18
食堂へ戻ったのはいいが、顔の火照りがまだ引かない。
俺は女将さんにコップ一杯の水を貰い、一気に喉に流し込んだ。
(ったく、男相手に赤面する日が来るとは…。異世界のイケメンを甘く見てたわ)
口元に伝った水を手で拭い、ふぅ〜っと息を吐けぱ、漸く火照りが収まってきた。
女将さんにコップを返してから表情を繕い、ジャックとカイロがいる席に戻ると、その隣のテーブルにはリアさんもいた。
俺が席を外している間にすっかり仲良くなったようで、テーブルを挟んでにこやかに会話していたようだが、リアさんが俺を見るなり心配そうな顔をして話かけてきた。
「サトー様…大丈夫ですか? もしかしてアルが何か失礼をしたのでしょうか?」
「違います違います、ちょっと予想外の事が色々ありまして…」
この人もウィル側の人間だ。
警戒すべき人なのに、俺を心配してくれる様子は本心からのように見えた。
「私がアルさんと話をしていたら、リアさんとアルさんのお仲間である、ウィルさん達とばったり会いまして…」
「そうだったのですね。もう少しアルと二人きりを満喫したかったのに。こんなに早くウィル達に合流されるとは予想外でしたわ」
不満そうにプクッと頬を膨らませているリアさんが可愛い。
「私もそう思うよ。サトー殿、先程はすまなかった」
外での話が終わったのか、アルさんが戻ってきた。
俺は思わず辺りを見回したが、警戒した人物が居なくてホッとする。俺は「気にしてません」と彼に返事をしておいた。
「リア、私は少し席を外す。なるべく早く戻ってくるから朝食をサトー殿達と食べていてくれ。サトー殿、少しの間リアを頼む」
何気にサラッと頼まれてしまった。
断れる雰囲気でもなく「わかりました」と答えると、アルさんは俺達に一礼し、すぐに食堂を出ていった。
ちなみに俺達が座っているテーブルは4人掛けだ。
リアさんと別々のテーブルというのも変なので、ジャックとカイロに了解をとってから「イヤじゃなければ…」と、同じテーブルでの食事を打診してみた。
するとリアさんは花が綻ぶように笑い「喜んで」と俺の横の席に移動してきた。
人様の婚約者とわかってはいるが、すごく可愛い。
こんな美人かつ可愛い子を前にして平静を保っているジャックの様子から、俺が見ているリアさんとは違う、偽られた姿のリアさんを見ているのは想像に難くない。
(つーか、リアさんて10代…だよな?)
大人びてはいるが、笑った顔などは少し幼さが残っている。
俺が元いた世界では勿論だが、この世界でもきっとアルさんは羨望の的だろう。
そしてアルさんやウィルさん達の年齢がどうにも気になった。
朝食をとりつつ、色々な話をしながら自然な流れで年齢の話に持ち込んだ。
「私、一応25歳なんです。私の国では割と年相応の外見だと思っていたのですが、ハジメリ村に来てジャックが20歳と知って衝撃を受けたんですよね、実に大人っぽい」
「おいおい、サトー様。それじゃあなんか俺が年齢より老けてるみたいじゃないか」
「あら、ジャックさんは年相応だと思いますよ?ウィルとテオと同じ年齢ですし。ちなみにアルは22で、私とレオンは18です。我が国では相応しいかと」
「え?それって本当ですか?」
「はい、私にとっては年齢より若く見えるサトー様が羨ましいですわ。アルの為に何時までも若くてキレイでいたいですから…」
俺は衝撃を受けた。
リアさんは年相応だと思うが、ウィルさん達全員俺より年下かよ…。
ただ、そうだとしても彼らに対し、敬語からタメ口になることはない。
彼らにはそれをさせない雰囲気がある。流石やんごとない奴らだ。(私見)
「あの…、サトー様はどちらの国のご出身なのでしょうか?薬学の見識が広い国とお見受けしますが、私の学が浅く、そのような国が思い浮かばずお恥ずかしい限りです」
リアさんが非常に厄介な質問を俺にしてきて、背中に変な汗が伝う。
リアさんはきちんとした教育を受けているようなので下手なことを言えば墓穴を掘ってしまいそうだ。
確かジャックには『絶えず国名が変わっていたから覚えていないし、ここからとても遠くにある国』と、曖昧に答えたはず。
リアさんが納得してくれるかはわからないが、この場にジャックもいる為、この答えを言うしかない。もし突っ込まれたら、その時に考えよう。
リアさんにジャックと同様の返事プラス、薬に関しては本を参考にして独学で学んだと伝えた。
「絶えず国名が変わる…、とても御苦労なさったのですね…。辛いことを思い出させてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ、私にとってはもう過去のことですし全然気にしてませんから…」
多大な勘違いさせているとは思ったが、否定をすれば更に説明が必要になる。
俺は曖昧な表現をして濁し、適当に話題を変えようとした時に再びアルさんが帰ってきて、リアさんの意識はそっちに行った。
いいタイミングで帰ってきてくれたアルさんに感謝だ。
「アル!おかえりなさいっ!」
「ただいまリア。そしてサトー殿にジャックにカイロ、リアと一緒にいてくれてありがとう」
リアさんもアルさんも嬉しそうだ。正直見ているこっちは胸焼けしそうだわ。
アルさんが帰ってきたということは、仲間のウィルさん達もいるのかと思いきや、その姿は見当たらない。
「おかえりなさいアルさん。えっと…ウィルさん達は…?」
