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「貴方がたは冒険者達がとある女性を探しているのは知っているだろう?」
アルバン様はそう話を切り出した。
女性を探しにきた冒険者は、ウィル…様、いや、まだ正式な身分は知らないのでウィルさんと呼ぼう。
ウィルさん達以外ではこの村を管轄している冒険者ギルドの支部長が来ていたはずだ。
村長は「存じ上げています」と返事をする。
「そのような女性に心当たりは?」
「ギルド支部長からの要請もあり、村に来る女性には注意を払っていますが、特段変わった点はない女性ばかりでした」
「そうか…」
アルバン様はそう言って少しばかり目を閉じた後、カイロが風属性であること、カイロの魔力に微かに光属性が混ざっていることを村長に伝えた。
光属性がとても稀有な属性の為、それがカイロ自身のものか第三者から影響を受けたものかを確定させるために、なるべく早く神殿へ向かうように村長に意見したようだ。
そして、改めて村の住人以外の女性がカイロに接触した事がないかを尋ねていたが、村長もカイロ自身も心当たりが無いようだった。
アルバン様と村長のやり取りを黙って聞いていたが、要するにこの村を含め、周辺に光属性由来?の恩恵をもたらしまくっている女性をアルバン様やウィルさんや冒険者達が探している、ということは理解した。
村の人や宿屋に泊まる人の話、それに温泉などを総合的に見れば【チート】な女性と言わざるを得ない。
国の利益になるその能力目当てで、捜索に公爵家のご子息や侯爵家のご息女達まで駆り出しているのだろう。
(光属性の女性なんて、シスターとか聖女とか女神のイメージなんだよな〜。きっと美人だろうから俺も気になる)
元の世界のファンタジー作品を参考にその姿を妄想していると、ジャックが「そういえば…」と、何かを思い出したようにボソッと呟いた。
アルバン様は「何か気になることでも?」とジャックに続きを話すように促す。
「カイロと温泉に行った時に…光ったんですよお湯が。なぁ、親父も温泉が光るの見てたよな」
「ああ、あの時か。確かに淡くだが光った…とは思う」
「僕も見たよ」
恐らく4人で初めて温泉に入った日の話だろう。
彼等はあの時、湯が光ったとか何とか言ってたが、俺的には単なる日光の反射じゃないかと思っていた。
チート女性の話を聞いた今は、「反射だったのでは?」と主張する自信がない…。
それはさておき、ジャック曰く、カイロの光属性は温泉が原因ではとの事だった。
(いや〜、それじゃ温泉に入った魔力持ちの人は、全員なんちゃって光属性になるんじゃないの?)
…と、俺は思ったが魔力のことをよく知らないから口には出さない。
よくよく考えれば魔力持ちが温泉に入る度に光っていたら、運営する村に報告が入るはずだ。
だが、そんな事はこれまでなかった。
「それなら後で私が試してみよう、この村の温泉の効果が気になっていたのでちょうど良い。
それからサンプルは複数あったほうがいいだろうから魔力持ちを数人連れてくる。
村長、夜間に温泉を貸し切り、付近の立ち入りを制限することは可能だろうか?」
「仰せのとおりに致します」
「よろしく頼む」
高位貴族からのお願いは従うしかないだろう。
多分この面会が終わったら、村長は速攻温泉を閉鎖してお迎えする準備をするのだろうと思う。
俺は会社員時代を思い出し、若干遠い目になった。
話が右往左往していたが、漸くカイロの話に戻った。
アルバン様は村長に「よけれは私がカイロを王都へ連れて行こう」と提案してきた。
但しここに来る前に言われていた通り、俺の同行を前提で。
アルバン様の提案に村長は俺に視線を寄越してきた為、俺は苦笑しながら村長に自分の思っていたことを伝えた。
「お約束の1ヶ月になりますしちょうど良い機会なので、この村を離れようと思います。今までお世話になりました。
温泉効果もあって、村の皆さんが体調を崩すことは無くなりましたが、念の為に薬を幾つか預けて行きますので必要な時に使ってください」
俺は深々と頭を下げると、村長よりもアルバン様が慌て始めた。
「ちょっとまって欲しい。サトー殿の薬を預けるのは魔術師団副団長として許可は出来ない。代わりにこの村に薬師、もしくは医師を派遣できないか掛け合ってみよう」
そういえば俺の薬は【万能薬】認定されていたを思い出した。
現状では俺の薬はそこいらの医者よりも有能だと思うが、長い目で見れば常駐する薬師や医者がいるほうが村の人の為には良いと思った。
それに俺も心置きなく村を離れることが出来る。
アルバン様の提案もあり、俺が村を去る事は村長もあっさり承諾してくれた。
