夢の話
シングルマザーである紗代子と、その娘みのり。
2人はひとつのテーブルで食事を囲みながら、みのりの将来について話をしている。
しかし2人の話は難航しているのか、暗い影が立ち込めているかのように食卓の空気は重たい。
紗代子は持っていた箸をわざと音を立てるように箸置きに置くと、聞き分けのない子供を叱る時のような厳しい口調で、「駄目よ」とだけ言った。
みのりは紗代子の取る行動が事前にわかっていたかのように、眉一つ動かさず睨むように紗代子を見た。
しかしそれは紗代子も同じだったようで、自分を睨みつける娘を見ても、能面のように一切の感情を表に出すことはない。
みのりは言う、「何故応援してくれないのか」と。
2人が話していた内容はみのりの将来について、娘のみのりは高校卒業後、アイドルになるため上京したいと言うのだ。
このみのりの提案に、母である紗代子の大反対し、2人の話は現在平行線を辿っていた。
みのりがどれだけ懇願しても、母紗代子の胸に届くことはない。
それほどまで紗代子がみのりの夢に反対するのには訳があった。
というのも、みのりが生まれる数十年前の当時高校生の紗代子は、当時みのりと同じくアイドルになることを夢みていた。
テレビの向こうにいる彼女たちは高校生の紗代子にとってとても華やかに思え、いつからか自分も彼女たちと同じ舞台に立ちたいと願うようになっていた。
しかし紗代子の両親も、今の紗代子と同様に、娘の夢を反対した。
そうして紗代子の夢は脆くも儚く崩れ落ちたのだった。
だがその数年後、彼女の両親の判断は間違っていなかったことを知る。
実は当時、紗代子の他にもう1人、彼女と同じアイドルになりたいと志す少女がおり、名を雛子と言い。
雛子は紗代子の通う学校で1番の美人と言われていた。
反対された紗代子とは違い、雛子の両親は彼女の夢を全力で応援した。
紗代子は両親に応援される彼女を羨ましく思うと同時に妬ましく思ったが、当然そんな胸の内を誰かに話すことなど出来るわけがなく、クラスメイトともに、飛行機で飛び立つ彼女を見送った。
しかし数年後、そんな彼女の現状を知る友人が彼女の現在について語った。
雛子はやっとの思いで契約した事務所から騙され性的な接待をさせられたのだと。
これは雛子本人が友人に伝えたのではなく、たまたま友人が見た週刊誌の事務所と、雛子の契約している事務所が当てはまっていただけという、信ぴょう性にかける内容だった。
しかしそれでも、友人からのタレコミは紗代子にとってはアイドルをしていたら降り掛かっていた可能性のある内容で、アイドルという夢に未練のあった紗代子にとって、これ以上ない夢を諦めるタレコミだった。
だから紗代子は、娘のみのりに雛子のようになって欲しくないと言う。
だがそんな理由だけで止められるほど、みのりの意思は弱くはなかった。
なおも2人の意見は交わることはなく、遂には夕食の間で解決することは無かった。
その後も互いにこの話に置いては譲ることが出来ず、遂に高校卒業後、みのりはアイドルになるために広い世界へ飛び立っていった。
紗代子は飛行機に向かって「どうせすぐに帰ってくる」と呟く。
彼女はその先の世界を知らないまま、なんの変化もない日常に戻っていくのだった。