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記A4.ネコ、冒険者になりたがる


「冒険者やってみねぃか!」


 翌朝のこと。昨夜は思わせぶりに姿を消してみせたものの他に行くところもない〆は、サヴァの朝食時に現れては不意にそう言ってのけた。


 宿屋の軽食である12ウールのトーストを咀嚼していたサヴァは、反応を示さずにもっもっと食す。


「むぐむぐ」


 わかっている。無視ではなくて、サヴァという女は基本まず相手の出方を見る。面白みを求めるならば、大げさにトーストを喉につまらせてむせかえる程度はしてほしいが、致し方ない。


 いかに大妖怪といえど、小鳥のさえずりに耳を傾け、小麦の香ばしい風味とサクサクとした食感を楽しむ朝食の一時を前にしては昼行灯となってしまうのも必定だ。やむなし、やむなし。


 白い尾をくねらせ、猫の手をひらひら泳がせて大仰に〆は語る。


「敵を知り己を知れば百戦殆うからず。冒険者ギルドを営むならば敵たる冒険者ギルドを知るべき。敵情視察を兼ねて、お試しで冒険者になっちまえば客の立場にもなれるし商売敵のこともわかる。なかなか妙案だろい?」


「もぐもぐ」


 今、声に出してもぐもぐと言った。今食べてるからと強調してきた。


「女、なーにが不満でやがる?」


 食事を終えて、サヴァは食前と同じく食後に目を閉じて黙礼する。〆にとってさしたる意味もなく、またサヴァも敬虔な信徒というわけでないが、どこにでもある地域に根づいた宗教上の作法というやつだ。日々の食事やそれをもたらす自然や神霊なりに感謝するのは生活に根づいたことらしい。


「大きな問題が三つ、あります」


「む」


「一つ、時間に限りがあること。三ヶ月後の開業に向けて私なりにやるべきことが山積みです」


「むむ」


「二つ、冒険者ギルドについては熟知しているということ。私は二年間、新大陸冒険者ギルド協会での教育課程を終えてギルドマネージャーの資格があります」


「むむむ」


「三つ、冒険者は危険な職業であるということ。それなりに憧れを抱くことはあっても私は運動も苦手、魔術の才覚もありません。必要最低限の、ギルドカードの取得も私では無理です」


「むむむがむ」


 こいつ、得意分野ではすらすら喋る――。〆は苛立たしくベッドにどさっと腰を落とす。

 何にせよ、難儀だ。


 これでは立つ瀬がない、とサヴァは己の存在意義をいささか問われている気がしてしまった。


 サヴァ・バッティーラは三ヶ月後の開業へ向けた事業計画を確立させている。


 〆は一切その詳細を把握していないものの、サヴァは新大陸冒険者ギルド協会――略して【新ギ会】の公認と後方支援を約束されている。らしい。


 サヴァの起業計画において、〆の存在は“想定外のトラブル”に過ぎない。金貨の件がなければ、〆と組む必要もなく、【新ギ会】のバックアップを元に独力で成し遂げることができる想定なのだ。


 地味にできる。

 派手さに欠ける。


 冒険者ギルドの経営者、という目標からして裏方の仕事だ。それにしたって地味ではないか。


『冒険者になってみる』


 という〆の素晴らしい発想を理路整然と却下されたことは悔しいがサヴァの言い分はわかる。

 しかしサヴァを通じて、〆は冒険者ギルドとは何たるかを知っておきたいと考えていた。ただただ行方を見守って寝て過ごすだけではつまらない。


 いっそ――。


「……オレ様が冒険者になる、か?」


「ぐもぐも」


「とっくのとうに食事は終わってンだろこんにゃろう!」


「バレました」


 威厳が、畏怖が、なんとなく薄らいでいるのがわかってしまう。

 サヴァはふと神妙な面持ちでたずねてくる。


「冒険者になる以前に、〆様……」


 少々言葉を選んでいるような、遅々とした調子のサヴァ。


「冒険者になる、ということは、その実務上なにが待っているかといえば、まず“ギルドカードの発行”を行います。身分証の一種です。【新大陸冒険者ギルド協会】に加盟している大半の冒険者ギルドでは共通規格のカードを使い、記録された様々な情報は手続きに役立つのですが……」


「なんでい、なんでい」


「作成に1000ウールほどの諸経費が掛かる、のは今回はいいとして、ですね、その」


 ちらりとサヴァの視線が、〆の少々ぷよんとしてしまっている金貨入りのおなかへ注がれた。


「“ダイヨーカイ”とは、どういう種族、なのでしょう」


「偉大な、強大な妖怪だから大妖怪に決まってんだろバーロー」


 困惑のサヴァ。

 十秒ほど考える素振りをみせ、長い銀髪の髪先を指先でくるくるいじる。

 そして一度目をつぶり、少々気重そうに述べた。


「新大陸に暮らす者は大きく分けて三つの枠組みに分類できます。【友好種】【敵対種】そして【異界種】です。【友好種】という大分類には人族だけでなく多種多様な友好関係にある異種族を含みますので……」


