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 次の日の朝、引き籠もりを解除した俺は女将さんのモーニングコールで食堂へ行くと、1日ぶりにジャックとカイロが席を取って待っていてくれた。  


「「サトー様おはよう」ございます!」


「ジャックもカイロもおはよう。1日ぶりだな」


「サトー様に会えなくて寂しかったです!」


 今日もカイロが可愛い。

「俺もだよ」と笑いながらカイロの頭を撫でていると、何故かカイロの横でジャックが咳払いをしている。

「なんだ、ジャックも撫でて欲しいのか?」と、俺は冗談交じりに彼の頭を撫でてみた。


「ちょっ、違う!サトー様顔、顔!その顔は不味い!」


 俺の揶揄いに怒っているのか、ジャックの顔は真っ赤だ。そして不服そうに顎をしゃくる。

それに促されて店内を見回せば、俺の笑顔の被害者がチラホラいて申し訳なく思った。


「なんだいジャック、顔が真っ赤じゃないか」


 女将さんが笑いながら朝食を運んできてくれた。俺達のやり取りを知っていて、更に追い打ちを掛けている。

 ジャックは不貞腐れてはいるが女将さんから朝食を受け取る動作は丁寧だ。

まぁ、今この場で一番偉いのは女将さんだからジャックの態度は正解だと思う。

 今日の朝食も美味しそうだ。

3人分の朝食が揃い、俺達はお祈りと合掌をして食べ始めた。

 気になっていたウィルさん達の事を、ジャックとカイロに聞いたのだが二人とも昨日は見ていないとのことだった。

 やっぱり次の目的地に行ったのだろうか?

