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「ルーク、だいすき!」


「ありがとうございます、お嬢様」


 私がそう言いながら抱きつくと、ルークは優しく頭を撫でてくれる。


 私の専属執事であるルークは私にとってどんな宝物よりも、家族よりも大切な人だった。


 母が亡くなり、父が後妻を迎えたことにより屋敷での私の居場所は無くなった。

 父は私を放置して新しい妻とその妻との子、私のお義姉様を溺愛し始め、当然の如く私は新しく来た2人に嫌われた。


 使用人たちも小さな子供より奥様側について私に数々の嫌がらせをした。


 食事が運ばれることは無かったし、湯浴みの手伝いをして貰うことなんてなかった。


 そんなときでも私の側にいてくれたのはルークだった。


「私はいつでもお嬢様の味方です」


「……ほんと?」


「本当です」


 私より一つ年上のルークは美しい黒髪の天使のような執事だった。

 廊下を歩けばメイドたちがその美しさに頬を染め、義母や義姉の印象も良かった。

 そんなルークが味方だったからこそ、私は餓死をすることもなく、今日まで生きて来れたのだ。





「ルーク、これはどうするの?」


「これはですね、この式からこちらの条件を導き出します」


 ルークは教えるのが本当に上手かった。

 義母の息がかかった家庭教師は皆必要以上に辛く当たり、私は耐えることができなかったのだ。

 そんな時に私に勉強を教えてくれたのはルークだった。

 スラスラと数式を書いていくルークの手は私よりも大きくて、とても綺麗だった。


 その真剣な眼差しも、度々私に問いかける優しい声も、全部全部大好きだった。





「ルークゥ……、どこに、行ってた、の?」


 ある日、お昼間に寝てしまった私が目を覚ますと、そこにルークはいなかった。


 大きな部屋に一人、もしかしたら私を置いて行ってしまったのかもしれないと不安になって泣き出した私の元に、ルークは帰ってきた。


 この時から既に私はルークに依存しきっていたのだ。


「申し訳ありません。少し出ていまして」


「いなくなっちゃったかと思ったじゃない!」


 私はルークに抱きついて子供みたいに泣いた。子供だったけど。


 ルークはそんな私の背を優しく摩りながら、私が泣き止むまでそのままでいてくれた。



「私がお嬢様から離れることはありません」




 私が住む屋敷は貴族街にある。

 貴族街、即ち、隣の家も貴族なわけだけれど、どうやらルークは隣の家の引退した騎士団長様に気に入られたようで、剣の指導を受けていたと。


 ルークがいなくなってしまうのは悲しかったけれど「お嬢様を守るためです」と言われてしまえば、拒否することは出来なかった。






「お嬢様、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ」


 成長したルークは正真正銘の美青年になっていた。

 今では廊下を歩けば昔と違う意味でメイドが頬を染め、義母も義姉も目を輝かせる。


「まだ熱があります。もう少し寝ていてください」


「そうね」


 ルークの大きくて冷たい手が額に当てられ、それがとても気持ち良い。


 その美貌に至近距離で見つめられて、熱とは違うことで顔が赤くなってしまう。


 身長は昔からルークの方が高かったけれど、今ではもう軽く見上げるほどになっていて。

 隠居している騎士団長の鍛錬のお陰で細く引き締まった身体をしている。

 他の屋敷からわざわざメイドたちが見に来ると言うのも頷ける。


「……もう少し、いてくれないかしら」


 立ち上がろうとするルークに私は手を伸ばしていた。

 こんな子供みたいな我儘で困らせたくなかったけれど、熱があるのは確からしく、誰かに頼りたい気持ちだった。


 そんな私の言葉にルークは極上の笑みを浮かべて頷いて、再びベッドサイドに腰掛ける。


「お嬢様がお望みなら」


 そう言いながら優しく頭を撫でてくれる。


 私はそっと目を閉じた。


 こんな日々がいつまでも続いてくれれば良いのに。






「ルーク!!」


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 王宮でのお茶会の後、私は自室に飛び込んだ。


「ルーク、どうしましょう!」


「どうしようもなにも……ご婚約、おめでとうございます」


 そう言ってルークは綺麗な礼をした。


 迫り上がってきていた色んなものがシュンと奥に戻っていく。


 その声、表情、雰囲気に私は壁を感じた。


「……ルーク……」


「お嬢様、お疲れでしょう。着替えを」


 お茶会に行ったら、いきなり他の令嬢たちと一列に並ばされて、金髪の身なりの良い綺麗な人がやってきたかと思えば「こいつ」それだけ侍従に言って私は第二王子の婚約者になってしまった。


 何故私が選ばれるのか訳が分からなかったけれど、それは簡単に殿下が教えてくれた。


「おまえが一番綺麗だったから」


 私はいつまでもルークと2人だけの世界で良かった。

 家族もいらない、財産もいらない、ただルークが私の一番近くにいてくれたらそれで良かった。


 それなのに……。


 分かっている。

 ルークが殿下の婚約者に選ばれた私に適切な距離を取ろうとしていることくらい。


 今までが近すぎただけであって、本来年頃の令嬢の世話は侍女がやることであり執事は関わらないことも多い。

 それでも、一番大切な人を失った気分だった。


「お嬢様の髪は本当に綺麗な亜麻色ですね」


 こんなことなら、美しい髪なんていらなかった。


「とてもお似合いです」


 こんなことなら、可愛らしいドレスなんていらなかった。


 今更後悔してもどうにもならないというのに、悔しくて仕方がない。


「お嬢様は美しい方です。自信を持ってください」


 美しさなんていらなかった。


 ただ、あなたと一緒にいたかっただけなのに。



「お嬢様、着替えを」


「……えぇ、分かったわ」


 ルークは私に向かって控えめに微笑む。


 何でもないふりをしようとしても、笑顔が引き攣ってしまう。

 気を抜けば泣いてしまいそうだった。


 私は、ルークが好きだったんだ。


 家族や兄弟に感じる好きではなくて、人として、ルークが好きなのだと。


 一緒にいたいと思うのは子供の時からの癖ではなくて、きっと恋をしていたから。


 未来のことを考えた時、必ずと言って良いほど隣にルークがいたのはきっと彼を愛していたから。


 幸せだった日々に亀裂が入った時、ようやく私は気がついた。







「ルーク、後ろの紐、解いてくれる?」


「畏まりました」


 着替えを1人でするようになった私も出来ないことは仕方がない。


 ルークが後ろに立つ気配を感じ、私は立ったまま時間が過ぎるのを待つ。


 こんなに近くにいるのに、あの日からどこか距離は遠くなってしまった。


 昔のように抱きつくことは出来ないし、頭を撫ででくれることもない。

 要は、触れなくなったのである。


 当然のことだと言い聞かせても、寂しくて仕方ない。


「お嬢様、できました」


「ありがとう」


 振り返ってお礼を言うと、ルークは軽く微笑んで出て行ってしまった。


 あの変態王子は胸しか見ないのに、ルークは私が下着に近い状態でいても表情ひとつ変えない。


 そんなに魅力が無いのかと落ち込む。


 この胸も好きな人に何とも思ってもらえないならただ肩が凝りやすいだけの不良品だ。


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[気になる点] 文章の途中の  ⚪︎❤︎⚪︎ が気になって話の流れが途切れてしまいます。
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