17 ウィリアム視点
(そういえば頭の中では『サトー』と呼んでいたはずが、いつの間にか『イツキ』になっていたな…)
目の前で側近のアルバンと話をしているイツキを眺めながら思う。
一昨日、イツキの部屋を退出してから本来の仕事である聖女の手掛かりを探した。
村の中や温泉、近辺の森を調べたが、『聖なる』と言っていいくらいの清らかなマナが、行く先々で満ち溢れていた。
聖女の証である青い薔薇を確認せずとも、これだけ強力な能力を持っているのなら、私やテオバルドなら魔力で見極められそうだ。
だが、影からの報告通り、どれだけ村内を探しても該当する女性が見つからない為、既にこの村から移動した線が濃厚だった。
そう頭では思うのだが、明日以降、次の町や村へ行く決断をするには二の足を踏んでいた。
夜も更けテオバルドと協議した結果、一旦城へ戻ることにした。
転移魔法で私の執務室に戻ると、机に向かっていたアルバンが出迎えてくれた。
彼に影からの報告とハジメリ村での出来事をざっと説明する。
興味深そうに聞いていたが、該当女性が見つからなかったと伝えると「ではアメリアの休暇は予定通りに」と私に言ってきた。本当に婚約者至上主義な男だ。
昨日は私とテオバルド各々に、どうしても外せない仕事が入った。
早く仕事を終わらせて私だけでも村へ行こうと思っていたのだが、国王陛下である父上から聖女捜索の報告を兼ねて夕食に誘われた為、結局断念した。
そして今日。
テオバルドとレオンと共に再びハジメリ村へ来た。ここのマナは本当に心地が良い。
到着早々、私達は真っ先に宿屋へ足を運んだ。
アメリア嬢は本日まで休暇としてあるので、婚約者のアルバンを慮り、声を掛ける事を控えた。
(休暇の最終日なので、二人で過ごす予定があるかもしれない)
そう思って気を利かせたはずが、何故か宿屋の前で、ここに居るはずのないアルバンとイツキが話し込んでいる。
遮音魔法まで展開している徹底ぶりに、二人が話している内容が気になった。
「あれ、アルさんとイツキさんじゃないですか?」
「そのようですね。ウィル、声をかけますか?」
「いや、もう少し様子を見よう」
何やら深刻そうに話す二人だったが、徐々に表情は和らぎ、イツキがアルバンに向けて【笑顔】を見せた。
アルバンは勿論、私達3人も一瞬硬直する。
食堂で見た時よりも洗練された笑顔に、思わず息を呑んだ。
そんな笑顔をアルバンに向けている事が何故か気に食わない。
私は衝動的にイツキに声を掛けてしまったのだが、私の事を気にも留めず、アルバンとのやり取りを続けているのにはカチンときた。
そして私に意識を向けさせたくて、「きみ」ではなく「イツキ」と呼んだ。
こんな事を思う自分に正直驚いている。
名を呼ばれたイツキが動揺しているのがわかる。耳が赤みを帯び俯く姿に、私の心が僅かに波立った。
「私の薬の件です。大した事ではありませんよ。では私は先に戻ります」
そう言って宿屋の食堂へ戻っていく後ろ姿を眺めていると、アルバンが『至急、報告したい件がある』と言う。
他言無用の内容との事で、念には念を入れて一旦王都へ戻ることにする。アメリア嬢には私達が戻るまで宿屋に待機してもらうことにした。
その旨アルバンがアメリア嬢に伝えた後、人目につかない場所で私の執務室へ転移した。
◆
先ずは、アルバンとアメリア嬢がハジメリ村にいた理由の説明があった。
どうやら影からの報告諸々を、アルバンがアメリア嬢に話したらしい。情報共有は重要なのでそれに問題はない。
話を聞いたアメリア嬢が「行ってみたい!」と望んだ為、2人でハジメリ村へ来たとの事だった。
彼らもハジメリ村の現状には驚いたらしい。
ただ到着して早々、アメリア嬢が女性特有の体調不良に見舞われ、一時休ませてもらおうと宿屋へ向かったようだ。
そこで薬師であるイツキを紹介してもらい、その時に貰った薬だと、アルバンが懐から丁寧に包を取り出した。
「信じられないかもしれませんが、サトー殿から貰った薬は万能薬です」
「は?」
耳を疑うセリフに思わず眉を顰めた。
万能薬は信憑性がない代物だ。
実在すれば国宝級だが、他国で万能薬を生成・所有しているという話は聞いたことはなく、勿論我が国も所有していない。
…つい先程まではそうだった。
アルバンから差し出された薬を、私はテオバルドと共に鑑定する。
