第十八話 日本国待望の生還者を得る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日本国首相官邸サイド
その日は夕方からてんやわんやの大忙しであった。それと言うのも茨城県ひたちなか市、陸上自衛隊勝田駐屯地敷地内に発生していた【ダンジョン】から待望の生還者が3名出たからに他ならない。
磯部総理は予定をすべてキャンセルして、茨城県ひたちなか市の陸上自衛隊勝田駐屯地へと足を運んだ。
「はじめまして。内閣総理大臣を務めさせていただいてます磯部です」
ベッドに横になっている3人は慌てて起き上がろうとするも
「いやいや、そのままで構いませんのでゆっくりとお体をお休めください」
「お休めくださいとは申した物の、いろいろと質問させて頂きたいとは思いますが大丈夫でしょうか?」
「は、はい、大丈夫であります」
「えっと、佐伯3等陸尉さんでしたね。【ダンジョン】に取り込まれてからの事を順を追ってお話して頂けるでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
一拍おいてから思い出すように語りだす。
「自分たちは、日課の訓練を熟している最中に突然足元が消失し穴の中へ落下しました。
落下したと言いましてもまるでエレベーターに乗ってるような感じで足元には目に見えない床が存在するような感じで緩やかな速度で穴の底へ落ちていったのです。
その時に上方を確認致しました所、天井がせりあがる様にして穴が塞がって行く様が見えました。
穴の底へ到着した我々は、突然響き渡った〔神〕なる声により状況を説明され、全世界で強き善き因子を持つ3000名が試練への挑戦者へと選ばれたと伝えられました。
また、6名一組の状態での選出に、巻き込まれた人や、落下を免れた人が居た場合には条件が厳しくなるともおっしゃられてましたね」
一気に落ちてから〔神〕なる存在からのお告げ内容を話聞かせていく。
「そして、まずは【ステータス】を確認できるようになり、【名前】、【年齢】、【性別】、【レベル】、【状態】、【善悪値】、【性格】、【結婚可能人数】、等の基本情報から、【生命値】、【魔力値】、【筋力値】、【体力値】、【器用度】、【敏捷度】、【知力値】、【精神力】、【 運 】、の9種類の能力を数値化したものの他に《スキル》の項目まであります。
そして[簡易表示]と言う物まであって、他者を誰だろうかという感じで見ると他者の頭上に善悪値を基にした色で、【性格】、【名前】、【レベル】、【状態】が表示されるようになりますが、今の時点では私を含む脱出者3名にはそれは見えても、総理を含むSPの方々や病院の医師や看護師や脱出直後に見た同僚等には表示されていませんでした」
「憶測で申し訳ないのですが、【魔素】に触れるか、【魔力】を有するようになったから見えるようになったのではと具申申し上げます。」
憶測などお伝えしたくないが正確な所が分からない以上は仕方ないと内心思う。
「次に〔神〕なる存在は、安全地帯で留まって居ても【ダンジョン】入り口は結界が張ってあり如何なる者の侵入も不可能なので救出を待つのは愚策だとおっしゃられましたので、我々は装備を点検後即座に移動を開始しました。
移動を開始するなり広間を通ってる最中に【ナメクジ】型の【魔物】に襲われまして、銃を発砲するも弾かれるという不可解な現象を確認しました。またナイフも刺さることもなく刃毀れしてしまうほどです。
ですが、素手で掴んだ感触は柔らかい感じで、どうして銃弾が弾かれるのか、ナイフが刺さることもないのかが理解できませんでした」