ジャックとカイロが何とも言えない顔をしているが「時間を作って村に遊びに来るよ」と宥める。
村の皆の顔も見たいし温泉にも入りたいから社交辞令ではなく本心からだった。
アルバン様に王都へ出立する日を尋ねると、早ければ早いほうが良いが、村長やカイロの都合に合わせるとのことだった。
「お聞きしたいのですが…」と、村長は魔力持ち認定の際の神殿への寄付の額をアルバン様に尋ねていた。
返答を聞いた村長は表情を曇らせ、ジャックも悔しそうな顔をしている。
カイロにいたっては「王都へは行かない」と言い出す始末だ。
この世界の貨幣価値はいまだよくわかっていないが、平民にとってはかなりな額を提示されたのだろう。
そんな親子にアルバン様はある提案をした。
「カイロが将来、魔術師団へ入団することを前提で団の予算からの支出が可能だ。この場合貴方達の負担は一切ない。
ただ、魔力の質にもよるが13歳から15歳の間にカイロには団の候補生として王都へ来てもらうことになる。
私が言うのも何だが魔術師団員の給料は高い方だ。それに【魔石】もある程度融通ができるから、カイロから村への支援として送ることも可能だ。
この村を離れることになるが、カイロにとってもこの村にとっても良い話だと思う。返事は余り長くは待てないが、一度家族で話し合ってみてくれ」
「僕、魔術師団に入団する、じゃなくてします!
えっと、ガーランド公爵…ご令息様?」
「ふっ、私の事はアルバンでいい。貴方達もそう呼んでもらって構わない。
カイロ、一度きちんと家族と話し合って、それでも気持ちが変わらなければ君を歓迎しよう。
それから、話し合って魔術師団の入団は無しとなった場合は、私が責任をもって良心的に金を貸与してくれる者を紹介しよう。その際は私も立ち会うから心配は不要だ。
いつかは必ず神殿に行かなければならないのだ、今が好機なのは村長、貴方もわかっているはずだ」
「重々承知しております。何れにせよカイロは神殿へ向かわせます、王都への同行を宜しくお願い致します」
アルバン様の毅然とした態度に、失礼ながらホントに22歳なのか?と思ってしまう。
俺より3歳も年下とは思えない。というか、寧ろ3歳年上にすら思える。
多分人々の上に立つものとして、幼い頃から教育されてきたんだろう。
村長も最初こそ貴族向けの対応だったが、今は敬う態度もみてとれる。
(ホント…俺がいた世界とはえらい違いだ…)
俺の要件は終わっているので、二人のやり取りを傍観しながらお茶を飲みつつ、話がまとまるのを待つことにした。
◆
カイロの王都への出立の日は、家族会議の結果を踏まえて決める事になった。
カイロの出立日イコール俺が村を離れる日になる為、今からやれることはやっておこうと思う。
村長の家から宿屋の自室に戻り、手帳に書いたやることリストを見返してみる。
宿屋に戻った際に、ご主人には飴作成の為に再度厨房を貸してもらえるようお願いしておいたので【飴】の項目にレ点チェックを入れる。
【薬】の項目は、村長に預ける必要が無くなりそうなので線を引いて消しておいた。
リストをもう一度吟味し、更に項目を追加したり修正したりしていると、誰かが部屋をドアをノックする音が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「私だ、アルバンだ」
ドア越しに声をかけるとノックしたのはアルバン様のようだった。
俺は手帳をカバンに仕舞ってからドアを開けると、そこにはアルバン様とウィルさんが立っていた。
「アルバン様に…、え?、ウィル、さん…?」
「っ…」
何故かアルバン様が口に手を当て絶句している。
(というか、何故ここにウィルさんがいる?別件はどうした?しかもなにその格好??)
ウィルさんは、どこぞの王子様が着ているような軍服姿だった。しかも恐ろしいほど美しく似合っている。
「アルバン、私の言った通りであろう?」
「魔術師団の魔道具の効果が無効…。まさかとは思いましたが殿下の仰るとおりでした…。
サトー殿、貴殿は私達の本当の姿が見えてるのだな?」
「え、っと?な、何のことでしょう?」
無駄とは思いつつ、しらを切ってみる。どうやら俺は対応を間違えたようだ。
この人たちが魔道具を使ってる使ってないの区別は俺にはできない。
「説明は私が後でしよう。兎に角イツキ、今は私と一緒に来て欲しい。アルバン、後を頼む」
「御意」
ウィルさんに腕を掴まれて体ごと引き寄せられた。前も思ったがこの人は俺より頭半分程デカい。
悔しく思いながらもウィルさんに抗議しようと顔を上げた時、俺の目の前は宿屋の廊下から一変した。




