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白鷺の乙女たち 第二部  作者: 21。
私と貴女
1/2

秋音と千鶴 1

木々に雪が残る山道を一台の車が走っている。

自宅を出てかれこれ一時間くらいだろうか。運転する母の隣でもう見飽きてきた風景をぼんやりと見つめる少女が1人。

焦げ茶色の後ろ髪は肩の下までまっすぐに伸び、一掴みほど両肩の前に垂らしている。前髪が少しかかっている目は、今は少し眠そうだ。


「秋音はいつぶり?」


辻秋音(つじ あかね)は母の問いかけに“んー”と間延びした声を発した。


「たぶん…中2のお盆かなぁ」

「あぁ、そんなに前だった?」


向かっているのは母方の祖母宅だ。一緒に来るはずだった父は会社から急な呼び出しがあり、行けなくなってしまったのだが、傘寿の祝いのためである。

そして、今回の訪問には別の目的もあった。

どこかぼんやりとしたままの娘を横目に見て、母は溜め息をついた。


「しゃんとなさいよ。白鷺に合格しましたって信じてもらえないわよ?」


秋音は受験を無事に終え、先日白鷺学園高等部の合格通知を貰ったばかりである。

その報告を兼ねての訪問なのだ。


車を走らせてしばらく、古い日本家屋が姿を現した。

広がる田園風景、ぽつりぽつりと並ぶ民家を見下ろすようにして建てられたそれが祖母の家である。

駐車場として使われているスペースにはすでに2台、車が止まっていた。

石畳を辿って門をくぐれば、L字に作られた邸宅に形の整えられた松や紅葉、池が設えられた庭園。


「あら?姉さん!お久しぶり!」


家に入った2人を出迎えたのは中年の女性だった。秋音の記憶からは少し老けているその女性は母の妹である。


「あらあら、もう着いていたのね!元気?」

「えぇ、おかげさまで!あら、もしかして秋音ちゃん?大きくなったわね!」

「あ、こんにちは・・・」


最後に彼女に会ったのは小学校低学年の頃だと記憶している。こうも嬉しそうに見られては少し恥ずかしく、赤くなった頬を隠すように俯いた秋音の頭上でもう1つ声がした。


「ごきげんよう、伯母様」


その声に顔を上げる。それと同時に母は“まぁ!”と声を上げた。

ショートボブの黒髪にカチューシャ。落ち着いた色合いのセーターに膝丈のスカート、黒のタイツ。

その少女には見覚えがあった。


「千鶴ちゃん?まぁお久しぶりね!それに懐かしい挨拶!」


はしゃぐ母に彼女はにっこりと微笑む。従姉妹に当たる彼女に最後に会ったのもやはり小学校低学年の頃だった。確か正月だったはずである。

1つ上で、名前は千鶴。自分がもう15歳なのだから彼女も成長していて当たり前なのだが、少し違和感があった。


「ごきげんよう、千鶴ちゃん。うちの秋音、覚えているかしら?この子も春から白鷺学園に通うのよ」


突然背中を押され、2、3歩よろめきながら前に押し出された。

千鶴と目が合い、思わずそらしてしまう。だが彼女はそんな事など気にもしない様子でにこにこと笑っている。


「はい。母から伺いました」

「ぼーっとしてる子だから迷惑をかけるかもしれないけれど・・・面倒見てやってくれるかしら?」

「ちょっとお母さん!」


手のかかる子どものような扱いに思わず抗議の声を上げる。

その様子を微笑ましそうに見ている千鶴親子と比べ、あまりに幼い親子に見られているのではないかと秋音は恥ずかしかった。




「お母さん、幸子です」

「お入りなさい」


祖母の部屋を訪ねる時、母がいつもこうして廊下に正座し、入室の許可を得てから入るのを秋音は幼い頃から見てきた。

母だけではない、他の叔父や叔母もそうだ。そしてそれを見て育ってきた自分達孫もそうである。

母と共に中に入った秋音を見るなり祖母は目を細めた。


「お久しぶりだこと。よく来ましたね」


祖母の部屋は外の世界と時代が異なっているような気がした。

畳、書き物用の低い机。分厚い本が並べられた木製の本棚に丸く切り取られたような窓。レトロ、という言葉がよく合う気がした。

白髪をきちんと整え、着物姿で迎えた祖母は秋音の知る姿からまったく老いを感じさせない。


この祖母宅は母方筋の本家に当たる。

秋音や千鶴の母は嫁いだ身としてごくごく普通の生活を送っているが、かつてはこの近辺の領主であったという家柄だ。

“ただ古いだけだ”と祖母も亡き祖父も言っていたが、季節の節目節目に各所から送られてくる贈り物の品々を見るに未だその権力は健在なのであろう。

今は長男である叔父が家督を継いでいるが、実際に家を動かしているのは未だこの祖母なのだ。


背筋の伸びたきっちりとしたこの祖母のことを幼い頃の秋音は怖がり、なかなか近寄ろうとしなかった。

何か叱られたわけでもないのだが、最後に会った盆の際もやはり緊張して妙に汗をかいたのを覚えている。


新年の挨拶と傘寿の祝いの言葉を述べた後、母と祖母が会話しているのを秋音は黙って聞いていた。

だがその様子が気になったのか、祖母が言った。


「秋音と話したいわ。ちょっと外して頂戴」

「あら、わかりました」


突然のことに秋音はわずかに動揺した。だが無情にもそんな娘を残して母は部屋の外へ。途端に静まり返った室内で秋音は生唾を飲んだ。


「お久しぶりね、秋音。すっかり大人になったこと」