「栗鼠女みてーのも大枠では仲間つーことか」


 こくんとサヴァは首肯する。


「【敵対種】は人族と敵対関係にある異種族を意味します。現在はあまり大きな争いが生じることは稀ですが、小規模な衝突は事欠きません。冒険者の仕事というのは多岐にわたるのですが、この【敵対種】に関わる案件は主軸となるもののひとつです。二割から三割程度にあたるでしょうか」


「妖怪退治屋みたいなもんか……」


「そして【異界種】ですが、これは異界空間に由来するこの世界に本来あらぬモノの総称です。【友好種】と【敵対種】という枠組みは長年この世界に住まう在来種族を二分する勢力図といえます。〆様はその枠組みの外にある、【異界種】とみなされます。一般に、敵とも味方ともつかない【異界種】は不審がられ警戒されてしまいます。冒険者になる、というのは――」


 不可能。


 と結論を結ぶのかと思えば、サヴァは伏し目がちに〆の視線をそらして。


「グリズリア市役所の地下一階にある異界種窓口に赴き、必要書類の提出、面接審査を通ることで【友好異種】の認定証をもらってください。この必要書類には信頼できる人物の推薦状が求められます。提出用書類の発行に50ウール、面接に250ウール、認定証の発行に200ウールの必要経費が請求されます。求められる推薦状の作成を依頼する場合、通例では一定の名声を有する冒険者や各種ギルドマスターなどに相場5000ウールほどを謝礼として支払います。無償で行ってくれる場合も例外的にありますが、推薦状を一筆認めるのには小一時間は掛かりますし推薦した人物が問題を起こすと信用に関わるため、トラブル回避も兼ねているのでしょう。認定証を取得できたら、次は新ギ会の公認冒険者ギルドに赴いてギルドカードの発行を行います。諸経費が1000ウール掛かります。この際、冒険者セットといわれる必需品の購入をおすすめされます。相場は500ウールです。これで冒険者になることができました。装備の調達も必要不可欠ですし依頼によっては契約料が――」


「ウールウールウール! 金と書類がどんだけ要るんだ!」


「【異界種】が生活するのに必要最小限の“信用”を得るのにこの程度の手短な行政手続きで事足りるのはむしろグリズリアの行政機関が寛容かつ有用な証拠です。保守的な地域では、まず【異界種】は見つけ次第に捕まえて牢屋に入れるところからはじめる、というところも少なくありません」


「……どんくらい待たされる?」


「一週間です」


 長い。

 気軽に“お試し”気分でやってるつもりが想像より厳密だ


「めんどくさい」


 と〆が漏らせば、サヴァはくすりと口元を隠しつつ微笑する。


「冒険者ギルドの本質はその“めんどくさい”を“面白がる”ことにあるんだと思います」


「は? 面白がる? どこを?」


「大半の冒険者にとって、事務手続きはめんどくさいものです。胸躍る冒険、生死を賭けた戦い、目の眩むような財宝、研鑽を重ねた剣と魔術――。大好きなことに専念したいのにめんどくさいことに時間をとられるのは困りものです。そんな彼らの“めんどくさい”を面白がってこなすことができるのでしたら、お互いに楽しく仕事ができはしないでしょうか」


 本当に、この女は好きなことには饒舌になる。


 朝陽のせいか、やけに輝いてみえて少々鬱陶しいと〆は悪態をつく。


「天職だって言いたいのはわかった。が、そーゆー話じゃねえ! オレ様はじゃあ冒険者つーのは何なんだ、ってのを試してみたいんだ! 一回でいいから!」


 顔を近づけ、〆はぐいと迫る。


 後ろにのけぞりつつサヴァは「裏技がひとつ」とこぼす。その一言に〆はさらに身を乗り出す。


「何日かかる?!」


「即日です。“お試し”でいいのであれば」


「ソレだ! 決まりだ! 行くぞ支度しゃーがれ今すぐだ!」


「まだ説明が」


「まず動く! それがオレ様のやり方だ!」


 〆はくるりと後方宙返りを披露する。


 ものの一瞬のうちに変化を遂げて、その外見はあっという間に最初に見かけた白猫の姿に。サヴァの鏡写しのような姿(※しかも、被毛に裸身で猫耳尻尾姿のまま)で動き回られると困るので、何かとごまかしの利く普通の飼い猫らしい見かけは助かる、が。


「私、さっきまで……」


 昨夜に出会った時の妖艶さを湛えていた〆。今朝に談笑した明るく快活な〆。そのどちらも“自分の似姿”だと雰囲気に呑まれて、サヴァはすっかり忘れていたらしい。今になってしゃがみ込み、気恥ずかしさに顔を隠す。


「ダンジョンがあったら潜りたい……」

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