だとすればもう関わることはないから有難い。

まぁ、この村から旅立てば彼らに会う可能性はゼロではないんだけどね…。


「あ、朝食を食べたら村長さんに会いたいんだけど今日は家にいる?」


「ああ、いるはずだが。何?どうした?」


「あー、俺がこの村に来てそろそろ1ヶ月だろ?そろそろ次の町か村へ行こうと思ってさ…」


「「えーーーっ!!」」


 勢いよくジャックとカイロが立ち上がったせいで、椅子がガタガタッと倒れた。

お陰で食堂内の視線を一気に集めてしまう。


「え?どうして?サトー様行っちゃやだ!」


「ハジメリ村はど田舎だけど他にはない温泉もあるし、俺が言うのもアレだけどいい村だと思う。

俺もサトー様にはこの村にいて欲しい。

サトー様はこの村が…嫌いか?」


「嫌いなわけないじゃないか、この村は本当にいい村だし大好きだ。

だけど俺にも今後の夢というか目標というか色々あってだな…」


 食堂にいた村の人達までも「サトー様、村から出ていくのか?」と言い出して、どう収集しようか考えていると女将さんが助け舟を出してくれた。


「ほらほら!サトー様が困ってんだろ!それにこんな優秀な薬師様をこの村で燻らせとくのは私は反対だね。

サトー様を必要としている人がきっと世の中には沢山いるはずだ。それにサトー様が有名になればこの村も有名になるってもんだ!なんせ【温泉】の生みの親だからね!!」


「いやいや女将さん、俺はただの見習い薬師でそんな大それた人間ではないですから…」


 俺は温泉を生んでないし、それに湧いたのは自然現象だから。

 女将さんの世辞を嬉しく思うが、本当に俺はただの薬師見習い…、いや、ただの元会社員なのだ。


「サトー様、こういう時は嘘でも『そうだ』と言っとけばいいのよ!」


 パチンとウインクする女将さんがとても男前に見えた。

 そんな女将さんがふと階段の方を見てニッコリ笑う。そこには昨日の美男美女が、手を取り合い二階から降りてくるところだった。

その姿はなにかのパンフレットに出来るくらい絵になっている。

二人は女将さんと俺達の方へ歩み寄って来た。


「具合はすっかり良さそうだね」


「はい、お陰様で体調は本当に良くなりました。それにあのまま宿泊させてくださって有難うございます」


 美男美女と女将さんの会話を聞いていたのだが、二人は昨日、女将さんから部屋を用意するからそのまま泊まるように言われ、厚意に甘えることにしたそうだ。

一応未婚だからと二部屋用意してくれたらしい。

 気を配るようにお願いはしたが、ここまでしてくれるとは思わなかった。ホント、女将さんには頭が下がる。

 女性をちらっと見れば、顔色がすっかり良くなっていた。この分だと旅に支障は無さそうだ。


「あの…昨日の薬師様。お名前は確か、サトー…様、で、宜しかったでしょうか?」


美女に声を掛けられ「そうです」と返事をする。鼻の下が伸びないようになんとか踏ん張った。


「昨日は有難うございました。サトー様から頂いたお薬のお陰で、体調はすっかり回復いたしました」


「昨日は婚約者を助けて頂き感謝します」


「いえいえ、私は大した事はしていませんので。婚約者さんの体調が回復して本当に良かったです、…えっと…」


 二人から頭を下げられ恐縮してしまう。

 そう言えば彼らの名前を知らない。言い淀んでいると「私の事はアル、婚約者はリアとお呼びください」と名乗ってくれた。

 その流れで俺も簡単に自己紹介と、同じテーブルのジャックとカイロを紹介した。

 アルさんとリアさんは冒険者の登録もしていて二人とも魔力持ちだそうだ。

カイロも魔力持ちだと伝えると、アルさんがカイロに握手を求めるように手を出した。

戸惑うカイロにアルさんは優しく言う。


「大丈夫、君の魔力を少し見るだけだ」


「魔力を…見る?」


「そうだ。いずれ神殿で魔力持ちの正式な判定を受けなければいけないだろうが、魔力の質を見ることは私にも出来る。

痛みなどは無いから安心してくれ」


「よ、よろしくお願いします!」


 痛みが無い事に安堵したのか、カイロは勢いよくアルさんの手を握った。

 そのまま待つこと1分程。

アルさんがカイロの手を離して、今度はジャックの方に向いた。


「君はこの子の兄だったな」


「ああ、そうだけど」


「この子の魔力はとても素晴らしい。だからなるべく早く神殿で判定してもらった方がいい。

君達のお父上…村長と話をしたいのだが可能か?」


 弟を『素晴らしい』と言われて誇らしげなジャックは「親父なら今日は家にいるはずだ」とアルさんに返答していた。

 俺の予定は明日に持ち越しだな。カイロの未来の方が大事だ。

ジャックとカイロ、アルさんが話をしている横で、リアさんが俺に話し掛けてきた。


「昨日頂いたお薬は本当によく効きました。お薬の調合はサトー様がなされるのですか?」


「はい、私がしています」


「少しお伺いしたいのですが、あのような希少なお薬を私に分けてくださって本当に良かったのですか?」


「リアさんにお渡しした薬は別に希少でもなんでも無いですよ。

主に痛みや熱がある人向けの薬なので村の人にもよく渡してます。

それに私は薬師の見習いなので大した薬は作れません。他に調合できるのは風邪薬とお腹の調子が悪い人向けの物が幾つか。それと栄養がある飲み物、くらいですかね」


