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記A2.金貨は天下のまわりもの

2021/09/20 旧第一話を推敲して新第二話として書き直しました。

      「地下室⇒夢⇒宿屋」という構成が「夢⇒地下室⇒宿屋」というEP構成になっています。

      起きた出来事には変更がありません。

「売っても50ウール……かしら」


 瓦礫の中より救い出されて開口一番、白猫の置物は50ウールと値踏みされてしまった。

 失礼千万である。


挿絵(By みてみん)


 この煤まみれの人間の少女は薄闇の中、五年ぶりに掘り出された“お宝”の価値をまるで読み違えてしまっている。年齢は十四、五才ほどか。世間一般にはもう大人の仲間入りを果たしたとみられてもいい年頃であるが、その審美眼はお子様そのものだと言う他にない。


 それはもう確かに、あれから五年という歳月を瓦礫の下に埋もれていた骨董品なのだから多かれ少なかれ薄汚れているだろうが、それは磨けばいいだけのこと。50ウールと呼ばれたモノは憤る。


 が、ここで“しゃべる”のは考えものだ。

 もし喋ってしまえば、否応がなく、この少女と縁ができる。不用意には動けない。


 薄暗い瓦礫まみれの地下空間、頼りはカウンター机の上に置かれたランタンの灯りひとつ。


 黒。

 渦巻く黒。

 暗闇の中にあっても明確に、猫の目は、少女の纏っている不吉なオーラを見抜いていた。


(何者でやがる、こいつ……)


 少女は白猫をランタンの隣に置くと、またなにかを探し回っていた。

 やがて部屋隅の木床に“目印”として十字傷が施されているのを見つけた少女は、取り出したナイフを使ってどうにかこうにか床板を剥がして、その下に隠されていた小さな宝箱を見つける。


「本当に、あった……」


 光源を求めてランタンのそばに戻ってくると、少女は白猫の置物のすぐ隣に宝箱を置く。

 鍵を手にして、箱を開く。


 キィ……と木製の箱がゆっくりと開く音に、思わず猫もなにがあるのかと興味を抱く。


 小さな宝箱には袋がひとつ、その中にあったのは――金貨だ

 ひとつ、ひとつずつ。

 金貨が一枚、二枚、三枚……。銀貨もある。


 小銀貨一つの価値だとて、50ウールという二束三文の置物とは比べようもない値打ちだということは猫にもわかる。大金を前に息を呑み、慎重に数えている少女の表情を見ていれば察しがつく。


 この瓦礫の中から隠された金貨銀貨を見つけたというのに、なぜか少女は喜ぶ素振りを見せない。

 これだけの大金を前にして、どこか物悲しそうだ。


「二十二、二十三枚……」


 靴音。

 薄闇の中、カツン、カツンと足音がゆっくりとこちらに近づいてくるではないか。

 少女は麻袋に金貨を放り入れて、さっとカウンター机の下に隠す。


(今度は何だ、あの薄気味悪い男は……)


 黒い革靴、黒いコートの男がゆっくりと地下室に降りてきた。

 細身ですらりとした佇まいは枯れ木のような不気味さを湛えている。コートの内側に二対の帯刀という装いは、少なくとも人畜無害な庶民といった風体ではない。

 粘りのある、まとわりつくような声色で男はさもやさしげに言葉する。


「サヴァさん、ここにいらっしゃったんですか」


 顔立ちは狐のようにシュッとして。細やかな目元に整った顔立ち、笑顔がどうにも薄気味悪い。


「サヴァ=バッティーラさん、ですよね? 私です、オリーブですよ」


 少女――サヴァはおそるおそる立ち上がって、オリーブと名乗った黒服の男と対峙する。

 緊張に、ぎゅっと掌を強く握った。


「オリーブさん、今日は一体、何の用件でいらっしゃったので……?」


「ただの見回りですよ、このグリズリアという街は震災以降ずっと人手不足ですから私はこうして“ギルドの依頼”として市長のお手伝いをしているわけです。ほら、多いんですよね泥棒さん。家財を置き去りにしたまま街を去ったり、金品を手にしたまま亡くなって未だに見つからない犠牲者だって少なくはない。こんな廃墟に灯りがあれば、気にもなるでしょう?」


「……お仕事、ご苦労さま、です」


 安心させようという親しげなオリーブという男の物言いに、サヴァは警戒を解かずにいる。

 出入り口はたったひとつ。

 背後には金貨のつまった麻袋があり、誰も訪れない地下室、武装した男とふたりきり。

 両者の関係性は定かでないが、ひとつ間違えば、どうなるかわかったものではない状況下だ。


「先日にもお伝えした通り、ここは再開発指定地区。近く、一帯を取り壊してしまうわけですよ」


「……」


「市長の手厚い計らいにより移住費用もきちんと支払われていることですし、あなたも同意したはず。サヴァ=バッティーラさん。度々こんな危ないところをおとずれて、怪我でもしてしまっては私の職務怠慢を問われかねないのですが」


「……はい、今後は気をつけます」


 サヴァはうつむきながら従順に返事する。まるで嵐や雷鳴が去るのをじっと我慢するかのようだ。

 オリーブの表向きの言動は何ら不審ではない。依頼を受け、武装し、廃墟となった街を見回るという治安活動なのである。それをサヴァは恐れてやまない。


 白猫の置物は、地下室で眠りながらにして、外の話し声には聞き耳を立てて過ごしてきた。

 そう、怯える理由には心当たりがある。


『命拾いの法』


 生死の危険を伴うような法と治安の及ばぬ領域において、死者の遺品を得るための法律らしい。

 それが大金であったとて、ちゃんと手続きを踏めば、発見者は死者の遺品を公に手にすることができる。そういう法だ。そのちゃんとした手続きとは、状況や経緯を報告すること、遺体の埋葬や遺髪の納品など。死者を思いやり、遺族に報いること。円滑な、例外的死者への施しだ。


