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「皆さま、ご覧になって」


「あら、何ですの?」


「今、庶民の間で流行っているそうですわ」


 私が手に持つのは一冊の恋愛小説。

 平民から貴族になった男爵令嬢が王子様と恋をして、最終的には結ばれる婚約破棄物語だ。


「身分を超えての本物の愛、素敵ですの。ぜひ皆様も」


「ミレイユ様がそう仰るなら!」


「ええ、私も読んでみますわ」


 今回同じテーブルにいるのは上位から下位の貴族。

 爵位が違いすぎる者は滅多に同じテーブルにならないが、今回だけは特別に用意した。

 貴族界に幅広く浸透させるために。



 しばらくして、貴族の間で婚約破棄小説が流行り出した。







「ルーク、お義姉様の胸の大きさ分かる?」


「……どうしたのですか?」


「いいから、知ってる?」


 ルークとの距離はほんの少しだけ、ほんの少しだけ前より近くなった気がする。


 一度抱きついたら少しだけ怒られたけれど、拒否はされなかった。


「……アグネス様は6と申しておりました」


 胸の大きさは1から10までサイズがある。


「そう」


「ですが、必ず1は盛っていると思うので実際は5でしょう」


「……そう」


「ですが、外にお出になられる時は詰められるので、6かと」


「ややこしいわね……」


 それなら3か4ほどサイズを落とせば良いのかと先日密かに仕入れた布を持ち出した。


「お嬢様、それは?」


「ルーク、ちょっと手伝って欲しいの」




「お嬢様、本当にやるのですか……?」


「もちろんよ」


 先ほどの布を持ったルークは動揺を隠しきれていない。


「ねぇ、知ってる?」


 なかなか動かないルークに私は話しかける。


「私の婚約者はね、変態なの」


「はい……?」


「殿下はね、私といるときは大抵胸しか見ないのよ」


 つい先日までその人との結婚を諦めて受け入れようとしていた私が馬鹿みたいだ。


「婚約破棄への一歩なの、分かった?」


「お嬢様、やはりいけません」


「……ルークと一緒にいられるのならこれくらいやるわ」


 ルークは私の瞳を心配げに見つめる。


「……だからと言って無理はさせる訳にはいきません」


 彼はどこか婚約破棄なんてこと夢の話だと思っているのかもしれない。


 だが私は絶対にやり遂げてみせる。


「ねぇ、ルークお願い」


 前を向いたまま彼にお願いをすると後ろでため息が聞こえた。


 ふと、手を回され私は後ろに倒れ込む。


「へ……?」


 温かな体温が薄着の私を温めていく。

 私は、確かにルークの腕の中にいた。


「え、えっと……ルーク?」


 心臓がドクドクと音を立て、顔が熱くなってくる。

 どうしようもなく恥ずかしかったけれど、それよりもここにいれば何があってもルークが守ってくれるのだという安心感があった。


「ミレイユ」


「は、はい」


 未だに慣れない名前呼び。

 耳元でたった一言囁かれるだけで頭がクラクラしてきそうだ。


「辛くなったら必ず言う。それを約束して」


「……分かったわ」


 声の震えがバレないように小さく返事をする。


 いつまでこのままなのだろうかとそっと横のルークの顔を見つめると、目を瞑ったまま何かを考えているようだった。


 私としてはずっとこのままでも良いのだけれど、あまりに長すぎるとお茶会に遅れる。


 それでもきっと今だけだとこの状況を堪能していると、何かを決意したようにルークは目を開いた。


「それではやりましょう」


 いつもの敬語に戻ってしまって少し残念だけれど、今日はこれで十分だ。


「ええ、お願い」


 体に彼の手が伸びて、胸に布が回される。

 そのまま後ろに引っ張られる。


 痛みが出ないようにかルークは少しずつ引っ張ってくれる。


 いつでもどこでも優しいのがルークだ。


「……今日はそのくらいで」


「畏まりました」


 いつもより少し息苦しい私の胸は布がしっかり巻き付いていて、いつもより小さく見える。


「お嬢様、息苦しくはありませんか?」


「大丈夫よ」


 嘘だった。






「コートニー公爵令嬢、実は婚約者のことで相談が……」


「貴方の婚約者は……伯爵令嬢のエレナ様だったかしら?」


「は、はい。実はもう少しで彼女の誕生日なのですが、何をプレゼントしたら良いのか分からず……」


「そうね、エレナ様ならサファイヤがお好きですので、アクセサリーをプレゼントしては? あとはエレナ様は……」


 私は今、高位貴族たちの男性に囲まれている。


 この貴族界では政略的な婚約が多いとは言え、なかなか婚約者を大切にする人が多かった。


 そこで私はその方の婚約者様の情報を伝えている。


 決して私が情報を流していると言わないことを約束して。


 側から見れば私は今、高位貴族を侍らせているように見える。

 今はまだ「ミレイユ様なら何か理由があるのですわ」なんて言われているが、そのうち見方は変わってくるだろう。

 でもそれで良かった。


「コートニー公爵令嬢、相談に乗って頂くことは……」


「もちろんですわ」


 満面の笑みを浮かべて私は頷いた。


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