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 ウィルさん達が食べ終わらないうちに、俺は残りのご飯をかき込んで、足早に宿の部屋に戻った。


(そう言えば、ウィルさんは俺に何か言い掛けていたけど、テオさんが来て有耶無耶になったっけ…)


 食堂でのやり取りを思い出し、少しだけ気になった。

だが、面倒事には巻き込まれたくないので、これ以上彼らとは関わらないほうが良さそうだ。

今日明日は顔を合わせることが無いように、食事は部屋で摂ろうと思う。

ジャックとカイロには別れる時に、今晩と明日は部屋に篭って薬の調合をするからご飯を一緒に食べられないと伝えたら、物凄く残念そうな顔をしていた。なんかごめん。


 そういえば約束の1ヶ月まで、あと1週間だ。いい機会だし、俺はベッドに寝転びながら今後の身の振り方を考えた。

 正直、村の皆はいい人ばかりだし、宿屋のご飯は美味しいし、温泉もあるし、日々を暮らすには申し分ない村だ。

だが国内外を回ってみたい俺には、必要な物資も情報も人材も辺境に位置するこの村では、十分に得ることは出来ないのが現実だ。

村長から薬師としての報酬を貰っているので、この村と同等の宿屋なら2週間くらいは連泊できる金額の用意はある。

取り敢えず行く先々の町で必要なものを調達しながら王都を目指そう。

 いざとなれば、アイテムボックスに林檎がゴロゴロ入っているので、露店の真似事をして幾つか売れば生活費は稼げるだろう。

何ならりんご飴にするのもいいかもしれない。

飴なら砂糖と水で出来るはずだ。


(なんか、甘いものが食べたくなってきた。日替わりの木苺のパイ、余ってないかな…)


 真剣に黙考してたせいで、脳が糖分を欲しているようだ。

夕食と明日の食事を部屋に運んでもらうお願いをするついでに、甘いものを貰いに行こう。

そして、あわよくば厨房でりんご飴を試作させてもらおうと、アイテムボックスから林檎を一つ取り出しておく。

 時間的にもウィルさん達は食堂には居ないだろうと思うが、念の為一階に降りる階段から食堂の様子を伺ってみた。


 (よし、居ない)


 流石に16時にもなると、遅い昼食や夕食にも微妙な時間で食堂に居る人は疎らだ。

もっぱら温泉帰りでエールを飲んでいる人が多い。風呂上がりの1杯は格別だよな。

何なら温泉の側に飲み物を提供する屋台を設置すれば儲かりそうだ。

 今度村長経由で提案してみよう。


 そんな事を思いつつ、俺は食堂に降りて行き、厨房で一息ついている女将さんと夕食の仕込みをしているご主人に声を掛けた。


「女将さん、日替りパイが余ってたら頂きたいんですがありますか?あとご主人、ちょっと厨房を使わせてもらえたら有り難いんですが…」


「あら、サトー様!パイはまだ残ってるよ、お茶も一緒に入れるからちょっと待ってておくれ」


「先生なら何時でも使って構わんよ」


「有難うございます、あ、パイは客席ではなく厨房内で頂いても?」


「こんなところでいいのかい?」


「寧ろ今は此処がいいんです」


 厨房内は食堂の客席から死角になる場所が多い。調理中もしかり。

この時間帯では可能性は低いが、例の冒険者達に万に一つでも遭遇するのはゴメンだ。


 ご主人も切りの良いところで仕込みの手を止め、厨房の作業台をテーブル代わりに3人でお茶を飲む。

パイを頬張れば、木苺の甘さが疲れた脳を癒やしてくれた。

ご主人は料理人として常に向上心があり、このパイの食感や風味なんかは、俺が教えた時のものよりも格段に旨い。


 俺がこの村を出るまでに、ご主人にはお弁当とパイをいくつか作ってもらってアイテムボックスに保管しておこうと思う。

 異世界あるあるの鉄板、『アイテムボックス内は時間が経過しない』が俺のボックスにも適用されていて、出来立てのお弁当やパイを仕舞っておけば何時でも熱々が食べられるのだ。