「当時居た隊員は、【魔素】や【魔力】を有さない物質は【魔物】には効果が無いのではないかと考察してましたが、彼は蜘蛛の【魔物】によりその命を落としてしまいました」
「ふむふむ、それはお辛いですね。今までの話を纏めると、現時点では我々【ダンジョン】へ入ってない人間は【ステータス】を見る事が出来ないという事ですね?」
「恐らくそうかと。簡易表示すら出ませんので、現状では【ステータス】が与えられていないものと愚考します」
「それでは、お体にお障りがなければ続きをお話し頂けますでしょうか?」
「何せ各国でも生還者が出ているのに、今お聞きしてる話の半分も情報が流れて来ないので各国で情報操作されてるとしか思えませんし、我々も外へ流しても大丈夫な情報を分別しなければなりませんのでね」
「はい」
「ナメクジ型の【魔物】との遭遇後は一目散に逃げの一手で距離を取り逃げ切りましたが、隊員の一人がバックパックを溶かされ、背中の皮膚も僅かに溶かされる被害がありました」
最初の被害状況を説明する。
「えっと、銃やナイフが効果がないとこ迄は話しましたよね。【魔物】との戦闘はもっぱら肉弾戦のみでの対応でしたが、爪や牙がある獣型【魔物】や子供程度の背丈の人型の【魔物】に対しては逃げの一手でした。被害を出しながらになりますが。
人型の【魔物】は武器を手にしている個体も居て、素手で立ち向かう勇気が出なかったのも理由の一つですね」
脅威度が高い【魔物】は、恥ずかしながら逃げるしか方法を選べなかったと伝え。
「我々が倒す事が出来たのが、1階層に到達してからの【ビッグラット】という【魔物】だけです。小型犬ほどのサイズのネズミの【魔物】でした。齧歯類特有の前歯と小型ながら爪を有していましたが、攻撃範囲の狭さと、我々の【レベル】アップの恩恵で、倒す事が出来ました。
そこからは、1階層を慎重に進み【魔物】との接触も極力避け、避けれない物は協力して討伐し先を進み、脱出出来た訳です」
「それは、ご苦労様でした。他に気付いた事や、判明したことはありますか?」
「そうですね、【魔物】は倒すと青黒い粒子となって中空に溶けて消えるのですが、極稀に【ドロップ】品とでも言うのでしょうか、アイテムがその場に顕現する事があったのですが、当初は持ち上げる事も出来ずにそのまま放置していました。【ビッグラットの皮 Lv5】や【ビッグラットの魔石 Lv5】等が当初顕現していましたが、拾えませんでした。
しかし、我々の【レベル】が5に達した時に、【ドロップ】品を持ち上げる事は出来るようになりましたが、見た目の質量よりも遥かに重いです」
「ふむ、重くて持てないと言うのは各国から提出された情報と一致しますが、違いがあるとすると拾った石と【ドロップ】品との違いでしょうか」
「お聞きしますが、その【ドロップ】品以外を拾ったりした事は御座いませんか?」
「我々が入手を試みたのは、まずは水と食料の確保を最優先に行動を取り、池よりは大きく湖よりは小さい池?から水を確保したのと、キノコ類を多少確保でき安堵したのを覚えています。あとは何気なく手にした小石が【ダンジョンの石 Lv2】と表示されるものだけですね」
「その石はお持ちで?」
「はい、バックパックの中に保管してあります。何が有効な情報源になるか分かりませんでしたので、持ち帰る事を優先致しました。後はその時その時に気付いた事等をメモに記すことにし、バックパックの中に各自それぞれで所持するようにしています」
磯部首相は、やっぱり各国は有益な情報を得てはいたが、隠したのでしょうか?
それとも、我が国の自衛隊員が優秀で状況判断力が優れていて、国家の為に有益な情報を集めるのを優先した事が功を奏し手に入れれるだけの情報を持ち帰ったのでしょうか?
