幼なじみの新たな旅立ちを祝す
秋になり、亜利からメッセージが来た。
『転勤になったから群馬に引っ越す』
亜利が働いているのは関東圏を中心に、全国各地に支部がある機械部品工場だ。
実家の農家はどうなるのかと言えば、亜利の弟が継ぐそうだ。
だから亜利が別の県に行っても、跡継ぎの問題はない。
亜利が引越し前の挨拶に会いに来てくれたから、ちょっとお茶を出して話す。
「例の彼氏と遠恋になるのか?」
「ううん。彼の実家も群馬にあるんだって。だから彼もあたしの転勤に合わせて地元に帰って地元で就職するって」
五年付き合った上、さらに亜利のために帰郷。すごいとしか言いようがない。
彼は本気なんだなと感心する。
「あっちに行ったら彼の両親にご挨拶もするんだ」
「それはもう、結婚秒読みじゃないか」
「へへへ、そうなる、のかな」
亜利は好きな男と結婚する。
女の子として異性に恋をして、結婚をする。
そんなふうに生きることができたら幸せだったかなと、たまに和香は考える。
けれど、他人に恋愛感情を抱くというのがどういうことか、わからない。
友だちとしての好感と、愛情はなんの違いがあるのか。
自分は他者に愛情を抱かない類の生き物なのだと割り切っているけれど、普通に異性に恋をする人を見ていて虚しくなるときがある。
心が男という面はリクと同じだけど、リクはマトモに恋愛感情というものをもっている。
人を恋愛として好きにならないのは異常だろうか。
「お互い仕事が忙しいだろうから、籍だけ入れるつもり。名字も彼の家のになるよ」
麦茶のグラスを握って、亜利ははにかむ。
小学生の頃からの付き合いで、オタクな趣味友で、人懐っこかった幼なじみは、もうすぐお嫁に行く。
「なんか俺、孫を嫁にやるじいちゃんになった気分だよ。数年後には孫を連れてきそうだな」
「あははは。せめてそこはお父さんじゃないの。じいちゃんって何さ」
スキマ時間すら我慢できずに会いたいと言うような人だ。結婚後も亜利に一直線の愛情を注ぐんだろう。
亜利はいい人と巡り合えたと思う。
二年前、和香のバイト先に二人揃って来てくれたことがある。優しくて明るい青年で、亜利とすごく気が合うようだった。きっとこの先もずっと仲がいいだろう。
これまで出会いと別れを繰り返したように、亜利との関係もまた新しいかたちに変わっていく。
「また長期休みには帰ってくるからさ、一緒にカラオケとか行こうよ」
結婚後も、地元に帰るときは和香のために時間をさくという。
和香は不器用で友だちと呼べる人が片手の指の数より少ないのに。
こんないい友人、大切にしなきゃバチが当たる。
「そうだな。群馬の土産話を楽しみにしてるよ。おみやげはコンニャクでヨロ」
「任せといてよ〜」
亜利が引っ越す日、仕事の休みを取って見送りに行った。
「これ、引越し祝い。もう持ってるかもしれないけど」
「わー! 電気ポット! ちょうどこれだけ買い忘れてたんだよ。ありがと和香!」
亜利の好きなパステルカラーの黄色い湯沸かしポット。
成人した人間が買うお祝いにしては安いかもしれないけど、精一杯亜利の好みを考えて選んだ。
何度も誰かの旅立ちを見送ったけど、いつも少し寂しい。
また会えるとわかってはいても。
引っ越しトラックを見送って、二〇一四年元日。
新しい名前になった亜利から年賀状が届いた。
LINEに登録していた亜利の名前も、新しい名字に入れ直す。
ペンを取り、真白な年賀状の宛名に亜利の新しい住所と新しい名前をつづる。
小野川亜利様。
この名前が生涯変わらないといい。





