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「きみと話したいことがあるのだが」
振り返らなくても声の主がわかってしまう。
イケメンは声もイケメンだ。
(勘弁してくれ…)
声の主が話したい内容は、なんとなく察する。
多分俺が認識をしている彼の姿について、なのだろうと思うが、話せば墓穴を掘ってしまうかもしれない。
そんな訳で、俺はまったくもって、微塵も、これっぽっちも話したくない。
名前を呼ばれたわけではないから、ワンチャン聞こえなかったふりをして、部屋に駆け込むという手もある。
宿泊者以外が二階に上がる時は、女将さんかご主人の許可が必要なのだ。
(よし、聞こえなかったことにしよう!)
俺は、急ぎ階段を一段飛ばしで駆け上がる為に、勢いをつけて5段目に左足をかけたのだが、次の7段目に右足をかける事は叶わなかった。
「 逃さない 」
微かにそう聞こえた瞬間、俺は腕を強く引かれ、そのまま後ろに倒れていった。
(あ、落ちる)
咄嗟に身を強張らせたが、覚悟した衝撃は訪れず、誰かに抱きとめられていた。
振り向いて顔を上げれば、紫の瞳が俺を見下ろしている。声の主は思った通り、ウィルさんだった。
無視したのは俺が悪かったかもしれないが、これはダメだろう。
「ちょっとウィルさん!何すんですか!危ないじゃないですか!!」
「すまない、逃げられると困るので強引にいかせてもらった」
「いや、強引も何もあんたも俺に巻き込まれて一緒に落ちたかもしれないんですよ!怪我したらどうするんですか!」
「身体強化(魔法)をかけてあるからそれは大丈夫だ。きみを支える自身があった」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
声を荒げ一気にまくし立てた俺に、宿屋夫婦や顔見知りの客などは目を丸くしていた。
普段穏やかな俺も怒るべき時は怒りますから。
ただ、怒られている本人も驚いた顔をして固まっている。いや、なぜ驚く。
こんな事をされたら誰だって怒るだろうが。
というか、俺はいまだウィルさんにバックハグをされている状態だ。
いくら顔が良くたって男の腕の中は居心地が悪い。いい加減離して欲しい。
「イツキさん申し訳ありません。ウィルは世間知らずな所がありますので…。ウィル、イツキさんが困ってますよ、そろそろ開放してあげてください」
「…」
「ウィル?」
テオさんが間に入ってくれて、開放されるのかと思いきや、何故か俺を囲っている腕に力が籠もる。
テオさんもレオンさんも、俺を離そうとしないウィルさんに困惑気味だ。
そして俺はそれ以上に困惑している。
この状態では埒が明かず、俺は意を決しウィルさんを脅した。
「今すぐ、離してくれないと、もう、貴方とは、二度と、話しませんよ」
圧をかけるように一言事に区切って話す。
少しだけウィルさんの腕が緩まった気がした。
「わかった…。だが、逃げないと約束してくれ」
「わかりました」
俺の返事でウィルさんは拘束を解いてくれた。
とっとと話とやらを聞いてこの場から開放してもらいたいのだが、食堂に居るほぼ全員から注目されている為ここで話すのは憚られる。
ご主人にウィルさん達の二階への移動を許可してもらい、4人で俺の自室へ向かった。
◆
「この通り、この部屋には掛けてもらう椅子など無いので手短に済ませましょう。私に話があるとのことですが何でしょうか?」
ボロを出さないようにビジネスモードで武装する。私の口調が変わったことで3人の空気も変わった気がした。
「では率直に聞く。きみには私がどのような姿に見えている?」
ウィルさんが俺に問う。
予想通りの展開で安堵半分、緊張半分。
俺はなるべく平静を装って、シュミレーション済みの返答をした。
「どのような、と言われましても。ブラウンの髪にブラウンの瞳。そして冒険者の装備を身に着けている、というお返事で良かったですか?」
ウィルさんは俺の問いに答えること無く、感情を読ませない表情で「ではテオは?」と続けて聞いてきた。これも想定通りであり「ウィルさんより濃いブラウンの髪と瞳」答えておく。
