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あれよあれよという間に温泉はハジメリ村の名物になりつつあった。
経緯はこうだ。
村長は温泉を体験した翌日には、村人達を集めて俺がざっくり話した温泉の説明と活用法を自分考えも混じえて伝えていた。
話を終えた後、村人達が総出で温泉を拡張し、簡素だがきっちり仕切りも立てて男女別に入浴できる仕様にした。
村人からの信頼が厚い村長だから協力を得られたのだろう。
作業が終わり村人達は実際に温泉を体験する事になった。
湯に浸かれば、各々が感じていた体の不調や疲労が解消したようで目を丸くしている。
また、女性の多くは癒やしや美肌などの効果を実感し喜びをあらわにしていた。
入浴した誰もが、村を挙げて温泉事業を行うことに賛同してくれた。
そうと決まればまずは宣伝だ。
早速口コミ効果を期待して宿屋に訪れた人達にも無料で温泉を体験して貰うと、思惑通りに行く先々でその素晴らしさを触れ散らしてくれたようだ。
お陰で温泉目当てで来訪する人が日に日に増えていった。
当分は手探り状態の運営になるだろうが、ジオニール王国初の温泉はきっと評判になると思う。
そんな訳で、俺がお世話になっている宿屋兼食堂も連日大盛況だ。家族経営では手が回らなくなってきた為、近々従業員の雇用と宿の増築を考えているらしい。
最近俺は食事をとる時間をピーク時からずらしているのだが、それでも混み合っていることが多い。
今日も昼食時間帯から一時間強ずらして食堂へ行ったのだがほぼ満席だった。
通常ならここで待つか出直すのだが、俺が今まで席が空くのを待った覚えがない。
「サトー様、こっちこっち!」
声のする方を見れば、ジャックとカイロが手を振って俺を呼んでいる。毎日こうなので席に座れない日はない。
恐らくは宿屋一家も了承してる所業なのだろう。
席に着けば日替わり定食が3つ運ばれてくるのも何時ものことだ。
食事をしながら3人で他愛ない話をしていると、天使やらなんやらの単語が聞こえた後に皆の笑い声が上がった。
その後、「ね〜、サトー様!」という女将さんの振りで色々察した俺はあわあわしながら「ちょっと女将さん、勘弁してください!」と、お約束になりつつあるやり取りをする。
そして俺の向かいの席でジャックとカイロが
「まぁ、ホントのことだしな」
「サトー様は天使だよ!」
と、追い打ちをかけてくるから毎回返事に困る。
いらんことを言わずに黙ってご飯を食べてて欲しい。
俺は曖昧に笑って食事を再開したのだが、今度は矢鱈と視線を感じる。
天使という単語に食い付いた奴らだろう。
幻滅ザマぁと思いながら顔を拝んでやろうと思い、俺は視線を辿った先の男と目が合った。
「うわっ!なんか超絶なイケメンがいる」
思わず声に出てしまい、慌てて視線を逸らす。
キラッキラな金髪に背筋に悪寒が走る程の美貌、さすがは異世界。
俺の独り言に向かいの二人は「どうした(の)?」と聞いてくるが「なんでも無い」と誤魔化してご飯を口に詰め込んだ。
こんなにも凄まじいイケメンが居れば食堂内にいる女性がざわつきそうだが誰も気にしていないようだ。
(この世界のイケメンの基準が俺とはズレてるとか?)
そんな事を思いながらご飯を咀嚼していると俺の前に影が落ちた。
顔を上げれば目の前には先程の超絶イケメンが笑顔浮かべて立っていて、再び目が合った。
「むらさき…」
思わず言葉が溢れた。
初めて見る紫の瞳に俺は釘付けになった。
さっきは遠目で気付かなかったが、惹き込まれそうなほど美しい紫色だ。
だが、その瞳の奥は笑っていなかった。
どこぞのチンピラのように『目が合ったから因縁をつける』という訳ではなさそうだが、イケメンからは得体のしれない圧を感じる。
「私になにか?」
平静を装い、紫の瞳を見つめたまま俺も極上の営業スマイルをイケメンに向けた。
エセにはエセで返す。
「ほぅ…。本当に…天使なんだな」
「ちょっとあんた、サトー様に何のようだ?」
ジャックが席を立ちイケメンに食って掛かるが「君には関係ない」と軽くあしらわれる。
ジャックは視線を自分に移すことなくあしらわれたことが気に障ったようで、俺から視線を外さないイケメンの胸ぐらを掴もうとした。
それは流石に不味い。
ここは『先手必勝』の世界かもしれないが、俺は『先に手を出したほうが負け』の世界から来たのだ。止めに入ろうと咄嗟に体が動く。
「ジャックよせ!」
「兄さんも、冒険者のお兄さんもいい加減にしてください!サトー様が困ってるでしょ!」
カイロが俺よりも早く動いてジャックを止め、双方を睨みながら説教を始めた。
睨むと言っても迫力など皆無で、ぷりぷり怒っているその姿は可愛いことこの上ない。
ただ、いい年齢をした男二人が12歳の少年に叱られる図は、食堂に居る客達の恰好のネタになった。
「流石はカイロ!にーちゃん達にもっと言ってやれ!」とか「ボウズの言うとおりだ!喧嘩はいかんぞ!」などと周りから囃し立てられ、ジャックとイケメンはきまりが悪そうだ。
