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 “無”の心境から復活した俺は、気分転換にソファから立ち上がり窓のそばへ行ってみた。

 ソファからは空しか見えなかったが、この部屋は上階に位置するらしく、窓の外には“王城”に相応しい素晴らしい庭園が広がっていた。

色とりどりの花や緑の木々が目を楽しませてくれる。

庭園の奥には温室っぽいガラス張りの建物も見えた。


「おお〜、すごい」


 海外の観光先で有名だったナントカ宮殿とかカントカ城と同等、いやそれ以上かもしれない。

実際に行ったことはなく、本やネットでしか見たことは無いけど。

 これだけの規模の庭園を管理する庭師の人は大変そうだ。

現に今、庭師っぽい人が庭園内を忙しそうに動き回っている。暇な俺はなんとなく彼を観察してみた。


(忙しいそうと言うか…慌ててるっぽい?)


 庭師が同僚らしき人を捕まえて何か話し込んでいる。

同僚は一旦建物の中へ入ったようだが、暫くすると役人ぽい人ともの凄くガタイがいい人を引き連れて戻ってきた。

そして直ぐに皆でガラス張りの建物の方へ向かったようだった。


(大事な花とか木にデカい虫でもついたとか、、かな?)


そんな理由しか俺には思い付かないが、取り敢えず『お疲れ様です』と心の中で労っておいた。

観察対象も居なくなり、窓から庭園を眺めるもの飽きたので俺はソファに戻ることにした。


 ソファに掛けてから数秒後、扉をノックされたので返事をするとメイドさんがワゴンを押しながら入室してきて、お茶やお菓子一式を新しく取り替えてくれた。

このタイミングの良さは、もしかして監視されてたとか…?

いや、メイドさん特有のおもてなしスキル…ということにしておこう。

せっかく出してもらったので遠慮なくいただく事にする。

王城(ここ)のお茶やお菓子はとても美味しい。

ただ、あまり食べすぎると夕飯が入らなくなるかもしれない。

 そういえば日が落ちる前に戻るとは言っていたが、夕食はどうするのだろう?

村で食べるのだろうか?


「あの…、少しお伺いしたいのですが、ウィリアム王太子殿下とコンウォリス公爵令息(でいいんだっけ?)のお戻りはいつ頃になられるのかご存知でしょうか?」


「恐らくですが、お二方はもうそろそろお戻りになられると思いますよ。

先程窓から外の景色をご覧になられてたかと思いますが、庭園奥の温室にて“吉報”に値する出来事があったようですので…」


「先程外で慌ただしく温室に向かわれた方々をお見受けしましたが、なるほどそういう理由があったのですね。

教えてくださり有難うございました」


 “吉報”が何かは知らないけど、温室に縁起のいい虫でもいたのかもしれない。

 それにしても窓から外を見ていた事がバレていたとは。

王太子殿下の執務室なのだから監視の目があるのは当然といえば当然か。

兎も角、俺の問いかけに丁寧に返答してくれたメイドさんにはニッコリと微笑んでお礼を言っておく。

するとあろうことか、メイドさんが固まってしまったではないか…。


(あ。この人もしかして…)


