幼なじみの幸せを願う
社会人になって四ヶ月。
久々に亜利と休みが重なったからとカラオケに来てみれば、フリータイムの上限は三時間だと言われた。
まわりを見れば学生グループがたくさんいて、フリードリンクのコーナーにも何人も集まっている。
フリードリンクにするとソフトクリームも食べられるから、一番列が長いのはソフトクリーム機だ。
ここにいる全員がフリータイムで五時間六時間といると回転率が悪くなるから、混んだ日は上限が設けられる。
受付が終わり、カウンターでマイクとグラスを受け取って、ドリンクコーナーを指す。
「忘れてた。いま夏休みシーズンだったよな」
「ねー。あたし三時間じゃ足りないよ」
亜利はソフトクリーム機のレバーを引いて、メロンソーダの上に乗せていく。
「和香、仕事の調子はどう?」
「ぼちぼち。力仕事な上に皿がクソ熱いから火傷ができてばっかだよ」
ポケットに入れていた右手を開いてみせる。業務用大型食洗機は熱湯が吹き出すから、洗いたての皿に触ると火傷しかねない。
和香の手の平は火傷になっては治るのを繰り返した痕で、ところどころボロボロになっていた。
「でも接客じゃないだけ楽」
「へー。あたしんとこは流れ作業だからさ、肉体的な疲れはないけど頭おかしくなりそう。一日中同じもの検品してんだよー。接客業のほうがマシだったかもしれない」
「すごいな亜利。俺にはずっと座りっぱなしなんて真似できん」
一つの漢字を延々と書き続けたら文字を知覚できなくなるアレに似ている。
割り振られた15番の扉を開けて、どっかとソファに腰を落として足を投げだす。
「亜利はさ……」
言いかけて、自分の中の何かがブレーキをかける。
リクがすべて打ち明けてくれた日のようになんて、言えない。
カミングアウトされたところで戸惑うだけだろう。
言葉を飲み込んで、別のことを聞く。
「仕事、辞めたくならない?」
「ははは、察しがいいね〜。もう自分に向いてないし無理だから、先週転職願い出したとこだよ」
「はやっ。でもま、俺らの親の時代と違って、初めて勤めた会社に定年まで身を置くなんてほうが珍しいもんな」
「そうだよ。一時間でもキツイと思う仕事をあと四十年やれなんてムリムリ。もう次の目星つけてるからさ、来週面接行ってくるんだ」
昔から亜利は羨ましいくらいにフットワークが軽い。
バイトしたいと言ってすぐ同じバイト先に来たし、夏コミに行くと決めたらその日のうちに宿を予約する。
そしてなにより、愛想がよくて誰とでもすぐ仲良くなれるタイプなのだ。
爪の垢を煎じて飲みたいと思う。
「俺も亜利みたいになれたらなぁ」
「何言ってんのさ〜。あたし成績いっつも下の下だったよ。和香は“テスト勉強ぜんぜんしてない”って言いながら実は勉強してるタイプじゃん。和香みたいにちゃんと勉強しろって言われてたよ」
和香の言う「亜利のようになりたい」と、亜利の親が言う「和香みたいになって」は意味するところが違う。
「それこそ、亜利は俺みたいにならないほうがいいよ。愛想がなさすぎる、協調性ないって言われてばかりだから」
人と馴れ合わないせいで、同級生どころか教師たちからも何しに美術学校来たのと言われていた。
美術学校に行ったのは、勉強したかったから。それ以外にはない。
でも、最低限、人との交流を大事にしないと暗いだの話しかけにくいだの言われるわけだ。
「それこそ、他人に歩調を合わせて生きるのって、俺に一番向いてない」
「あはは。和香らしいねー」
一匹狼と言えば聞こえはいいけど、実際はただの根暗で無愛想な奴。
のんびりペースで曲を入れて歌い、
三杯目のクリームソーダを作ってきてから、亜利は思い出したようにスマホの画面をこっちに向けてくる。
「そういえばね、和香。あたし彼氏ができたんだよ」
「へぇ。優しそうな人だな」
スマホの画面には、目一杯手を伸ばして自撮りした亜利と青年が映っている。
亜利はいまだかつて見たことのない笑顔だ。
「そうなんだよ、優しいんだよえへへへぇ」
ピコンとショートメールを受信する音がして、亜利があわててスマホを持ち直す。
「あ」
画面を見た瞬間、すごく嬉しそうな顔に変わる。
「彼氏から?」
「うん。どうしよ。『仕事はやく終わったから、このあと空いてたらデートしないか』だって」
「あと二十分でフリータイム終わるから、会いに行けばいいんじゃないか」
「でも」
「いいからいいから。彼氏を大事にしなよ」
背中を押すと、亜利は頷いて『会えるよ』と返信を打った。
少しの時間でも空いたらデートしたいなんて、すごく愛されている。それにメッセージが来てから亜利の頬がゆるみっぱなし。
これはもしかしたら結婚までいくのかななんて、密かに思った和香だった。





