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それにしても一国の王太子が、出会って間もない一庶民に名前呼びと砕けた口調を許すなんて思わなかった。
きっと俺に【万能薬製作者ブースト】的なモノがかかっているのかも知れない。
そういえば納品というか、手持ちの解熱鎮痛薬は、いつ持参すればよいのだろうか?
この場所への移動手段が尋常ではないので、俺一人では村に戻ることができない。
ウィル様に指示を仰ごうとした時、彼から「万能薬の件とは別の話なのだが…」と話を切り出された。
そんなワケで薬の件は後回しにする。
阿吽の呼吸と言うべきか…、ウィル様の意を察したようにテオ様が恭しくウィル様に何かを差し出した。
ウィル様が受け取ったソレは指輪で、何故か俺に見せつけるように右手の人差し指にはめた。
「イツキ、何か私に言うことはないか?」
「いえ…その…、素敵な指輪ですね?」
別に言いたいことなど無かった。
もしや指輪を自慢したいのか?と思い、適当に賛辞の言葉を言ったところ、ウィル様とテオ様は何故か笑い出した。
「俺、なにか変な事言いましたか?」
理由も分からず笑われて、一人称がうっかり“俺”になるくらいムッとする。
ウィル様は一頻り笑った後、俺に「すまなかった」と謝ってから事の経緯を説明してくれた。
「きみには効果がないようだが、この指輪は付けた者の姿を変える魔道具なのだ。テオバルド、私の姿は変わっているだろう?」
「はい。我が国の王太子殿下の御姿とは全くの別人ですね」
(…は? いや、この人達が姿を変えていることは知っていたけどその方法が指輪なんて知らんし!)
返す言葉を探したが見つからず、俺は無言になるしかなかった。
そんなを俺を宥めるようにウィル様は俺の頭をポンポンポンと優しく叩き、そのまま頭上に手を置いた。
完全に年下扱いされている。
「イツキ、きみにはこの指輪の効果がないのは知っている。宿屋でのやり取りで確証を得ている」
まぁ、元々怪しまれていたフシがあるからどこかのタイミングで指輪を外していたんだろう。
それにここに来る前のアルバン様の様子から、あの時も指輪を外していたはずだ。言い逃れは出来そうもない。
「そうですね、ウィル様の言う通りどうやら私にはその魔道具の効果は無いようです。
もしかしてアレでしょうか?私のような得体の知れない者は生かして…」
「ちょっと待て!なにか話が可笑しな方向に行っているようだが、イツキをどうこうするつもりはない。
寧ろきみには力を貸してほしいと思っている」
「私のような一介の薬師見習いなど、お役に立てるとは到底思えませんが…?
あと、そろそろ私の頭から手を外してくれませんかね?
私はこれでも25歳なんです、こんな子供みたいな扱いはご容赦ください」
「えっ!?」
「おやまあ…」
思いっきり驚く二人の姿に複雑な思いを抱いた。
年齢より若く見られるのは嬉しいが、齢二十の彼等から俺はいったい幾つに見られていたのだろうか…。
俺からすれば彼等は“老けている”と言っていい。
まあ絶対に言えないけど。
「イツキは私達より5歳も上なのか…」
「私からすれば寧ろお二人のほうが年齢より大人びてますけどね」
「ふむ、なんか含みがありそうだが褒め言葉と受け取っておく」
お互い『ふふふ』と笑って年齢の話は切り上げた。
ちょうどいいタイミングだったので、俺は薬の納品の件に関して尋ねてみた。
序でにハジメリ村に薬師か医師の派遣の確約も得てしまおうと思う。王太子ならそのぐらいの権限は持っていそうだ。
「薬を渡す前にお願いがあります。
もしかしてアルバン様から聞いているかもしれませんが、私は近々ハジメリ村を発ちます。
私が発った後、村の人の病気に備えて私の薬の一部は、村長に譲り渡すはずだったのですがアルバン様から止められました。
その代わりに医者かそれに準ずる人の派遣を掛け合ってくれるとのことでしたが、出来れば今ここで王太子殿下からの確約を頂きたいのです」
「わかった、約束しよう。どちらにせよ近日中にあの村には薬師を何人か派遣する。
そのうちの一人を常駐させることにしよう」
「ありがとうございます、それを聞いて安心しました。
それでは薬は何時お持ちしましょう?…って言っても私一人では村には帰れないんですけど…」
「ああ、それなら日が落ちる前に私達と一緒に村へ戻るから心配はいらない。アルバンから温泉に誘われているのでね」
あ〜…そういえばアルバン様が温泉で光属性の検証云々言っていたな。
多分今頃村長が、村の人達を動員してお迎え準備を始めていそうだ。
たとえ検証だとしても『王太子殿下が入った温泉』になる訳で、触れ込めば更に集客を見込めそうだな。
「ちなみにウィル様は【冒険者】として行くのですか?それとも【王太子殿下】として行くのですか?」
下心を込めて尋ねれば「アルバンの手前、王太子として行く」との事だ。
俺は心の中でガッツポーズを取り、忘れずに村長に進言しておこうと思った。
◆
それからウィル様とテオ様は、村に戻るまでに1つ仕事を片付けると言って執務室から出て行った。
その間、俺はこの部屋で待機するように言われた。
執務室にある本は読んでもいいと言われたので、この国の歴史が書いてありそうな本を手に取りそれを読みつつ、本物のメイドさんが運んできてくれた紅茶を飲みながら菓子をつまむ。
読んでいる本は元の世界とは明らかに違う文字で書かれているのだが、なぜか読めてしまう不思議。
まぁ異世界系の話では現地の文字が読めないパターンもあったが、俺は読める側で良かった。
この年で語学を1から学ぶのはしんどい。
それはさておき、今読んでいる本は俺からみれば、歴史書というよりもお伽噺のように思えた。
元の世界の古◯記を読んでいる感じで、神の時代の天地創造やこの国の成り立ち、神話に伝説っぽい事が書かれている。
この国の繁栄は国政は勿論だが、神の導きにより数百年、時には千年以上の間を空けて召喚される聖女から齎されるモノが多いらしい。
こんなのは元の世界であれば単なる【物語】として認識するが、如何せんここは異世界。
恐らく殆どが過去に起こった事実なんだろうと俺は思っていた。
(王太子達が探しているチート女性って十中八九聖女なんだろうな…。
でも、本によれば召喚ってこの城で行われるんだろ?そのまま囲えばいいのになんでまた…。あ、逃げられたとかか?
チート能力持ちだから逃げ出すのは楽勝かもな。
つーか、一度召喚されたのなら顔ぐらいわかりそうなもんだけど…。まぁ俺には関係ないか)
もし召喚された女性が俺と同じレベルくらいの世界で暮らしていたなら、いきなり見ず知らずの場所に召喚させられて【貴女は聖女です、元の世界には戻れません。だからこの世界でその職務を全うしてください】なんて言われたらまずは困惑だろう。
中には“異世界召喚・転移”の前情報を持っていて喜ぶ人がいるかも知れないが、今回はどうやら【聖女お断り】な女性だったらしい。
捕まえる(?)のも苦労しそうだし、この場合はどう対処するのだろう?
まぁ、超絶イケメン王太子様が片膝ついて誠心誠意、懇願、求婚、その他諸々すれば案外落ちるかもしれない。
いや、王太子に迫られたら女性ならほぼ確実に堕ちそうだ。
ふと、ウィル様にソファドンされた時の事を思い出してしまった俺は『スン…』と表情を無くし、開いていた本を閉じて窓の外に視線を移した。