カイロが「そもそも冒険者のお兄さんは、サトー様に言いたいことがあるならちゃんと言うべきです」と、とどめを刺せばイケメンは「そうだな、私が悪かった」と俺達3人に謝ってきた。
それを受けてジャックも「俺も突っ掛かって悪かった」とイケメンに謝り、一連の騒動は収まった。
イケメンは騒がせたお詫びとして、今食堂に居る客全員にドリンクを1杯奢ると宣言し、客達が歓喜する。
一通りドリンクが行き渡るとイケメンがちらりと俺を見た。(何だ?)と思っているとイケメンが流れるように音頭を取る。
「ハジメリ村でのこの出会いに」
そう言って彼がジョッキを掲げれば【乾杯】とあちこちから声が上がった。
すっかりこの場を場を制しているのが凄い。
俺はイケメンに隣の椅子に座るように促すが連れがいるからと固辞された。
それなら手っ取り早く用件を済まそう。
「それで、貴方は私に何か用があったんですか?」
「ああ、それは…」
「ウィル、そろそろ席に戻ったらどうですか?そろそろ注文した品が来る頃合いですよ。
そちらの皆様、ウィルがご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません」
イケメン(1号)の連れらしい、これまた並外れたイケメン(2号)が現れた。
金髪の1号と違って2号は親近感が湧く濡羽色の髪だ。涼し気な目元は冷たい印象を受けるが、そこがいいという女子が数多いそうだ。
俺は不躾にイケメン2号を見ていたようで「私になにか?」と声を掛けられてしまった。
「すみません、なんか俺と髪色が似てて勝手に親近感がわいていました…」
2号の表情がほんの僅か強張った気がした。
イケメン相手にたとえ髪色でも、平凡な俺と似てるだなんてとんだ失言をしてしまったと後悔する。
「謝る必要はないですよ。これもなにかの縁です、皆様のお名前を伺っても?」
2号は笑みを浮かべながら俺達の名を尋ねてくる。怒らせていないようで良かった。
俺達は順に自己紹介をしていく。
俺がサトウイツキで薬師見習い、ジャックとカイロは村長の息子でカイロは魔力持ちだと言うとイケメン達はカイロの頭を撫でながら「凄いな」と感心していた。
そして俺の名を『イツキ』と敬称無しで呼んでくれたことが新鮮かつ嬉しかった。
イケメン冒達者の名は1号がウィル、2号がテオ、そして3号も呼び寄せられ、レオンだと紹介された。どうやらあと二人仲間がいるらしいが今は別行動をしているらしい。
ウィルさん達の注文品が出来上がったらしく、女将さんの「日替り3つとパイ1つお待たせ!」という声に彼等は自分の席に戻っていった。
「ふぅ〜…、なんか3人揃いも揃って凄いイケメンな冒険者だったな」
「いけめんてなんですか?」
カイロが不思議そうな顔で聞いてきた。
この世界には無い単語だったか。
「イケメンていうのは顔が整っていて魅力的な男、まぁ、男前ってやつの事を言うかな」
「ふ〜ん、言うほど男前だったか?俺の方が余っ程『イケメン』だと思うけどな」
「あはは、ジャックももちろんイケメンだよ。でもほら、ウィルさんなんてこの辺では余り見ない金髪だし、テオさんはシュッとしててなんか都会の人って感じだし…」
「金髪?ウィルさんが?」
「え…?すごい綺麗なブロンドヘアだったよな?」
バッと振り返り昼食をとっている冒険者達を見る。
やっぱりどう見てもウィルさんの髪は金髪ブロンドヘアだ。
「サトー様の国ではブラウンの髪をブロンドっていうのか?」
「…えーっと、そうなのかもしれない…、かも…?」
なんだかよくわからないが、この世界は茶色が俺の世界で言う金色ってことなのだろうか?
言葉が通じるからこんな落とし穴があるとは油断していた。
「じゃあさ、俺とかテオさんみたいな髪の色は何色っていうの?俺的には黒なんだけど?」
「サトー様は黒髪だけど、テオさんはブラウンだろ?ウィルさんより暗めの。」
「え?…えぇぇ?」
ちょっと、ナニ言ってるかわからない…。
「じゃ、じゃあレオンさんは?赤…かな?」
「うん、赤髪だな」
初めて意見が一致して物凄く安堵した。
それから食堂に居る様々な客で同様の事を試したが全て一致。
どうやらウィルさんとテオさんだけが食い違うようだ。
並外れた容姿の2人…。
レオンさんも美男だが彼らほどではない。
それにレオンさんはどちらかと言うと2人に付き従っている風だった。
(あー…。多分これ、気付かないほうがいいやつだ…)
よくよく考えれば、異世界で並外れた容姿とくれば大概やんごとない御方と相場は決まっている。
恐らくは魔法かなんかで姿を変えているのだろうが、何故か俺には効果が無いという…。
俺の背中に嫌な汗が伝う。
さっきは紫とか濡羽色とか口を滑らせたが彼らから特に反応はなかった、と…思いたい。
冒険者を装ってる風だから、この村に留まる可能性は少ないはずだ。
念の為、俺はジャックとカイロに彼らが見えているウィルさんとテオさんの姿をそれとなく聞き出して頭に叩き込んだ。
そして変なフラグが立っていないことを切に願った。