どう考えても、【ステータス】の情報だけでも項目が多く、どの国家からも情報が上がって来ないのは解せませんね。
「それでは、長々とお疲れの所話をさせてしまい申し訳ありませんでしたね。有益な情報を感謝します。
あと、マスコミも今後殺到するでしょうが、今話したうちの手にした小石の事ぐらいと、【魔物】からは遭遇回避で動いたと発表するようにして頂けますか?各国もその程度しか情報を出していませんのでね」
「「「はっ」」」
「拾った小石の情報と、襲われながらも逃げ切りながら脱出出来た事だけを強調して対応する事に致します」
「よろしくお願いしますね。それではごゆっくり養生なさって下さい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
官房副総監の発表
「えー、本日16時37分に茨城県ひたちなか市、陸上自衛隊勝田駐屯地敷地内に発生していた【ダンジョン】から3名が帰還されました」
「現在は入院療養中との事で、詳しいことが分かりましたら逐次ご報告したいと思います」
「現在確認できている事は、ご本人たちは現状意識が曖昧で、正確な情報を得る事が叶わず、持ち出されたバックパックの中に、【ダンジョン】の物と思われる小石が存在し、誰も小石は勿論の事バックパックも持ち上げる事が出来なかったということです」
「この現象は、以前持ち帰られた【ダンジョン】の石と同じと考えていますが、持ち出した御本人達が疲労困憊で入院されてますので、詳しくは分かっておりません」
「脱出に成功された3名の氏名は次の通りです」
3等陸尉 佐伯 治 32歳 男性
2等陸曹 丹後 総司 26歳 男性
1等陸士 千葉 陽大 23歳 男性
「以上の3名が命に別状が無い状態での入院となります」
「以降、当人等の会見の予定はありませんので、マスコミ各社はご配慮いただきますようよろしくお願い申し上げます」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんばんは、夕方18時のNEWS18の時間です。」
「とうとう、自衛隊員が3名とは言え脱出に成功されましたね」
「そうですね。政府発表では今まで各国で脱出された方々と似たような情報しか発表されてませんが、どうなんでしょうね?」
「現在入院されてるとの事なんで会話も辛い状態かもしれませんし、今後何かしらの発表があるものとは思われます」
「何か少しでも分かれば良いのですが、各国の脱出者から得られている情報には大差が無いので、あまり過度な期待はしない方が良いかもしれないですね」
三人のコメンテーターが思い思いの事を言い政府の発表を待たない限り情報は得られないだろうなとの結論を述べる。
「茨城県ひたちなか市、陸上自衛隊勝田駐屯地敷地内に発生していた【ダンジョン】の入り口結界が真っ黒に染まったそうで、数字の表示は無いとの事ですね。これは【ダンジョン】内の生存者が居なくなったと時と同じ現象ですね」
「政府発表のお三方のご家族は安堵された事でしょうし、殉職された3名の方々のご冥福をお祈りしたいと思います」
「次いで、兵庫県側の【ダンジョン】の結界には1と表示されてるそうです」
「次のニュースには、本日正午に発生した飲酒運転で歩行者の列に車が突っ込んだ事故の詳細が分かりましたのでお伝えしたいと思います」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
病室
「佐伯さん、無事に脱出出来たんですよね?」
「あ、ああ、まだ何も分からんがな。とりあえず入院と言いながら点滴の一つもセットされず、ただベットに横になってるだけなのが理解できん。
普通は採血なりレントゲンやMRIなりの撮影や、医師により触診や聴診器による心音などの確認作業が行われるもんじゃないのか?」
「そう言えばそうですね。された事と言えば怪我をした場所の消毒と包帯の付け替えだけでしたよね?家族とも面会が許されてないし、なんだか軟禁されてる感じですね」
「ま、考えても分らんし、取り合えず休んで明日の朝にでも聞いてみるとしよう。政府もまだ色々と聞きたい事が多そうだったしな」
「ですね、8日ぶりの布団なんでゆっくり寝るとします。【ダンジョン】内ではゆっくり休めませんでしたし、疲れました」