「あ、はい。ありがとうございます…」


嫌な汗が秋音の背中を伝う。何か上手く言わねばと考えれば考えるほど言葉が見つからず、沈黙が重くのしかかる。

祖母はどう思っているだろうかと盗み見てみるが、まっすぐに自分を見ている事実以外はわからなかった。


「白鷺学園に決まったそうね。おめでとう。お祝いはお母さんに渡してありますからね」

「あ、はい…。ありがとうございます」

「千鶴もいるのだから、助けてもらいなさいね」


その時、もやもやとした何とも言えない気持ちが秋音の心に吹き出した気がした。

なんとなく素直に“はい”とは言えずにいる孫に何かを察したのか祖母はふぅ、と浅く息を吐く。


「…あなたのお母さんは、深く考えずにものを言うことがあるから…あなたに余計な圧をかけてしまっているかもしれないけれど」


そして少し微笑んだ。


「あなたはあなたがやりたいように学園生活を送れば良いのですよ」


祖母は我が娘である秋音の母をよく分かっているようだった。

白鷺学園を受験する前、千鶴の入学が決まった頃からやたらと彼女を引き合いに出しては秋音を鼓舞しようとするのである。

しかし悪意がないのがわかっているからこそ、秋音は何も言えずうっとうしいという態度を取るしかない。


「……はい」


だが母が頭が上がらない祖母の言葉に、少し気が晴れた気がした。


「それにしても、懐かしいこと。白鷺学園…何も変わりはないかしら」

「え、お婆様も白鷺学園に通ってらしたのですか?」

「あらまぁ…お母さんはそういう所が抜けていていけないわね。我が家の女はだいたいが白鷺の出身ですよ」

「へぇ…」

「だからね、何も気負うことはないのです。みんなが通ってきた道なのですからね」


そう言って微笑む祖母の顔をみて、赤音は今まで怖がっていた自分を少し後悔した。

そして、これからはできるだけ顔を出そうと密かに決意したのである。


やがて他の親戚達も集まり、いつしか大人達は座卓を囲んで料理やお酒を囲んで盛り上がり始めた頃、秋音は1人その輪から外れて縁側に座っていた。

話に花を咲かせる大人達の周りではしゃぐ小学生からもっと幼い子ども達。そこはとても賑やかな空間ではあったが、あまり居心地はよくなかったのだ。

上を見れば親ほどの世代。下を見れば小学生かそれ以下の従姉妹達。話し相手もろくにいない。ひざ掛けをしてもやはり寒かったが、居心地の悪さに比べれば我慢できた。


縁側に腰を下ろせば、眼前には亡き祖父が大切にしていた日本庭園が広がっている。幼い頃には池の鯉に餌をやるのがこの家に来る楽しみだった。

祖母もまたこの庭園を愛しているのか、幼い頃と変わらない手入れの行き届いた庭は時が止まっているかのように見えた。


「ここ、いい?」


ふいに声をかけられて振り返ると、盆を持った千鶴が秋音の様子を伺っていた。

“うん”と首を縦に振ると、間に盆を挟んで隣に座る。盆には2人分の日本茶とシュークリームが乗っていた。


「紅茶、無かったの。これでいい?」

「あ、ありがとう・・・」


秋音に居場所が無いのなら、それは千鶴とて同じだということを忘れていた。齢が近い従姉妹はお互いにお互いしかいないのだ。

受験や絶対参加の学校行事などがなかった幼い頃、盆や正月、長期の休みなどにはここで会いよく遊んだものだったが、そうしなくなって幾年月、気づけばお互いに会えば時の流れなど無くしてしまうような齢ではなくなってしまっていた。

しばらくの無言の間、秋音は従姉妹の横顔を盗み見る。すっかり大人になった彼女になんと呼びかけたらいいだろうか。


「・・・ち、千鶴ちゃん」


馴れ馴れしいかと思いながら、幼い頃と同じ呼び方で呼んでみる。

すると彼女はそうすることが当たり前のように、“ん?”と振り返ったのだ。


「えっ、あ、ええと・・・」


だが、秋音は何も次の言葉を用意していなかった。気まずい空気をきっと千鶴も感じていただろうに、彼女は何もないような風で話を始めた。


「白鷺、合格おめでとう。受験お疲れ様」

「あっ!ありがとう」

「秋音ちゃんのお宅は少し遠いでしょう?寮に入るの?」


懐かしい呼びかけに安堵して自然と笑うことができた。


「うん。千鶴ちゃんは通い?」

「そうそう。歩いて15分くらいかな」

「生徒会に入っているんだよね?凄いね」

「私は凄くないよ。お姉様が生徒会の方だからそうなっただけで。あ、次の生徒会長なの」


その言葉に、一瞬胸が高鳴った。

“お姉様”。その響きは秋音にとってどこか甘美で夢心地にさせるような力を持っていた。

白鷺学園高等部に入学するとなれば、たった1人の親しいお姉様を見つけることに憧れを持つのはごくごく自然なことである。


「お姉様・・・」

「うん、お姉様」


はにかんで微笑む千鶴の様子から、彼女とそのお姉様の関係が良好であることが窺えた。


「学校、楽しい?」

「楽しいよ。わからないことがあったら聞きにきて?少しくらいお手伝いできることがあるかも」


その言葉でまだ見ぬ学園生活に抱えていた不安が少し解消された。

“うん”と笑うと、千鶴もまた笑い返す。

2人はその後、秋音の母が呼びにくるまでの数十分間、会わなかった長い時を埋めるように話に花を咲かせ続けた。


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