 そう、逆に言ってしまえば、手順さえ踏めば――。

 つまり、今ここで“悪いこと”をすれば、あっさり大金が得られるわけだ。


『グリズリアの骨数え』


 五年間、度々その名を聞いた。

 瓦礫の中に埋もれた『お宝』を求めて、遺骨を探す生業。それがこの男の仕事なのだろう。


(五年前……か)


 災禍と復興の街、グリズリア。

 五年前の夏、グリズリアという街は五十年に一度という規模の【魔震災害】に見舞われた。、人口の二割の死傷者、建築物の三割の倒壊や損壊、爪痕は色濃く、未だ復興のさなかにある――らしい。


 魔震災害は、地下深くに眠る次元断層の“ズレ”によって生じた異界との摩擦による自然災害だ。地下空間に突如として生じる異界空間は地上に激しい振動をもたらし、地下インフラや地上の建物の破壊を招く。さらに地下の異界空間からは“この世界にあらぬもの”までもが時に迷い出ては人々に害をなすというものだ。


 白猫の置物は、この時、この世界に流れ着いてしまった漂着物というわけである。


 魔震災害の発生直後はもはや街を捨てるのもやむなし、と移住する者も続出した。

 ピーク時には人口の六割減にまで至ったものの、一転してグリズリアは復興への道筋を辿る。

 魔震災害は甚大なる災禍なれど、百害あって一利あり。地下の異界空間は、未知なる可能性を秘めている。この世界では古来より、危険を顧みず、そうした異界空間の財宝を目当てとした探索者――即ち、冒険者といわれる生業が根づいていた。


 将来的な探索需要を見越しての復興計画は進み、五年目となる今、人口は回復傾向にあり、大きな産業を求めて新たに移り住むもの、疎開していた移住者の帰還も相まって、グリズリアは復興の街として名を知られるようになる。


 これが白猫の置物が聞き及んでいる、このグリズリアという都市の五年間だ。


「ところで……その“跡”は何ですか?」


「あっ」


 金貨を隠すのに手一杯だったサヴァは、今しがた剥がした床板の痕跡を隠すのを失念していた。

 とっさになにか言い繕おうと言葉を探すも、動揺を隠せていないようだ。

 オリーブの眠たげな、それでいて鋭利な視線が冷たく突きつけられる。


「何を隠しているのです? サヴァさん、貴方はこの建物の元所有者ですが、ここはすでに市政の管理下にあります。なにかを探し当てたとして、その正しい所有権が無いというのであれば、それはきちんと届け出るべきだとは思いませんか?」


「これは、その……」


 カウンター机の裏に隠した金貨袋を気にかけたサヴァの視線を、オリーブは見逃さない。


「おや、これはこれは」


 にやり。薄っすらとオリーブは口元を歪める。

 足早につかつかと近づき、サヴァの隣をすれ違い、男はその手を伸ばそうとする。


「なんとも愛くるしい“招き猫”ですね」


 オリーブは白猫の置物を、芸術品を審美するように、あるいは愛玩動物を愛でるように触れる。

 銀貨一枚にも満たないとサヴァが評価した置物に、オリーブはいかなる価値を見出しているのかは当人のみぞ知るところ。金貨に気づかれなかったのは何とも彼女には幸運だろう。


 ぽかんとする少女。

 夢中になる男。


 もし、白猫がただの置物であるならば、このまま嵐は過ぎ去ったのやもしれない。

 

「気色悪ぃってんだろ、こんにゃろめ!!」


 痛烈なる猫ドロップキック。

 暗澹とした地下室の淀んだ空気を豪とかき乱す一撃。他ならぬ白猫の置物が、生きた猫に化けて、あたかも人間の体術を真似るように蹴り浴びせていた。


 顔面に直撃を受けた男はよろけてバランスを崩し、足元の木樽のジョッキにつまづいて瓦礫の上に腰を落とす。サヴァもあまりの出来事に、ひとりでに脱力して尻餅をついていた。

 無理もない。飾り物の猫が動いて、喋って、ドロップキックをかましたのだ。


「てやんでえ! こちとら数年ぶりに掘り出されたってのに、綺麗に飾ってもらえるかとおもえば気安くべったべた触りやがって! 嫁入り前の“レデイ”に何しやがる!」


「……おどろきました」


「私も、です」


 呆気にとられるふたり。

 白猫はカウンター机の上で仁王立ち。ふたりを見下ろしながら怒声をあげる。

 吠える。咆哮する。


「“物”は大事にしろ!!」


 喝と、そう叫んだ拍子にランタンの灯が消えて、地下空間が真っ暗闇に包まれる。


「面妖な猫さんですねぇ」


 すかさずオリーブは切光石を折って床に転がす。バッとまばゆい光によって室内が満たされる。軽やかに階段を飛び跳ねて去っていく白猫を、オリーブも追っていく。


「……ない!」


 去りゆく白猫の耳に、少女の叫びが届く。

 麻袋に入っていた金貨銀貨はほんの数枚、床に散らばるのみで跡形もなく消えている。

 暗闇の中、それを成し得たのは他ならぬ白猫のみ。

 これぞまさに泥棒猫である。

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