政府や医師等の対応に違和感を覚えた3人だったが、差し当たって害があるわけでもなく久しぶりのふかふか布団に包まれているといつの間にか意識を手放すのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぐっすり寝た3人は翌日の昼頃には意識もはっきりし、【ダンジョン】で起こった事を詳細に思い出し、扉の外に待機していた黒服の男性へペンとメモを依頼し、3人で話し合いながら過去を振り返り【ダンジョン】で起こった事を記憶している限りのことを全てを書き出すのであった。
そうこうし、夕方頃まで【ダンジョン】内の事を詳細に思い出し仲間がどうやってその命を散らしたかとか、水を飲んだだけで【レベル】が上がったことや、平野が広がり森があった事などを、時系列を順に追うように書き留めた。
書き留めた後に、見計らう様に室内に入ってきた黒服の男性にメモ帳を差し出すようにお願いされ断る理由もないので、現状がどうなってるのかと引き換えに手渡すのであった。
「・・・我々の他にも、兵庫県に同じ【ダンジョン】が出現し民間人が内部に落下しただと。しかも6人をオーバーして7人で、其の内の6人は未成年だと・・・」
「・・・あの地獄の上を行くのか。我々でさえ逃げる事がほとんどの環境でだ」
「それで、脱出者は出たのか?」
「いえ、試練が始まった翌日に〔神〕により【ダンジョン】の入り口に張られた結界に【ダンジョン】内部に居る人数だけが表示されるようになり、【ダンジョン】内に生存者が存在しない場合は結界は真っ黒に染まってしまう仕組みになったのです。
あなた方が脱出された際にも、【ダンジョン】入り口の結界は真っ黒に染まってしまいました。脱出前までは数字の3が表示されていたのですがね」
「それで、民間人の落ちた【ダンジョン】の結界はどうなってるんだ?」
「それなんですが、〔神〕の知らせで結界に表示すると伝えられた後に確認したらすでに1を表示していまして、今現在は1と0を繰り返すばかりで結界が真っ黒に染まってしまう事は無いのです」
「全世界で見ても、この様な現象が起こってるのは兵庫県西宮市の【ダンジョン】だけの事で、0と表示された【ダンジョン】すら、他では確認がされてませんし、今現在で言いますと殆どの【ダンジョン】の結界は既に真っ黒に染まってしまってます。1と表示された事により、成人男性が未成年を見捨てたと世間では報道されてますね」
「はぁ?一体何をもってそのような事になってるんだ。【ダンジョン】内部の事など誰にも分からんだろうが!何か〔神〕とやらが、未成年者を見捨てて生き残ってるのは成人一人とでも告げられたのか?」
「いえ、そのような事は一度も告げられてませんが」
「ならなぜ、その様な非道な報道を放置している?同じ【ダンジョン】に挑まされた者として見過ごせんぞ。あの地獄で生き残る事がどれだけの事か」
「そうおっしゃられても」
「現状、脱出された人数をお伝えすると、44名の脱出者とあなた方3名ですので、47名が脱出できた人数になります。」
「・・・・3000名以上の試練者達の内、たったの47名だと・・・・」
「うち二人は脱出直後にお亡くなりになってますので、45人が生存されてますね」
「・・・・・」
「すまない、疲れたので休ませて欲しい。メモ帳には知りえた事をすべて時系列順に書き記したつもりだし、3人で時系列順に追って確認してるので、そう間違ってはいない筈だ。
追記で憶測も交えたコメントも記載してるので、あとはそれを見てくれれば分かると思う」
「わかりました。またお時間を頂くかも知れませんがその時はよろしくお願いします」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
病室の3人
「とんでもない話でしたね」
「ああ、まさかたったの45人だとはな」
「兵庫県の【ダンジョン】も気にはなりますが、どうしようもありませんし」
「そうだな」
「それでも、生き残ってるだろう1人が誰なのか判明してるわけでも無いのに成人男性が生き残り未成年を見殺しにしたなどと、言い掛かりにも程がある」
「そうですね。我々よりも下の階層に落とされてるのだとしたらと考えるだけで生きた気がしません」
「【ステータス】に【善悪値】ってあるじゃないか?これって今後SNSとかで誹謗中傷をするだけでも影響しそうじゃないか?」
「そうですよね、我々3人は[簡易表示]でも【白文字】で表示されてますけど、【灰色】【黒色】【赤色】なんかで表示されるとどうなるんでしょうね?」
「あの〔神〕のすることだ、良くない事が起きそうではあるな」
そう言って病室を沈黙が支配した。
お読みいただき、ありがとうございます。