表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/43

第9章(2)

 宿屋に戻り鍵を開けて入ると、キッチンに食材が入った箱が置かれている。ジェルヴェは早速夕食の仕込みに取りかかった。


「おかえりなさい!」

 物音でわかったらしく、コンチェッタがリディの部屋から飛び出してきた。リディもあとから食堂に来て、アメデオに再び挨拶をする。アンリはカウンター下の定位置だ。

 帰る途中で買ってきたケーキをカウンターに置き、ジェルヴェは何事も無かった娘たちを見てほっとした表情をした。

「あれ?山には行ってないんだ?」

「ああ、お前の家の周りを案内してもらったら、時間が過ぎてな。良いところだな」

 アージェンが灯りをともしながら、にこやかに言う。

 そうよ、ちょっと道は悪いけどね、とコンチェッタは父親の前で軽くワンピースの裾をつまみあげ、足を少し前に出すと、真新しい白い靴がのぞいた。


「どう?」

「おお、可愛い靴だな。よく似合うぞ。さすが俺の娘だ」

 アメデオがコンチェッタの額にキスをする。

「リディは?何も買わなかったのか?」

「うん、特に欲しいのは無かったから…」

 ジェルヴェが聞くと、リディは笑顔で答えたが、コンチェッタは不満そうだ。

「リディにも似合いそうな靴があったのよ!綺麗な赤い色の靴」

「へえ、良いじゃないか」

 アージェンが言うと、リディは恥ずかしそうに俯いた。

「リディは足が綺麗だからな。今度俺が買ってやろうか」

 えっ、とリディが顔を上げるが、それがとても嫌そうな表情なので、アージェンは驚く。

「嫌なのか?」

「だって…そんなお金で買ってほしくない」

「そんなお金?」

 なになに?と興味津々で聞いてくるコンチェッタをやんわり制して、アージェンはちょっと考えるそぶりをした。

「…それは、どうしたものかな。ああ」

「…なに?」

 アージェンは自分の腰に下げた鞄から、何やら細かいものを取り出した。きらきらと光る半透明なものは爪くらいの大きさで、リディには見覚えがある。

「…あ」

 鱗だ。それを3つばかり、アージェンはリディに手渡した。

「たまに、変な風に剥けるんだよな…。昔、宝飾屋が珍しがってそこそこ良い値段で買い取ってくれたから、それを元手に好きな靴を買ったら良い」

 へええ…と、ジェルヴェとアメデオも繁々と覗き込むが、いまいち話の中身が掴めないコンチェッタだけは不満そうだが、貴重な天然石か何かだと勝手に納得したようだ。

「いいなあ、リディは。こんな気遣いもしてくれる彼氏なんて最高じゃない」

 彼氏、という言葉にリディは控え目に頷くと、アメデオの顔を見た。

「おじさん、これ、イヤリングにできる?」

 ん?と、予想していなかった答えにアージェンは少し驚く。

「どうした?靴が欲しいんだろ?換金した方がいいぞ」

「ううん、このまま持っていたい…だめ?」

 頬を染めるリディにアージェンが返事をする前に、アメデオがぽん、と手を打った。ジェルヴェはすでにわかっているのか、口を固く結んで余計なことを言わないよう自制し、そのままエプロンを身につけて、無言で夕飯の準備を始める。

「別にいいけどな…。靴よりこんなのが良いのか?」

 アージェンが意外な顔をしながらも承諾すると、リディは嬉しそうに笑い、キスをした。

 ジェルヴェは既に二人を見ないようにしており、コンチェッタは本当にわからず不審げな顔をするが、アメデオはにやにやしながら若い2人を見た。

「リディも案外ストレートだよな…変に言い繕わないところが良いところではあるが…うんうん」

「ねえパパ!私だけ蚊帳の外は嫌なんだけどー!」

「まあまあ、そのうちな。お前はまだパパだけの可愛い姫でいてくれたらいいから、な」

 コンチェッタは口を尖らせたが、すぐに父親に向かっていたずらっぽく笑った。

「残念でした!彼氏ができたって言ったでしょ?」

「…ん?ああ?!」

 突然思い出し、アメデオは間抜けな声をだした。すぐに父娘は言い争いを始めたが、アージェンは全く気にする様子もない。食事の準備をしている脇に寄り、ジェルヴェに話しかける。


「この肉の切れ端をもらっても?」

 ジェルヴェはアージェンがつまみ上げた肉を見て、ああ、と返事をした。

「ありがとう。ちょっとだけ部屋に行ってくる」

「あ、私も…」

 アージェンのあとから小走りで階段をのぼるリディを、コンチェッタが見上げた。

「彼の部屋は、2階なの?これから食事なのに何かするのかしら?」

「…そりゃあ、何かするんじゃないか?」

「そんなわけないだろう!」

 にやにやと笑うアメデオに、ジェルヴェはむきになって反論するが、きっと鷲に食事を持っていったのだと予想は付いている。夕べの狼の死骸には鷲の羽が付着しており、格闘に加わったのは明らかだった。


「…そういえば」

 アージェンは帰宅後、「俺じゃない」と言った。女を襲ったのがアージェンではないことは明らかで、ジェルヴェもそれに返事をしたのだが、わざわざ念押しすることだろうか。そして、狼を殺したのがアージェンというのは、むしろ明確だ。


「何が起こっているか、よくわからないな…」

 ジェルヴェは2階を見上げ、ため息をつく。アメデオはそんな友人に同情するように言った。

「まあな…しばらく降りて来ないかもな。なんだかんだ言ってする事してるんじゃねえか?」

 コンチェッタも興味津々といった様子で、ジェルヴェは急にそわそわし始めたが、その時2人が降りてきた。

「…父さん?コンチェッタも…なんだか落ち着きないけど大丈夫?」

 きょとんとしたリディの脇をすり抜け、アージェンは笑いを圧し殺しながら手早く皿やカトラリーを用意し始める。

 アンリが、あきれたように欠伸をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