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第10章(3)

 今日はカツレツがメインだ。豚肉を切り、粉を用意する。注文に合わせて揚げていくと、香ばしい匂いがキッチンに広がった。

「今度、彼が帰省するのよ。そうしたらプレゼントを渡すつもり」

 カウンターには、アメデオとコンチェッタが並んで座っている。父の眉間にずっと皺が寄っているのは、先ほどからの話題がコンチェッタの彼氏についてだからである。

「ダメだ、許さん」

 いつもはアメデオも、コンチェッタの恋路に文句は言っても別れさせたりはしない。


 しかし珍しく、今回のアメデオは頑として譲らないようである。聞けば、元々彼の家は学校に通える経済力は無かったようだが、教会の手伝いをしていたところ勤勉さと聡明さが中央からきた査察の役人の目に止まり、大学へ推挙されたという。

「…別に構わないんじゃないですか?身元も確かだし、将来も保証されてるし」

 アージェンは、カウンターでしかめっ面をしながら酒を飲んでいるアメデオを、興味無さそうに横目で見、ついで廊下を見た。コンチェッタは食事を済ませるとリディを誘い、1階奥のリディの部屋に二人でこもってしまった。

「いや、気にくわない」

 やれやれ、と呆れるアージェンに、ジェルヴェが耳打ちした。

「出来すぎているとは、思わないか?」

「何がですか?」

「中央州でコンチェッタにひとめぼれしたエリート学生が、実は同じ東部の出身で…という」

 アージェンは肩をすくめた。

「ジェルヴェもなにか演劇でも見たんですか?女子にとっては物語のヒロインになったみたいなんでしょうけど、教育機関は中央に集中してるんだから、珍しいことじゃありませんよ」

 これ持っていきますね、と、アージェンは出来上がった料理の皿をトレイに載せて客席を回る。常連客は、また始まった、と苦笑しながらアメデオを見ていた。

「コンチェッタに、あいつは何か企んでるかもしれないから別れろって言うんですか?馬鹿げてる」

「でもな、大統領と狼のように、現れるタイミングが符合してないか?」

 はあ、とアージェンは戻ってくると深く息を吐いた。


「じゃあ俺は?」

 下げてきた皿をカウンターに置き、そのままジェルヴェを見つめた。他の客に聞こえないよう声を落とし、ゆっくりと話す。

「昔から、何故か俺がいるところに狼が現れる。俺が何か関係してるんですかね?」

 ジェルヴェは、一瞬何を言われているかわからず、眉をあげた。

「いや…そんなことは思っていないが…」

「蛇なんです」

 は?と、ジェルヴェはアージェンが突然その単語を出した意図がわからず、黙った。アメデオも酒を飲む手を止める。アージェンがジェルヴェを見つめているが、その切れ長の目に灯りが反射し、明るく光ったかに見えた。

「リディを襲った奴らは、蛇と書かれたメモを手にしていた。リディが蛇の、俺の鱗を持っていたから狙われたんだ」

 アメデオが、無言でジェルヴェを見た。視線が、話の内容がその通りだと言っている。言葉につまったジェルヴェの耳に、娘たちの声が聞こえて我に返った。

「父さん、今日、コンチェッタはうちに泊めていいんでしょう?」

 ああ、と返事をすると、二人はパントリーに入って飲み物を用意し、部屋にこもる準備を始めた。さっきまで、きっとコンチェッタはリディに彼氏の話をずっとしていたんだろう。リディも友人の幸せそうな様子を見て嬉しそうで、また昼間怖い思いをした娘には、友人の存在は救いになると思えた。

 アージェンも、そんなリディを見て、安心したような表情だ。しかしどこかしら辛そうでもある。恋人が目の前で襲われたのに何も出来なかったのが悔しいのはジェルヴェにも想像できた。


「ねえちょっと!ここで寝ないでよパパ!!」

 いつの間にか、アメデオは酔ってカウンターに突っ伏したまま寝てしまっている。寝言で娘の名を呼ぶ姿に、仕方ないなあとコンチェッタは微笑んだ。リディから借りた上掛けを父の肩にかけた姿は母性を感じさせる。

「母親に、似てきたな」

 ジェルヴェが呟くと、コンチェッタは寂しそうに笑った。


 結局、アメデオはそのまま起きなかった。

 コンチェッタはリディの部屋に泊まるため、アメデオは、空いている客室に寝かせることになった。

 職人ならではの厚みのある体格は、同じくらいの背格好のジェルヴェでも背負うのには苦労する。しかしアージェンはなんなく背負い、そのまま階段を上っていく。

「…すごいな」

「体格の良い男には、よく乗られてましたんで。面倒な時には逃げ出せるようにしてたら、自然と力が付いたというか」

 アージェンの冗談とも本気ともつかない話に、ジェルヴェは何も返せない。アージェンの寝泊まりしている部屋の向かいは、久しく宿泊客は入っていないが、定期的にリネンのチェックは行っているため清潔に保たれている。

 ベッドにアメデオを寝かせると、寝言を言いながら派手に寝返りをうった。ジェルヴェは部屋をざっと確認し、ベッド脇のテーブルにランタンを置く。

 ばさ、とアージェンの部屋から鷲が羽ばたく音がした。

「ああ…窓を開けていたから。そうだ、あいつの飯がまだだった…」

 少しすると、羽音は聞こえなくなった。アージェンはそのまま、ベッドに腰かけ、アメデオの武骨な手を見る。


「職人の手ですね」

「懐かしいか…?」

 アージェンがアメデオの家でそう言ったのだ。ジェルヴェは立ったままアージェンを見ていると、彼は少し瞑目し、ジェルヴェを見上げた。

「聞きたいですか?」

 自分の過去を、という意味だろう。ジェルヴェが頷くと、アージェンは思い出話をするように、ゆっくり話し出した。


::::::


「俺の育った村にも、鍛冶屋がありました。こことは大違いで、修道院が学校代わりではあったけど店は無くて、本当に昔話の舞台のようですよ」

西部の出身だというが、あちらは田舎で信心深い人々も多く、地域内の結びつきも強いはずだ、とジェルヴェは思いだす。

「鍛冶職人が村の人たちの生活のために工具を鍛え、それを使って採れた作物は鍛冶屋のもとへ還る。そうして小さな集落ながらも幸せに暮らしていて、子供の頃は、俺もそうして過ごしていました」

 時折、先ほど羽音が聞こえた自分の部屋のほうを見ながらアージェンはゆっくりと話し、ジェルヴェはそれに黙って耳を傾けた。


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