ちなみにどのくらいの容量なのかは、試した事がないのでわからないが、今のところはまだまだ入りそうだ。

今から試作するりんご飴も上手く作れたら何個かは保管しておくつもりだ。便利便利。


 ティータイムを終えてから、俺はご主人にナイフを借りて厨房の片隅で林檎を切り始める。

縁日などの屋台のりんご飴はまるっと1個だったが、それをするにはこの世界での林檎の価値は高すぎる。

俺は持ってきた林檎を一口大の16等分に切り、串を刺してから塩水に浸した。

 ご主人が手伝いを申し出てくれたので、小鍋に砂糖と水を入れて火にかけて、掻き混ぜながら焦がさないように飴を作ってくれるように頼んだ。

ちなみに飴を作るのは初めてだそうだ。

そりゃ食堂で飴は出ないわな…。


 スイッチひとつで弱火などにできるガスや電気コンロとは勝手が違い、かまどの火での調理なので、ご主人に手伝ってもらえるのはとても助かる。丸投げバンザイ!

 本当は食紅などがあれば見た目が綺麗に出来るのだろうが、今はこれでいい。

ご主人が作ってくれている飴がいい具合になってきたので、そこに林檎を入れて飴を纏わせた。そして金属のトレーの上に並べて暫く冷ますことにする。

余った飴は爪楊枝を使いべっこう飴にしておいて、後日ジャックから子ども達に配ってもらうことにしよう。


「よし、そろそろ良さそうですね」


トレーの上で程よく冷めたりんご飴を、ご主人と女将さんに渡してから俺も手に取った。

3人で一斉に口に運ぶと、『カリッ』『サクッ』と小気味いい音がした。


「「「んんっ〜〜〜!!!」」」


 3人で顔を見合わせ、覚えのある反応に更に笑う。

飴だから甘いのは当たり前なのだが、林檎と一緒に咀嚼するとその風味と酸味と歯応えがいい具合に絡み合って、とても懐かしい味がした。


「ちょっと女将!!甘くていい匂いがするけど何作ってんだ?」


 食堂にいたお客が数人、厨房を覗き込んできた。そりゃ、厨房からこんな甘い匂いがしたら気になるか。

ざわつき始める食堂内に俺達三人は対応を迫られた。

流石に今、このりんご飴を客に出すのは色々と不味いと思う。

 結果、子供達に渡す予定だったべっこう飴を『試作品』という点を理解してくれる希望者に販売することにした。価格設定は砂糖の原価が絡む為、宿屋夫婦に任せる事にする。

今食堂に居る客達は菓子系の甘味を食べる機会があまりないのか、若干高めな値段の飴をこぞって買ってくれた。


 それで俺は砂糖が安くないことに今更気づいて、パイや飴にふんだんに使ってしまった事を宿屋夫婦に平謝りする。


「サトー様が砂糖ごときで謝ることは何にも無いよ!」


「寧ろ先生のお陰で儲からせてもらってるから!」


 二人は笑いながら言ってくれて、食堂の収支がマイナスになっていないことを俺は心底安堵した。

試作も終わり、ご主人から貰った紙でりんご飴を個別に包装しながらふと食堂を見ると、いい大人達が美味しそうに飴を舐めている。その光景はとてもシュールだ。


(やっぱこういうのは子供達の方が似合うわ…)


 この村を出るまでにもう一度べっこう飴を作って、子供達にプレゼントしたいとしみじみ思った。

ご主人と女将さんにお礼を言い、今晩の夕食と明日の食事の件をお願いすると快く応じてくれた。

カバンは部屋に置いてきた為、包んだりんご飴は周りの視線から隠すように小脇に抱えて部屋に向かう。


(何事も無くてよかった…)


そう思い、気を抜いてしまった事を猛省したい…。

二階へ上がる階段の3段目に足を掛けた時、俺は音もなく近づいて来た男に背後から声を掛けられた。


 

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