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〆サヴァ ~招き猫とはじめる冒険者ギルド開業記~  作者: シロクマ
B面 冒険者ギルド開業記 リトライ

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記B9.リュード不動産商会と150万ウール

 サヴァはスケッチブックに筆を走らせる。

 幽霊屋敷こと高級娼館『月桂館』跡地を入手するという計画は利点と難点がはっきりしている。


 利点は、最上級の施設を破格の値段で買えるかもしれないということ。


 難点は、破格の値段になっているであろう理由の“妖怪”がとてつもなく手強いということ。


 この計画を遂行するにあたって、現状の戦力は〆とタタミン、その助手であるエルフ族のクオラということになる。並みの冒険ならば十二分だが、敵は強大だ。石化対策を講じるとしてもなお戦力は五分がいいところで、これではダメだというのが〆との共通見解だ。


 『勝つか負けるかわからない』というのは勝負事としては見ごたえがあってよろしくとも、商売としては下の下だ。猛獣は、よほど空腹でなければ同格の相手を襲わない。もし飢えを満たせても、反撃で手傷を負って狩りができなくなれば一巻の終わりだからだ。


 十割、勝つ。


 そう言えるだけの準備を整えて、いざ決戦に挑む。時間的な猶予は一週間しかない。


 冒険者ギルドのオープンには〆と出逢った段階で残り三ヶ月であったが、開業準備期間を二ヶ月間と見積もると土地建物と資金の都合をつけるのに許された期間は残り二十日ほど。

 サヴァと〆は決戦の準備に奔走することにした。




 第一に必須なのは、娼館『月桂館』跡地の購入である。


 跡地の所有権を得ずには商いをはじめられず、得ても幽霊屋敷の妖怪をどうにかせねばならぬ。

 商売こそがサヴァの主戦場だ。


 サヴァは〆を伴って、『月桂館』の現在の所有者である不動産屋を訪ねることにした。




 

『リュード不動産商会』


 と看板を掲げたグリズリア有数の不動産業者は三つの支店に、大きな本店を構えている。


 商業区の二等地に建てられた三階建ての本店は質実剛健な石造りに飾り気は少ないものの、落ち着いた内装で上品な接客、ゆったりとしたテーブル席で相談員が客とやりとりをしている。


 土地建物の購入や売却だけでなく、賃貸住宅の提供など幅広く起こっているこのリュード不動産はしかし順風満帆な経営ではない。五年前の災害によって失われた建物の資産価値は膨大であると共に、街を出ていく人々から買い取った不動産が経営を圧迫している。その一方、復興によって需要が再燃しつつある今、失われた資産を補おうと躍起になっているのだ。


「こちらの紹介状を、どうぞお納めください」


 【新大陸冒険者ギルド協会】の紹介状を受付人に示せば、すぐにサヴァは個室に案内された。


 少女と猫一匹という冷やかしめいた絵面に、不審がっていた店員が「少々お待ちを!」と大慌てするさまを、〆は「そりゃそーだ」とけらけら笑う。


 しかし応接室にやってきた相手の衝撃に、今度は〆が面食らってしまった。


 でかい。


 このグリズリアでは竜人種をちらほら見かけるが、サヴァの二倍近い体格の大きな竜人には流石に〆も度肝を抜かれていた。隻腕に片角という名誉の負傷は元冒険者といった経歴を、それでいて上位商人らしい洒落た帽子にポケットの多いチョッキ、整った身なりは気品や聡明さを演出する。


「お初にお目にかかる、私はリュード・ウルザード。我が商会にようこそ」


 紳士的な物腰はリュードの怪物じみた外見の恐ろしさをすぐに打ち消した。

 社交辞令的な挨拶を済ませ、サヴァは本題を粛々と語り聞かせた。


「そちらとしても負債に近しい『月桂館』の買い手がつく分には渡りに船と存じます」


「負債、ね。なぜそう考えるのかな」


 竜人の髭を撫でながらリュードは値踏みするような眼差しでサヴァを見下ろす。


「固定資産税です。昨年度からグリズリア市政は、災害復興にあたっての固定資産税の減免措置を撤廃しています。被災建築だからと税金が免除されているうちは放置できても、これからは所有しているだけで豪奢な建築物と広い敷地に相応の税金がかかります。これは負債に他なりません」


「ははは、容赦のないお嬢さんだ! 市長の温情がもっと長続きしてくれればよかったが、確かに、復興が進んで地価が上向いてきたとみるや特別措置はここまでだというのは仕方がない話だね」


