リディの記憶
おぼろげな記憶の中でも印象深いのは、水の記憶。
真っ暗な水の中で、幼いリディの手を掴んでいたのは誰だったか。
貧しいながらも、母はいつも笑顔だった。
父が手綱を引く荷馬車に揺られ、さらに揺れる舟に乗せられた。月明かりもない海上で大きな船へ渡した板に、母とリディ、そして父が大人の胸に収まるくらいの木箱を抱え乗り移ろうとしたとき、波が舟を横から叩いた。
小舟はあっけなくひっくり返り、空になった。大きな船の乗組員は、身を乗り出してまず木箱に手を伸ばした。しかし母は懸命に小舟に掴まりながら乗組員にリディを差し出し、それを払いのけた乗組員は、自らの勢いにより海へ落ちた。
父の姿はもう見えなかったが、木箱が浮かんでいるのを見た母はそれに手をかけ、リディにしっかり抱えるよう促した。
数回、波が打ち付けてきたが、リディは母の教え通りに箱に必死にしがみつき、やがて浅瀬に打ち上げられとき、母の姿はすでにそこに無かった。
木箱はどこかにぶつかったのか穴が空き、そこから出てきたのは、猫より多少大きな獅子の子供。
彼は空腹により、まず眠っているリディの頬を舐めた。
当然ながら海水の苦さで驚いた彼は、そのままリディの服を咥えて陸地に引きずりあげ、乾くのを待った。
朝日が上り、リディの服や体は既に乾いていたが、獅子の子供も少し離れた場所で眠っていた。
するとなにやら獅子の足元に絡み付くものがあり、獣の咆哮で目を覚ましたリディは、そこに1匹の蛇を見た。獅子は締め付けられながらも手足を動かし抵抗し、蛇もまた何重にも巻いた自分の体に力をこめる。
リディは少しの間その光景に目を奪われ、獅子の悲鳴に我にかえると躊躇しながらも手近にあった石を蛇に投げ、獅子から遠ざけようとした。
それが外れ、蛇がリディに鎌首をもたげたとき、銃声がして蛇がするすると逃げた。振り向くと遠くには、大人の男性が2人。
銃弾はあえて外したようだが、動くものの1つが少女だったことに安堵と驚きの表情をしながらも、男性のうち、武骨な短髪の1人はリディに近付き抱き上げた。
獅子は今度、男性に吼えた。男性のズボンの裾を咬み威嚇をする姿は子を守る母のようでも、親を失う恐怖を抱いた子のようでもあった。
もう一人の癖毛の男性が獅子を抱き、リディに近づけると、安心したように獅子はその柔らかな頬を舐めた。
その日から、リディと獅子の子供は町で暮らすようになったのだ。