添いで神殿に行くのだからそれまでに考えよう…)
もう魔力に関する本は諦めて、この本棚で一番豪華な装丁の本を読んでみようとなんとなく決めた。
きっと、とんでもなく有益な内容が書かれているはずだ。多分。
俺は上段から順に背表紙をチェックしていった。目にとまった本は取り敢えず少しだけ棚から引き出しておき、最後にその中から1冊を決める手筈だ。
1台目の本棚を3分の2程見終える頃、なんだか窓の外がやけに騒がしい。
(なんだろう…?)
俺は本の選別を一旦やめて、窓から外を確認した。
先程見た役人ぽい人とやたらゴージャスな服装の人、それに冒険者の装いのウィル様とテオ様もいた。メイドくんの言った通り、あれからすぐに帰ってきたようだ。
その他にもガチムチ系ではない騎士っぽい人と見た目下っ端そうな兵士の人が数名いて、ガラス張りの温室の方へ向かうのが見えた。
(帰ってきてその足で行くくらいだから、余っ程の事が起きたんだろうな…。
つか、役人もゴージャスもデカいな。ウィル様たちとそんなに身長変わらないじゃん…。
あ。
もしかして、いや、もしかしなくてもこの人達親子なんじゃないの?)
後ろ姿が各々よく似ていた。
ゴージャスはウィル様の父親…つまりはジオニール王国の国王様で、役人がテオ様の父親だとすれば公爵兼宰相といったところか。
是非正面から御父上方のご尊顔を拝見したいものだ。
「お〜い、こっち向け〜」
なんの気無しに呟く。呟くのだからもの凄く小声で言った事は間違いない。
部屋の窓はきっちり閉められていて俺の声が外に漏れるのは限りなくゼロだ。
それなのに俺の呼びかけに応えるように、父親と思しき二人は同時にこちらを見上げてきた。
(やべっ!)
いや、ヤバいことなど何も無いのだが反射的に身を隠してしまった。
偶然だと思うが、絶妙なタイミングでこの部屋の窓を見上げてくるとは思わなかった。
予想外の出来事過ぎて心臓に悪い。
ただ、一瞬だったがご尊顔はバッチリ拝ませて頂いた。
ウィル様、テオ様によく似たイケオジ達だった。
結果オーライだ。
(さぁて、もう少し待てばウィル様とテオ様が帰ってくるかな)
そう思いながら本棚の前まで戻り、俺は目印で引き出した本を元の状態に戻していった。
◆
(ウィリアム視点)
イツキを執務室に残し、後ろ髪を引かれる思いで私はテオバルドと共に、とある街へ向かうことになった。急遽、影から聖女らしき女性の情報がが入った為だ。
さっさと確認して本物なら保護し、すぐに城へ帰ってこようと思っていた。長い時間イツキを執務室に閉じ込めておくのは忍びない。
本来ならイツキに王城内を案内した後、非公式に国王に“万能薬製作者”として彼を伴いお目通りを願うはずだった。
その為のイツキの正装も既製品ではあるがすでに用意してあった。なるべく私と対をなすようなデザインや色を選び『王太子が後援している』と一目で分かるようにしたのだが、残念ながら今回は出番がなさそうだ。
私は冒険者の服装に着替える為、足早に廊下を進んでいった。
私に付き従うテオバルドが、唐突に私のみに聞こえる声量で話しかけてきた。
「ウィリアム殿下、聖女様は将来貴方の伴侶となるかもしれない御方。その事は努々お忘れなきよう…」
「そんな事は重々分かっているが?」
「出過ぎたことを申し上げました」
「いや、構わない」
テオバルドは何故か分かり切った事を忠告するように言ってくる。その真意は今の私では汲み取ることはできなかった。
その後、私が着替えている間にテオバルドはレオンを連れて来たようだった。
冒険者の装備になり部屋を出ると、レオンがテオバルドに一方的に捲し立てている。
いつものように報酬を提案するとピタっと大人しくなるのが微笑ましい。
