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 (就業時間とは?)

 (定時とは?)


 などと疑問を覚えていた頃もあった。

 就職氷河期で漸く雇ってもらえた会社を辞めるという選択肢は俺には無く、3年も経てば定時で仕事をあがるという考えは綺麗さっぱり無くなっていた。


「佐藤、遅くまで悪いな」


 終業時刻から3時間ほど過ぎた頃、直属の上司が労いの言葉を俺に掛けてくれた。

 だがその言葉は上辺だけだと知っている。

「いえ、大丈夫です」と、こちらも上辺だけの返事を返して黙々と手を動かした。

 今日も今日とて時間ギリギリまで残業をして警備員に追い出されるように会社を出ると、遠くでゴロゴロと雷が鳴っている。朝、ネットでチェックした天気は1日晴れだったので傘は持ってきていない。


(家に着くまで降らないでくれよ〜)


 季節柄天候が変わりやすいのは否めないが、せめて家に帰るまで雨が降り出さないことを祈った。

 終電に滑り込み、自宅アパートの最寄り駅に着くと雨はまだ降ってないが雷の音が格段に近くなっていた。改札を抜け人気のない道を足早に歩いている時、それは前触れもなく起きた。


 突然視界が光で覆われ、稲光かと思いきや光っているのは地面で幾何学な模様が浮かび上がっていた。


(なんだコレ?)


 そう思ったのとほぼ同時に全身をナニカに貫かれるような衝撃が走り、俺の意識はそこで途絶えた。



 ◆



 沈んでいた意識が徐々に浮上していく。

 少しずつ瞼を開くと俺は森に囲まれていた。木漏れ日がやたら神秘的で映える景色だな…とぼんやり思う。

 俺は周囲の木々とは比べ物にならないくらいの立派な大樹に寄りかかっている状態だった。

 確か仕事帰りに地面が光って…雷に打たれた…ような気がしないでもない。


(ここは…どこだ…?え、あの世とか?俺、もしかして死んだのか?)


 駅から自宅までの道のりに公園などなく、近隣にもこんな鬱蒼とした雑木林はない。

 思いっきりベタだが自分の頬を抓ってみるもどうやら現実のようだ。

 ふと辺りを見回すとふよふよと小豆サイズの発光体が幾つも浮かんでいた。なんとなく発光体達に手を伸ばすとわらわらと俺に寄ってきて手の上に乗ったり擦り寄ったりしてくる。

 その光景が小動物に餌付けしてる図と重なり思わず笑ってしまった。


(これが異世界ってやつか…)


 俺が生まれ育った世界では起こり得ない現象を目の当たりにし妙に納得した。

 まさか小説で読んだような異世界転移を自分が体験するとは思わなかった。知り合いに『お前は肝が座っている』と度々言われることがあった俺でもこの状況には流石に動揺する。

 それを察したのか発光体たちは、俺のおでこや頬に触れたり、頭や肩、膝の上に乗ったりしてまるで寄り添ってくれてるようだった。

 感謝の意を込めて一つ一つ撫でるように触れてあげると発行体たちが嬉しそうに震え、その輝きを増していく。

 段々楽しくなってきた俺は調子に乗って更に発光体たちと戯れた。


「おお〜、お前たち綺麗だな!ほれほれもっと光れ〜!」


 煽る俺に答えるように発光体たちは眩いばかりの光を放ち、俺の視力は一時奪われることになった。

 俺が元いた世界の有名なアニメ映画の悪役のセリフを言ってしまったのはここだけの話だ。

 漸く視力を取り戻し辺りを見回すと小豆サイズの発光体たちの姿は消え、代わりに卵サイズの光の玉が俺の周りを飛んでいた。


「お前たち、一個に纏まったのか?」


 光の玉は(うん)と返事をしているように上下に揺れる。そして次の瞬間、光の玉は俺の胸の辺りにスッと入り込むようにして消えた。


「え、まじかよ…ちょ、どこ行った?おい!」


 単に消えただけなのか、もしかして俺の体の中に入ったのか…。

 現状俺の体に異変はなく『異世界だから』ということで気にしないことにしたが、光の玉が消えて俺は若干心細くなる。

 腕時計やポケットに入れていたスマホは使い物にならず時間の目安になるものが無くなり、後どのくらいで夜になるのか不安になる。

 今のところ野生動物など見かけていないが森の中で夜を過ごすのは極力遠慮したい。武器になるようなものはなく今の俺は丸腰状態なのだ。

 異世界=(きっと)ファンタジーな世界にスーツ姿の俺は絶対に不審者扱いされそうだが、人の生活圏に行かないことには衣食住が確保できないので行動を起こすことにする。


(とりあえずはここから移動しよう)


 体を預けさせてくれた大樹にお礼と別れの挨拶をして、俺は側に落ちていた愛用のカバンを抱え「勘」だけを頼りに森の中を歩き始めた。



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