声も含め、どこから見ても女性にしか見えなかったが、つまりはそういうことだろう。

いわれてみれば確かに女性にしては背が高めだ。多分王太子の護衛などを兼ねているのかもしれない。

 俺は気付かないふりをして「あの…」と声を掛け、()を現実に引き戻した。


「あ…。た、大変失礼致しました、申し訳ありません!」


「いえ、私は大丈夫ですが、もしかして体調がすぐれないのでは?」


「いえ、そのようなことは…。

お客様にご心配をお掛けしてしまい大変申し訳ありませんでした。私は一旦下がらせていただきますので何か御用がございましたらそちらのベルでお呼びくださいませ」


 そそくさとメイドさんが退出し、俺はまた部屋で一人になる。

 元々この部屋で変なことをするつもりなど無いが、監視がある手前二人が戻るまでは大人しく別の本でも読もうと思い、本棚を物色することにした。



 ◆


 〈とある庭師視点〉


 私は先祖代々王家に仕える庭師の一族の一人だ。


 実のところ“庭師”とは表向きの姿であり、裏では王家直属の“影”として、御方々の手となり足となって任務を遂行している。

私も若い頃は先代王のもとで様々な任務をこなしたものだ。

 遠い異国の地では我々のような存在を“御庭番”と呼んでいるとかいないとか。

その呼び名も嫌いではなく、まあまあイケていると思う。

独話はこのくらいにしておこう。


 私も年を取り“影”としての仕事から引退して久しいが、庭師としては今も現役だ。

 私はこの庭園に長年携わっており、自他ともに認める一流の庭師である。

我が主、ジオニール王国の王の居城に相応しい、美しく品があり、訪れた方々の目を楽しませる庭園にする為の努力を私は惜しまない。

日々、花々や木々の状態に心を配り、常に最高の状態になるよう尽くしている。

この城の植物達は、皆私の子供のようなものだ。


 何時ものように庭園内を巡回していると、ウィリアム様がお客様を連れて城へ戻られたとの報告があり、私の弟子の一人が侍女としてウィリアム様の執務室へ向かった。

 運悪く一族の女性が皆出払っていて、男だが完璧な女装と侍女としての振る舞いができる弟子が駆り出されたのだろう。

私は弟子を見送った後、巡回を再開する。

しばらくして花や木々たちの状態が、いつになく生き生きとしている事に気付いた。

 先日からいつもの肥料に加えて、新しい肥料(もの)を使い始めたのだが、その効果が早くも出たらしい。

後で弟子に追加で注文しておくように言っておこう。


色々考え事をしながら巡回していると何時もより少し早めに温室に到着していた。

私は手持ちの錠前で温室の鍵を開けの中に入った。

ある程度閉ざされた空間のせいで、花々の濃い香りが鼻腔を通り抜ける。かなり強めの香りだが嫌いではない。


温室の中には高価な花々や果樹の他に、1年を通して必要な花や木、各国の使節団から献上されたのはいいがこの国の気象状況では育成が困難な植物たち、薬草の類など珍しいものも多く、手入れにも気を使う植物ばかりだ。


そんな温室の一画には、限られたものしか立ち入ることができず特に大切にされている花があった。


青い薔薇(ブルーローズ)


聖女様のお印とされている聖なる薔薇だ。


初代の神子様から賜ったとされていて、王家のお血筋同様にこの薔薇も脈々と受け継がれている。

とても育成が難しく、代々挿し木や接ぎ木などをして増やすことを試みているが、現在は十数輪が花をつけているのみ。

そしてそのお色は“青”と呼ぶには程遠く、ほぼ“白”だった。

だが、聖女様が降臨なさった事を内々に知らされた日に、この薔薇に変化があった。

なんと薔薇が“白”から“薄い水色”に色付いていたのだ。

急ぎ国王様にご報告したところ、大変お喜びになり『引き続き世話を頼む』とありがたいお言葉まで頂いた。

今日もその言葉を胸に青い薔薇(ブルーローズ)がある区画へ向かう。


「な、っ!!!」


目の前には美しい“青”が広がっていた。

正真正銘の…、【青い薔薇(ブルーローズ)】が区画いっぱいに咲き誇っていたのだ。

今まで生きてきてこんなにも驚嘆したことはなかった。

私はしばしその美しさに心を奪われていたが、ふと我に返り、急いで庭園内にいるもう一人の弟子を探した。 

さほど時間がかからずに弟子を見つけたが、私の慌てように弟子は困惑しているようだった。

私はなるべく心を落ち着けてから事の経緯を説明すると、今度は弟子が慌てて国王様の側近に報告に向かった。


(此の師にして此の弟子あり)


そんな言葉が脳裏をよぎり思わず苦笑してしまう。

優秀な我が弟子は、宰相と騎士団長を連れてきたのでその足で温室内の青薔薇の区画へ向かう。


そして案の定、咲き誇る【青い薔薇(ブルーローズ)】を見た私以外の3人は絶句した。


「もしかしてこれは…聖女様がお近くに…、王都にいらっしゃるのでは…?」


声を絞り出すように弟子が呟いた。

的を得ている、というか多分ど真ん中だろう。


「ああ、恐らくは。まずは王に報告を。

そしてウィリアム殿下にも即王城に帰還していただかなくては。

それから王都からの移動の制限を。頼めるか?」


「了解した」


宰相は騎士団長に指示を出す。

続き、宰相は私達に指示を出した。


「後程、王がここに来る。

この尊い薔薇にも護衛を付ける故、それまで庭師はこの薔薇を守っておくように」


「「畏まりました」」


騎士団長と宰相が去り、この場に残された私と弟子は、共に青薔薇を愛でながら我が主の到着を待ったのだった。


青薔薇関連はサトー様の無自覚やらかしです。

国にとっては大切な薔薇が単なる温室の一角にありますが、幾重にも保護や防犯的な魔法がかけてあると思われます。

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