リクが隠してきたこと
入学初日のホームルーム、先生が自己紹介の時間を取った。
和香はつい癖で、「俺はーー」と言ってしまい先生にたしなめられた。
私は、と言い直して出身校とこの学校を選んだ理由を短く話し、席につく。
クラス内が多少ざわついてから、次の人の自己紹介に移った。
ボーイッシュな格好をしている女生徒も二、三人いたけれど、その子達は服装としてそれが好きなだけらしく、口調やしぐさは普通に女の子だ。
自分のことを“俺”という女は、世間一般的に見るとおかしい奴なのだと、ここに来て再認識させられた。
普段の和香の口調は、数年後社会人になる女としてあってはならないものだった。
男言葉のままの和香を受け入れてくれた希沙たちが奇特な人間だっただけ。
それからはただ勉強に打ち込み、必要事項以外口を開かない。
女らしい言葉なんてできないから、ビジネスマナーの授業で習った堅苦しい丁寧語で通した。
ゴールデンウィークやお盆に地元に戻るけれど、リクや亜利に会うためだけ。
実家には顔を見せるだけで、友だちと会ったらすぐアパートに戻る。
人付き合いが苦手にも程があると、自分でも思うけれどどうにもならない。
和香は美術学校二年のおわりに車の免許を取り、卒業後は地元のビジネスホテルの裏方として働くことになった。
美術の技術を学んだからと言って全員がその職に就けるわけではない。
クラスメートも九割は普通の事務員やスーパーでの就職が決まった。
美術学校の卒業式を終えて、生活用品を入れた最後のダンボールを閉めていると、リクから電話が来た。
『久しぶり。水沢、卒業後の仕事開始っていつから?』
「来月の二日からだよ」
和香が答えると、リクは少し間をおいて切り出した。
『じゃあさ、どうしても話しておきたいことがあるんだ。仕事始まる前に、一度二人だけで会えないか?』
とても言いにくそうにしている。
茶化せるたぐいの話じゃないのを感じ取って、和香も真剣に答える。
「いいよ。お互いの空いてる日すり合わせようか」
『ありがとな』
会う日を決め、電話を切ってから荷造りを再開する。
リクのあの声音は、以前聞いた気がする。
彼氏がいるといった日、別れてると聞いた日。
恋愛に関する話じゃないだろう。今の電話は、恋人ができた報告にしてはやけに重たい空気だった。
そして約束の日。
待ち合わせの時間より二十分早くリクが来た。
「早かったな、リク」
「そっちこそ。バタバタしている時期に呼び出して悪かったな」
「構わんよ」
その足で待ち合わせ場所の近くにある、持ち込みOKのカラオケボックスに行った。
店の内装は和香たちが高校のときとあまり変わらない。二人で入るにはどこの部屋も基本六人入れる設計になっているから、二人だとやけに空間が余る。
カラオケの画面では新曲と店のCMが無限ループしている。
リクは和香の向かいに座り、選曲の機械にも手を伸ばさず、うつむきがちに口を開いた。
「……水沢はFtMって知ってるか?」
「初めて聞く単語だな。そのFtMって今日の要件に関わること?」
静かに頷いて、ジンジャーエールを一口飲んで、絞り出すように言った。
「FtMっていうのは、性同一性障害。体は女で心が男の人間を指す言葉。オレ、ずっと自分が男だと思って生きてきたんだ」