出立に問題はないようなので私達はすぐに目的の街へ移動した。影がマーキング済みの街なのでスクロールを使い移動は一瞬だ。
移動先には影が片膝立ちで待機していた。
「ウィリアム殿下、お待ちしておりました」
「出迎えご苦労。それからこの姿の時は私の事は“ウィル”と呼ぶように。で、聖女と思しき女性は何処に?」
この街は我々王族派の反対勢力である貴族派【バンタイル公爵家】の領地である為、なるべく目立たぬよう行動し、事を済ませたい。
移動してすぐに私は“今回もハズレ”の可能性が高いと思った。恐らくテオも感じているだろうがその素振りは見せない。この街のマナはハジメリ村の上質なマナに及ぶことはなかったからだ。
だが、優秀な影の目に留まった女性なので万に一つという事もある。実際にこの目で見て判断するのが妥当だろう。
私とテオは認識阻害の指輪をはめて、影の案内で女性がいるという街の教会へ向かった。
影の話によると、女性の外見から年齢は10代半ばから後半位と思われ、3日程前にこの街に現れたらしい。
教会で保護されたらしく、その日から奉仕活動に加わっているとか。
中でも、その女性は【聖なる水】とやらでケガ人や病人を治しているらしく、既にこの街の“聖女”として噂になっているようだ。
ただ、影の調べでは治療後は寄付という名で金を受け取っている事実があった。
「その【聖なる水】って、ただのポーションじゃないんですか?これじゃ、正直ポーションを買えるお金があれば誰でも“聖女”様になれますよ」
「そうですね。魔力ではなく物理的に治している点がなんとも…。ポーションは高価なものですが、ある程度財力があればその上位のハイポーションも手に入れられますし」
「まあ、万能薬を作ったイツキのようなケースもある。その女性がどういう意図でこの街に来て、奉仕活動とやらをしているのか確認する必要はあるな。何にせよ噂の広まり方が早すぎる」
「ああ!やらせってことか!」
我々の会話で、教会にいる女性が探している聖女ではないと悟った影が、真っ青な顔をして小さくなっていた。
私は影を非難しているわけではなく、寧ろこの件に関しては報告してきたことを称賛したい。
「影、君の報告は称賛に値する。ここは貴族派の領地だ。己の理になることなら“聖女”でも利用するだろうからな。…まあ私も、国の利益のために聖女を囲おうとしているのだから同類だが…」
影を褒めた後、つい自虐めいたことを言ってしまい何やら微妙な空気になった。
「そ、そんな事より早く教会とやらに行って確認しましょう!ほら、王城でイツキさんを待たせてるんですよね?」
こんな時は大体レオンがフォローしてくれる。
彼は場の空気を良くすることに長けていて、私やテオ達が平民の常識を知らずにやらかしてしまった時に、巧く誤魔化してくれていた。
(本当に有能だよ。あ〜、レオンがイツキの話をするから顔が見たくなってきた)
そう思いながら早足で歩いていると突如として反対側から別の影が歩いてきて、すれ違いざまに同行していた影に何かを伝えたようだった。
そのあと直ぐに先頭を歩いていた影は、理由も言わずに私達を人気のない路地へと誘い、そこで遮音魔法を唱えた後に漸く口を開いた。
「ウィリアム殿下、国王陛下から直ちに王城へ帰還せよと伝令がございました。【青い薔薇】が、開花した、との事でございます」
「青い薔薇?」
「レオン、これは他言無用です。本日はここまでです、家まで送りましょう」
影の言葉を不思議そうに聞き返すレオンを制し、テオバルドは「殿下、王城でお会いしましょう」と言ってレオンと共にこの場から魔法で転移した。
私は影に引き続き教会の女性を監視するように伝えた後、王城の執務室へ戻りたいのを自制して庭園近くに転移したのだった。
次回もウィリアム視点です。




