トランスジェンダーを抱えた二人
「驚かないんだな」
「ずっと、そうじゃないかって思ってた。俺と同じなんじゃないかって」
FtMという分類名があることを知らなかっただけで、自分の心が男だと言うことはずっとわかっていた。
リクは長くため息をつくと、いつものような笑顔を浮かべる。
「……オレもずっとそうじゃないかと思ってた。だからこそ、こうして水沢に打ち明けた」
ペットボトルを握るリクの手は震えていて、すごく緊張していたのがわかる。
「ここで気持ち悪いって言われてたら、生きていけない」
「そんなこと言わない」
ポテトスナックのフタを開いて、タバコどうぞみたいに俺の方に向ける。
ありがたく一本もらって口に放り込む。
「高校のときさ、オレが彼氏いんだよねって話をしたときのこと覚えてるか?」
「覚えてる。あのときは失礼なこと言って悪かったな」
リクもあのときのことを覚えていた。
「あの日、彼氏がいることに驚いたって言ったろ。なんで?」
「恋人がいることには驚かなかったけど、いたとしても彼女だと思ってた」
リクがすべて打ち明けてくれるなら、和香ももう隠すことはない。あのとき感じたことを素直に話す。
「ははは、気付いてたんだな。隠そうとしたオレの努力って何だったんだろ」
ソファの背に力なくもたれて、リクは続ける。
「察したとおりだよ。オレ、恋愛対象は女なんだ。でもまわりのみんな、恋人ができたって言っても彼氏だったろ。……気持ち悪いって思われたくなかったし、男と付き合えば普通の女の子になれるかと思ったけど、無理だった」
頑張ってみたけど、男を恋愛対象になんて、見られない。そう掠れた声で呟いた。
「普通って、なんだろうな。俺も、女らしくしろって言われるのホント苦痛だった」
真っ赤なランドセルが嫌だったこと、制服のスカートが嫌だったこと、和香もリクもずっと抱えてきたいろんなことを話した。
相手が同じ種の人間だと明確になったから、心からの本心を初めて言えた。
「俺思うんだ。戦隊の主人公はレッドなのにさ、なんで“女の子だからランドセルは赤”って言うんだろうな。今考えても理不尽」
「それな。男女平等っていうなら、女子制服もズボンにしてくれりゃいいのに。女だからスカートって意味わかんなかった」
世間一般の普通に苛立ったところで、小娘二人の言葉に世界を動かす力はない。
和香とリクにとっての普通は、世間では異常。非常識だった。
「心が女の男も含めてくくると、オレたちみたいなのをトランスジェンダーって言うんだって」
「……そっかー」
和香とリクがまだ会ったことがないだけで、属性名がつくくらいには心と体の性が一致しない人がいる。
「他にこのこと伝えた人っているか?」
「いや、母親以外では水沢が初めて。父親にも、そのうち話す。やりたいことがあるから」
和香もこれまで、幼馴染の亜利にすら言えなかったんだ。そうだろうと思う。
「やりたいこと?」
和香が聞き返すと、リクは自分の胸を拳で叩く。
「性別適合手術を受けようと思うんだ。調べたらそういうのがあるってわかって、主治医から病院を紹介してもらった」
心に合うよう、体にメスを入れて男の体になる。
それがリクのやりたいことだった。