〚 万能薬 〛
あらゆる不調、病気・怪我に有効
但し、寿命、呪いによる症状などには無効
私とテオバルドの鑑定結果は一致した。
絶句する私達を余所に、唯一、鑑定系のスキルを持たないレオンは、呑気に出されたお菓子を食べていた。
次いでアルバンは、貴重な万能薬をアメリア嬢に飲ませた事を謝罪した。
その件の責任を問うつもりはない。
薬を飲んだ時のアメリア嬢の様子を聞くと、効果は直ぐに表れたようだ。大切な仲間の体調が回復して何より。
それからイツキと宿屋の前で話した内容を私達に教えてくれた。
イツキは頑なに万能薬を作った覚えはないと、アルバンに言い張ったようだ。
村の住人が不調の際には、普通に渡していた薬という点ではイツキの言い分も本当なのだろう。
アルバンの考察では『マナによる恩恵』ではないか、との事だ。
確かに言葉は悪いが、ハジメリ村には尋常ではない清らかなマナが満ち溢れている。
私はまだ入ったことはないが、温泉の効果も目を見張るものがあるという。
王都や今迄訪れた町や村を見れば、【神の祝福】だけではここまでは有り得ない。
「やはり聖女か…」
「はい。あの村にいる、もしくはいた、と考えるのが妥当かと」
「殿下と私、レオンで一昨日捜索はしましたが、聖女に該当しそうな女性は居ませんでした。他に移動したと思われますが、これだけの能力をお持ちとなると…少々厄介ですね」
「ああ、国が富むのは歓迎だが、こうも能力を垂れ流されては面倒な連中に目を付けられるのも時間の問題だ。ハジメリ村を起点として周辺の町や村で度を越した異変が起きてないか調べさせろ」
「御意」
聖女の件はこれでいいが、イツキの万能薬の件を考える。
恐らくイツキが作成した万能薬は、国で買い取ることになるだろう。
そして早急にハジメリ村に薬師を派遣する必要がある。マナの恩恵があるうちに、村で薬を作ってもらい、万能薬を更に確保する為だ。
聖女探しと同列に進めるべき事案なので、まずは国王陛下へ報告し、指示を仰ぐべきだ。
私は謁見の許可を貰う為に、陛下に急ぎ遣いを出した。
恐らく今日中に許可が出ると踏んでいる。
それから今後の我々の行動について話し合おうとしたのだが、アルバンからもう一件、村の少年の件で報告したいことがあると申し出があった。
話はイツキと一緒にいた村長の二男、カイロについてだった。
魔力持ちだと聞き、アルバンがカイロの魔力をみたらしい。有望そうなら将来魔術師団にスカウトするつもりなのだろう。
魔力をみた結果、カイロからは風属性と僅かに光属性も感じたとの事だった。
光属性を持つものは非常に稀で、その典型が聖女だ。
カイロの光属性が聖女の魔力の残滓だとしても、彼の魔力から感じたのだとすれば、『聖女と会った』などの何かの原因があるはずだ。
アルバンから、「カイロをなるべく早く神殿に連れて行くよう村長に話をする為に彼の兄に仲介を頼んであるので、村へ戻らせて欲しい」と申し出があり、私はそれを許可した。
私に礼を言い、アルバンは直ぐに転移魔法で姿を消した。
言うまでもなく、ハジメリ村へ向かったようだ。
正直カイロの件よりも、村で待機をさせているアメリア嬢の事の方が心配なのだろう。
仲睦まじいアルバンとアメリア嬢を羨ましく思う。
(彼等のように…、と迄はいかずとも、私も聖女と思い合えれば良いのだがな…)
そう思うと同時に、何故かイツキの顔が頭に浮かぶ。聖女と同等に私にとっては興味深い存在だ。
認識阻害の魔道具の効果が無効という、類まれなる能力を持つ彼を、必ずや私の仲間にしたい。
しかし今迄の彼の態度を思い返すと、我々はかなり警戒されているようだ。
姿を偽っている事がバレているので、それはやむを得ないとは思うのだが、その理由を言うべきか言わざるべきか…。
「ウィリアム殿下の顔が面白いことになってる…」
レオンの呟きでハッと我に返った。
どうやらイツキの攻略法を思案しながら、無意識に百面相をしていたらしい。
いくらこの場に親しい者しかいないとはいえ、気を抜き過ぎたようだ。
大人げないとは思ったが、私は「うるさい」とレオンの菓子皿を取り上げてやった。
「いっその事、イツキさんが女性で聖女ならよかったですね…」
そう呟くテオバルドの独り言は、レオンの抗議に掻き消され、私の耳に届くことはなかった。