「サトー様が薬師見習い?そんなはずは…。それに村の方によくお渡ししてる?あの…それは本当なのですか?」


「ええ、本当ですよ。だから重篤な病気などは申し訳ないですが私の手には負えません。

あと子供向けも作れませんし、怪我にも対応ができないのです」


 自分で言っていて少し情けなく思ってしまう。

俺は苦笑しながらリアさんに説明した。

するとジャック達との話を終えたアルさんが、今度はこちらの話に加わって来た。


「サトー殿、それは本気で言っているのか?」


 アルさんが不可解な顔で俺を見ている。

そんな事を言われる意味が俺にはわからない。

「本気も何も事実ですが」と答えると、アルさんは「ちょっといいか」と俺を店の外へ連れ出した。


「リアへの薬…あのような希少な物を作れる貴殿には何か事情がお有りなのだろう。

ここでの会話は遮音の魔法を展開したので外部に漏れることはない」


「えーっと?先程も言いましたがあの薬は希少でも何でも無いですよ。今はストックが30包くらいしかないですが、必要ならまだ作れますし。

それに俺には別に事情なんて無いですけど…」


「30包…」


 そう呟くと、アルさんは何故か目を閉じて眉間を摘んだ。なんだか困ってるように見えるが、俺も彼の態度に困るしかない。

 10秒くらいの沈黙の後、アルさんは俺に説明してくれた。


「昨日、貴殿から貰った薬を鑑定したのだ。

薬とはいえ見ず知らずの者から貰ったものを、そのまま婚約者に飲ませる訳にはいかなかった。気分を害したのなら謝罪する」


「いえ、当然のことなので謝罪は不要です」


「理解してくれて感謝する。念の為に聞くのだが、薬を鑑定してもらったことはあるのか?」


「ありません、鑑定する必要性が無かったので」


「そうか…本当に知らないのだな…。

単刀直入にいうと貴殿がくれた薬は【万能薬】だ。恐らく殆どの病は治せる」


「へ?」


 思わず変な声が出た。

 ただの解熱鎮痛薬がなぜ万能薬に?

 もしかしてカバンの中身の薬までチートに…?

有り得なくはない、寧ろ有り得る状況に俺は頭を抱えたくなった。

 薬のチート化は歓迎すべきことなのだが、それがアルさんやリアさんに把握されてしまったことが問題だ。言い触らされたり、冒険者関連で何処かに報告などされたらたまったもんじゃない。

 続くアルさんの説明でそれは顕著になり、俺はこの場から逃げたくなった。


「万能薬はその希少性から国宝にも値する。そんな薬を作ることが出来る貴殿は、本来なら国に保護されるべき尊い存在だ」


「いやいやいやいや、俺は薬師見習いなのでそんなのは作れません!

本当に作ったのはただの解熱鎮痛薬です!それ以上でも以下でもありませんから!」


 俺の必死の主張にアルさんは考えるような素振りを見せる。そして考えが纏まったようで俺に話してくれた。


「貴殿の主張が本当なら、この土地が関係しているのかもしれない。

まず第一に、この村のマナの質は最高で、魔力持ちにとってはオアシスとも言える。

第二に、先程カイロの魔力を見た時、風属性とは別に光属性も微かに感じた。光属性を持つ者はとても珍しい。だからなるべく早く彼の属性を確定させるために、神殿に行くよう村長に掛け合おうと思っている。

第三は、この村の【温泉】はかなりの癒しの効果がある。恐らく中級冒険者のヒーラーの魔法に軽く匹敵するだろう。

そして貴殿の薬だ。

今迄は普通の薬だったものが、この土地で作ると万能薬になったと考えれば、この村の付近に聖…、最近何か特別なことが起こったのかもしれない…」


「多分それですよ!見習いの俺の薬が万能薬なんておかしいと思ったんですよね〜」


 この話題を早く終わらせたくてアルさんの憶測に激しく同意した。

 トドメにニッコリ笑って店に戻ることを提案する。


「理由もわかったのでそろそろ戻りませんか?リアさんも待ってるでしょうし、俺も朝食の途中なので…」


 一瞬アルさんが固まる。

 あんな物凄い美人の婚約者が居るのに、俺の似非スマイルにしてやられる姿に少しだけ気分が良くなった。


「そう、だな。時間を取らせてすまなかった」


「いえ、こちらも誤解が解けてよかったです」


「ほう、きみはアルに何を誤解されていたんだ?」


 突然聞き覚えのある声が俺達の会話に入ってくる。物凄く嫌な予感しかしない。

ここで慌てたら負けな気がして、俺は平静を装った。


「アルさん、ウィルさん達とお知り合いなんですか?」


「ああ、私の冒険者の仲間だ。貴殿もウィル達と面識があったんだな」


「ええ、まぁ、…」


あ~~そうきたか…。

そういえば『あと二人仲間がいる』と言っていたわ…。

アルさんリアさん程の美男美女なら、俺が気付かないだけで、また他の人の認識を歪めていそうだ。


()()()、私の問に答えていないのだが?」


 今まで『きみ』と言われていたのに、急に名前で呼ばれドキッとする。なんなんだよ。


「私の薬の件です。大した事ではありませんよ。では私は先に戻ります」


 俺は熱をもった顔を見られないように、俯き加減で足早に食堂に戻った。


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