そして彼に「何故そんな事を聞くんですか?」と聞いてみた。
「そのままだ。訳あって、きみから私がどのように見えるのか聞きたかった。どうやら私が思い違いをしていたようだ」
試練が去ったようで俺はホッとした。
いや、油断は禁物。
さっさとお帰りいただこう。
「いえ、ウィルさんが納得したのならそれで結構です。それで…大変申し訳け無いのですが、今から急ぎの薬を調合したいのでお引き取り願えますか?」
「そうか、仕事があるのだな。邪魔をして申し訳なかった」
「あの…話が終わったなら俺からもいいですかね?イツキさん、その小脇に抱えている袋の中身って…食堂で皆が食べてた甘い匂いのするやつだよね?」
3人を出入口のドアへ促そうとした時に、レオンさんが俺に聞いてきた。そういえば冒険者3人に気を取られ、りんご飴の存在を忘れてた。
「あ~、これは食堂で販売してたのとはちょっと違うタイプの試作品です。あ、よかったら皆さんで一本づつどうぞ」
「うわ〜!ありがとう〜〜!!」
俺は少しだけ迷ったが、さっさと帰ってもらう為にも気前よく渡すことにした。
目をキラキラさせているレオンさんに3本のりんご飴を渡し、今度こそドアへ誘導する。
「では皆さん、お気をつけて」
3人を部屋から見送りドアを閉めようとした瞬間、何故かウィルさんがドアの間に身を滑り込ませてきた。
「あのぅ…まだ何か?」
話がついたはずなのに一体何なのだ?
俺の眉間に皺が寄るのとは対象的に、ウィルさんは俺に満面の笑みを向けた。
イケメンの笑顔は眩しすぎて辛いが、凡人を装っている体らしい彼から目を背けるわけにいかない。
見つめ合うこと数秒。
更に笑みを深めたウィルさんは「また会おう」と言って、今度こそ俺の部屋を後にした。
(なんだったんだ?)
意味不明な行動をされて困惑しかない。
今回はなんとか誤魔化せたが、もうこんなのはご免被りたい。
『また会おう』と言っていたが、俺の中でまたはなかった。
女将さんが夕食を運んできてくれたら、この村の人以外は俺に取り継がないようにお願いしよう。
部屋で一人になり精神的にかなりの疲れを感じた俺は、夕食までベッドで横になることにした。
◆
<ウィリアム視点>
イツキの部屋のドアが閉まった事を確認して、私は外していた指輪をはめた。
私はイツキの部屋に再度足を踏み入れる際に、認識阻害の指輪を外しておいたのだ。
本来の姿に戻っている私を、イツキはなんの迷いもなく受け入れていた。
この時点でイツキにはこの魔道具の効果がないことが確定した。指輪有の姿は食堂で一緒だった連れにでも聞いたのだろう。
それにこれは先程感じたのだが、イツキに触れると何故か安らぐ。
空腹や、枯渇寸前の魔力が満たされた時の満足感と似ていた。
『二度と話さない』と脅されなければ、まだ触れていたかった。
(この私を脅すなんて…本当に興味深くて、面白い)
無意識に口角を上げた私にテオバルドが反応した。
「イツキさんがクロで機嫌がいいようですね、ウィル」
「ああ、有能な人材候補が見つかるのは喜ばしいことだ」
「それだけとは思えませんが?」
「それ以外に何かあるのか?」
「…」
「ウィルさん、テオさん、これって…」
私とテオバルドの会話に突然レオンが入ってきた。
そしてレオンは私達にイツキから貰った串を一本ずつ渡してくる。
すでにレオンが自身の串を一口食べているので毒見は済んでいる。私とテオバルドは、串の先に付いている何かをほんの少し齧った。
「これは…甘いですね、ですが美味しい。この酸味は…りんご、ですね」
「ああ、そのようだな。りんごに飴を絡めているらしい」
王城で凝った菓子を数え切れないほど食べてきたが、りんごを使ったものはあまりない。
りんごは素材そのままを食すことがほとんどなので、このように飴を絡めたものは初めて食べた。
しかもとても美味しい。
この発想は何処から来たものなのか。
(本当に、興味深いよ…)
私はイツキを思い浮かべながら、残りの飴付きりんごに食らいついた。