「そこでリュード氏、貴方はレオハンズ冒険院に依頼しましたね」


「驚いた、そこまで調べてきてるのだね」


 〆はくわぁ~とあくびを噛む。商人ふたりの丁々発止の駆け引きに出る幕がなくて暇なのだ。


「依頼は二回、いずれも失敗――生還者なし。現在も依頼を出していらっしゃるようですけれど、報酬と難易度が釣り合っていないことは明白ではないでしょうか」


「……ふむ、言ってくれるね」


 リュードの苦々しい表情は並みの胆力なら臆するべきところだ。しかし嫌がることを言ってはいるが、これは彼にとっても損な話ではないとサヴァは攻勢をかける。


「冒険者として偉大な功績を礎にして今日がある貴方はおわかりになるはずです。依頼人は、不適切な依頼情報を元に、冒険者を予期せぬ危険に晒してはならない。不誠実な依頼人はいずれ信用されなくなる。――いつまでも犠牲になった冒険者が遺体すら帰ってこないのでは、それこそ、リュード氏の大商いにとって重大な負債となるのではないでしょうか」


 リュードの眼が鈍く輝いてみえた。

 たかが小娘が調子に乗って、感情を逆なでするようなことを言ってのける。それでいて正しい。


 少々危ない橋を渡っているとサヴァも自覚はあるが、しかし彼は大商人だ。一過性の感情に任せて判断を見誤るようではこの地位にはいない。


 リュードは獣骨のひとつやふたつゆうゆうと噛み砕きそうな顎戸を開いて、丁寧に問う。


「その口ぶり、つまり貴方はこうおっしゃるわけですね。私には解決策がある。未帰還の冒険者をも救い出す術がある、と。それはぜひ聞かせていただきたいものですな」


「それは企業秘密というものです。私は冒険者ギルドを新規に立ち上げるのですから、相応の人脈がある、とだけ申しましょうか。重要なのは――私にとっても貴方にとってもこの商談は実りあるものだということではないでしょうか」


 サヴァは悠々とそう口にするが、内心、胸が張り裂けそうなほどに緊張している。

 心を落ち着けるために膝上の〆を撫でさすって、余裕ぶる。小娘と侮られてはいけない。これから成功の階段を駆け上る、新進気鋭の若者として振る舞うのだ。


 リュードは顎に手を当てて、深く悩む素振りをみせ、そしてふと窓の外を見やった。


「グリズリアの復興は目覚ましい。平穏と停滞の時代が悲惨に終わって、急速に発展を遂げていく最中にあります。今ある財を惜しんで腐らせている場合ではない。――いいでしょう、『月桂館』をお売りしましょう。ただし値段は、私が――」


 そうリュードが主導権を握ろうと計算道具を手にした矢先、サヴァは〆の尻尾を掴んで宙吊りにして逆さに振った。いきなりの奇行にさしものリュードも面食らう。


 一枚、また一枚と金貨が猫の口から溢れ落ちていく。


 呆気にとられるうちに積み上がった金貨の数は、じつに約五十枚ほど。大商人のリュードとて、現金150万ウール相当の金貨には息を呑んだ。手にして確かめるが、当然ながら本物だ。


「これは……」


「現金一括払いで150万ウール、こちらが用意できる最大限の金額です」


 リュードの商売は資産価値としては多大な財産があっても、現金は常に心許ないものがある。買い手がつかず、焦げついた資産を手放して現金を得る。本来の資産価値は3000万ウールの物件、二十分の一の値段といえども、これで毎年の税金や幽霊屋敷問題にも蹴りがつく。


 リュードは忙しなく計算道具を弾いては試算を重ね、そして膝を打っては負けを認めた。


「――商談成立、と致しましょう。いささか悔しいですがね」


「ありがとうございます、お互い、最後まで良い取引ができますように」


 対等に握手をかわして、サヴァとリュードはここから詳細な契約の打ち合わせに入る。

 〆は大半が空っぽになってしまった金貨入りのおなかをさすりつつ、大商談をまとめてみせたサヴァのことを誇らしげに見守ってくれていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作もいよいよ終わりが近づいて参りました。最後までお楽しみいただけるよう完走目指して頑張りたいとおもいます。

よろしければ感想、ブックマーク、評価等いただけますと今後の励みになります。(人目にも触れやすくなりますので、他の人にも読んでみてほしいと思えるならぜひに。さほどでなければ気にせずに)


余談ですが、月桂館の3000万ウール(日本円換算3億円)という資産価値はあくまで本来のものであって、実際は住み着いた妖怪のせいで売却不能の状態。なおかつ元が高いので税金は待ったなしにとられる問題児なのです。

価値は高いのに赤字しか生まない厄介な商品を、買い叩かれたとはいえ手放せたので損切りとしてはwin-winなわけですね。

そのせいで軍資金はもう雀の涙なわけですが、どうなることやら。

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