コンチェッタの見たもの
中央州は、混沌としていた。
正直なところ、もっと都会かと思っていた。東部は石畳の敷かれた街路を中心に、石積とレンガからなる店や住居が並ぶ。そこから少しでも離れると、舗装されない道があり、ゴシック的な、針葉樹を思わせる教会などが風景にとけこんでいる。
コンチェッタの住居は、鍛冶工房があるため市街地から少し歩いた先にあるが、自分の部屋から見える教会の尖塔は、幼い頃から馴染みのあるものだった。
中央州は、対照的だ。
東部からは、大きな馬車で移動した。
山を迂回して田舎道を抜けた頃には、コンチェッタをはじめ女子たちは長時間同じ姿勢を強いられたため、腰をさすり、肩を回していたが、そこでおろされたのは、重厚なのか、過剰なのかわからないが、四角い巨大な箱に銅像や装飾が付いたような、ごてごてした建物が並んだ場所だった。見た目は300年ほど前に建てられた様式だが、真新しいものが多い。
コンチェッタたちは、その中の1つの建物に案内されたが、州として独立する前に、権力者が財にものを言わせて突貫で作らせた建物だというのを、案内してくれた学生から教えてもらった。
その男子学生は、遠くから来た女子たちに少しでもいい印象を与えるよう命じられているが、真実は隠せないからと茶目っ気たっぷりに話してくれたのだ。
ユリウスという学生は、コンチェッタと同じ東部の生まれだという。頭が良く、母親がどうにか学者の道を選ばせたいと願ったところ、たまたま司祭が中央の大学に口を利いてくれたらしい。
若い人材が中央に集められているのは、集権化のためだろうと父から聞いていたコンチェッタは、臆せず政治についてユリウスに質問した。
女子は政治に疎いと思い込んでいたユリウスは驚き、また好感を抱いて知る限りの内情を教えてくれた。
政府は、駒が欲しいのだと。そして、優秀な駒の子種を増やす「腹」が欲しいだけなんだと、女子は、そのためだけに呼ばれた、とコンチェッタに伝えた。
コンチェッタに政治の全てはわからなかったが、父に大事に育ててもらった自分が、ただの道具にされるのは本意ではなかった。
しかし「腹」とはどういう意味か。
貴族や名士の間では、親が結婚相手を決める。そうして姻戚関係を広げるというのとは、違うのか。
また、コンチェッタは好奇心の強い娘であった。
ある時、一人で建物内を散策しているとき、奇妙な部屋を見つけた。厳密にいえば、奇妙な「もの」が沢山ある部屋。
動物か。
人か。
なにかのなれの果て。
コンチェッタが不意に奇妙な部屋へ引き寄せられたように、背後から彼女を呼ぶ声もまた、突然だった。
腕を引き、少し離れた廊下を歩きながら、ユリウスは困ったように、しかし、見つけたのが僕で良かったね、と、静かに笑った。
ねえ、あれは何?
犬かしら。
生きているの?死んでいるの?
矢継ぎ早に問うコンチェッタの唇を、ユリウスは優しく塞いだ。
それは17の娘には大層効果的で、同時にユリウスの背後を通る人影から彼女を隠してくれた。
しばらくして、足音が聞こえなくなるとユリウスは静かに話してくれた。
神が作ったものを、自分たちがよりよいものに作り替えることが出来たら、神になれると思うかい?
コンチェッタは首を傾げた。
もしくは、自分はよりよい存在になりたいと思うかい?
ユリウスは、コンチェッタをじっと見つめた。先ほどのキスを思いだし、少し頬を染めたコンチェッタは言う。
私は今のままでいいわ。
パパとママの子供だもの。
ユリウスは、微笑んだ。そしてそこから先は、ユリウスは話してくれなかった。
ともかく、東部から集められた女子のうち数人は中央に残ることとなったが、コンチェッタは予定通りに東部の、家族と親友が待つ町へ帰ることになったのだ。