「ああ、ウィル達は別件で別の場所へ行ったようだ。彼らに何か用でもあっただろうか?」
「いえ全然!用はないです! 居ないからちょっと気になっただけです」
「そうか。それならよかった」
アルさんはそう言ってから、徐ろに俺をジッと見つめてくる。『なんだ?』と、思ったがその理由にすぐに気付いて俺はすぐさま席を立った。
「アルさん朝食まだですよね、こちらへどうぞ」
そういえば俺、リアさんの横に座っていたわ。
リアさんはまだ食事中だから移動するのもどうかと思う。
そしてアルさんは俺達にリアさんを頼んだ手前、流石に「どけ」とは言えないだろう。
そう思って気を利かせたのだが、どうやらその必要は無かったようだ。
「いや、不躾に貴殿を見ていたせいで勘違いさせて済まなかった。
サトー殿が席を移動する必要はない。先程女将に私の分の朝食を頼んであり、こちらのテーブルで食べるから気にしないでくれ。
皆が朝食を摂り終えたら、ジャックとカイロ、君達の父君の元へ案内して欲しい」
「あー、それならやっぱりアルさんはこちらに座ってください。
私はご飯を食べ終えてますからお先に失礼させてもらいますね」
アルさんが座ったテーブルは、リアさん側ではなく俺側だ。
通路を挟んではいるが、リアさん・俺・アルさんという何とも居心地の悪い並びだ。
それにカイロの魔力の件なら俺は部外者だ。
事前に話したいこともあるだろうし、俺は朝食も食べ終えているので、この場から退散しようと朝食のトレーを持って席を立った。
「え、サトー様も親父に用があるんだろ?一緒に行けばいいじゃないか」
「いや、俺よりカイロの魔力の話のほうが大事だ。俺は日を改めるよ。じゃあな」
トレーを返しに厨房へ行こうと一歩踏み出した時、両隣から腕と洋服の裾を掴まれた。
「サトー殿にも一緒に」「サトー様もご一緒に」
アルさんとリアさんの動きと言葉が見事にシンクロして、俺はその場に引き止められてしまった。
「私は部外者だから」と丁重に断ったのだが、アルさんが「カイロは貴殿に懐いているようだから、薬師として王都までカイロに同行してもらいたいのだ」とカイロを出しにしてきた。
それを聞いたカイロが嬉しそうにしている。
全く…。
俺が断りづらくなる方法をわかってて、卑怯この上ない。
その横でジャックが複雑そうな顔をしているのは、弟が心配だからだろう。
俺は一緒に村長の家に行くかわりに、アルさんに俺と席を替わるように要望して、漸く居心地の悪い席から解放された。
◆
アルさんをはじめ全員が朝食を食べ終えて、俺達は村長の家に向かった。
家につくと、ジャックは父である村長に取り次ぎをする。
村長がアルさんの話を聞いてくれるとのことで、俺達は応接室に通された。
何時もならここでカイロは自室に返されてしまうのだが、今日は当事者なのでこの場に残ってもらった。
応接室内では村長が座るソファの背後にジャックとカイロが立ち、アルさんとリアさんと俺は向かいのソファを案内された。
元ビジネスマンとしては席次マナーが頭に浮かぶ。
(上座①はアルさんか、レディファーストでリアさんか…)
そんな事を考えていたら、アルさんとリアさんから「恩人だから」と強く言われて、俺が上座①に座ることになった。
解せぬ。
それから俺の隣にリアさん、その隣にアルさんが席についたところで村長が口を開いた。
「私にカイロの事で話があると聞いているが…」
村長の口調は穏やかだが、アルさんとリアさんの様子を窺っているように見えた。
一瞬二人が視線を合わせてから村長に向き直ったと思ったら、村長やジャック、カイロから二人を見て驚くような声が上がった。
俺には目の前で何が起こってるのか分からず、頭に疑問符がいくつも浮かぶ。
そんな俺にリアさんはちらっと視線を寄越してから、ニコっと笑ってくれた。
その可愛さにつられて俺も笑い返してみたが、それをアルさんに目撃されてしまい引き攣った表情をされた。
俺はリアさんに対して決して邪な思いは抱いてないのだが、アルさんにとっては気分の良いものではなかったのかもしれない。
「君達…こっちが本当の姿か?」
自分の行いを反省していた時、村長が若干声を震わせながらアルさんとリアさんに言った言葉で、俺は何が起きたのか悟った。
2人は本来の姿(といっても俺にはそのままだが)を彼らに晒したようだ。
「今は冒険者として活動しているので堅苦しい挨拶は抜きにしよう。私はアルバン・ガーランドだ。ガーランド公爵家嫡男であり、ジオニール国第一魔術師団副団長を務めさせてもらっている。
こちらはバーデット侯爵令嬢。私の婚約者だ」
「なっ!!も、申し訳ございません!!先程までのご無礼をお許しください!!!」
(うわー、まじかよ…)
貴族制度がない国で育った俺でも、公爵や侯爵の肩書を持つ者の身分が高いことは知っている。
村長が真っ青な顔をして土下座、ジャックは一瞬あんぐりと口を開けてから、直ぐに180度に限りなく近く上半身を折り、カイロは目をキラキラさせてアルさん…、いやアルバン様を見ていた。
魔力持ちなら【魔術師団副団長】の肩書は、ヒーロー的な憧れを抱くには十分だ。
「先程も言ったはずだ、訳あって姿を偽っているが今はただの冒険者だ。貴方達が頭を下げる必要はない。早速だが本題に入っても?」
アルバン様からの有無を言わせぬ圧に村長は「わかりました」と返事をする。
そして何故かアルバン様は、カイロの魔力とは関係のない話を始めた。