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第6章(3)

 それが伝わったのか、アージェンは固い表情を緩めた。

「リディ。お前は本当に…なんであの時布団を捲ったんだ?普通、客にはしないだろう」

 アージェンはリディのあわてふためいた様子を思い出し、眉間に皺を寄せた。

「眠いのに起こされ、裸も見られた俺が悲鳴を上げられ、ライオンをけしかけられ…。ああ、でもあれから俺の体に興味を持ったんだもんな?まさかこんなに積極的な女だとは思わなかった」

 アージェンはわざと、にやりと笑う。

「わ、私だって好きで見たわけじゃ!それに…なんで服を着てなかったのよ!」

「風呂を使ってそのまま寝たんだよ」

「でも!せめて下着くらい…」

 顔を紅くして反論するリディに、アージェンは少し決まりが悪そうな表情をして言った。

「服と擦れるのがいやなんだよ」

 え?とアージェンを改めて見ると、彼は服の上から面倒そうに自分の腕を撫でている。

「ただでさえ、皮膚の上にもう1枚付いてるから鬱陶しいんだぞ。外を歩くときは、暑くても全部締めて隠しておいたほうが無難だからな。脱げるときは、脱いでおく」

 その物言いにリディはおかしくて笑いだした。

「そんなので、よくそんな仕事ができるわね」

「これしかできないからな。暗くすればあとは大丈夫だ」


 アージェンの冗談めかした言葉は、リディにその先を想像させた。

 指先をつい、と白い首元に滑らせ、誘うように言う。

「…今も、暗いよ?」

 ランタンのほのかな灯りと月明かりの中、二人は隣同士に座ったまま向かい合っている。アージェンは困ったように笑みを作ったが、黙ったままだ。

「アージェンは、私があなたが蛇だから惹かれてると思ってる?」

 いや、とアージェンは首を振った。

「俺だからこうしてるんだ、とわかってる」


 じっと見つめられたリディは緊張で目を潤ませて、先日アージェンがそうしたようにゆっくりと彼の頬に手を添え、自分から唇を重ねた。

 ぎこちないキスをアージェンは優しく受け止めて、リディを抱き寄せた。腿を密着させ、リディの腕が鱗に触れても彼は振り払ったりしない。それどころかリディの服の中に手を滑らせてくる。下着の中で胸を撫でるアージェンの指が動くたび、リディは声を上げそうになるが、塞がれた唇からは吐息が漏れるばかりだ。そのうちに、アージェンの舌先は滑らか にリディの首筋へ移り、うなじを舐め上げた。

 たまらずにリディが上げた官能的なうめき声が、礼拝堂に響いた。

 アージェンはリディの背を支え、そのままゆっくりと席に寝かせた。リディの足の間にアージェンは片方の膝を割りいれ、見おろす格好になる。

 いつの間にか器用にシャツのボタンは外されており、下着は捲られ、リディの白い上半身は誰もいない礼拝堂の中で露にされた。うす暗がりとは言え、男性に体を晒すのは初めてであるリディは少し震えているが、それを抑えるかのようにアージェンは体に唇を押しつけ、手は優しく素足を撫でた。

 今いる場所を考え、リディは躊躇したが、胸の膨らみを這うアージェンの舌にあらがえない。胸の先端を器用に刺激するそれは、リディの女としての欲を呼び起こした。


 やはり、蛇なのではないだろうか。


 リディはそう思いながら身を預け、時折耐えきれずアージェンの背中に爪をたてた。

 その時、アンリが吠えた。

 敵を威嚇するような、野性の本能が引き起こしたような咆哮に、アージェンの体が緊張し、次の瞬間、外で疾風が駆ける音がした。甲高い、かすかな女の悲鳴のようなものも同じ方向に消えていく。

「…なに?!」

 リディが驚き、体を起こして服の前を合わせる。シャツのボタンはそのまま、赤い上着の襟を押さえながら、急いで扉を開けて教会の外を見回すが、すでに音の主はいない。そして、アージェンも護身用の背嚢と共に消えていた。

「え?ちょっと…やだ」

 何が起きたのか考えを巡らせた時、少し先で硬質な音がかすかに聞こえた。リディは躊躇いながらもアンリが残した獣の匂いも頼りに駆け出し、路地に入る。

 人口の増加に伴う建て増しで狭くなった道は入りくんでいるが、小さい頃から迷路がわりに路地で遊んでいるリディには、音の反響元をたどるくらいは容易い。

 それでも、思ったより遠くで目的の人物を見つけたときには、かろうじて残響があった程度だった。


「…アージェン…?」

 所在の確認と自身の安全のため、リディはまず、闇に向かって声をかけた。月明かりも届かない路地裏でまずリディの目に入ったのは、倒れている若い女性と、近くに横たわる狼のような獣の死骸。

そして、血のついた棍棒を持つ銀髪の青年だ。

  獣の爪で切り裂かれたか、服の破れ目からはすでに見慣れた爬虫類の紋様が覗いている。

  「…アージェン…?」

  リディは次に、疑問として聞いた。本当にアージェンなのかと。ゆっくりと振り向いた顔には返り血が付き、肌の白さを際立たせていたが、その目は黄色がかってまるで蛇のようだった。

「その女は無事だ。目が覚める前にどこかに連れていけ」

  アージェンの圧し殺した口調にリディも我に返り、ひとまず血溜まりから避けるように女を引きずり動かした。気絶しているが、目立った外傷は無さそうだ。次いで足元の獣をよく見ると、何か違和感がある。狼のようだが、足が5本。顔形も純粋な狼のそれではない。

「こいつも、どこかで処分しろ」

  嫌悪感を露にしたアージェンの言葉に、リディは顔をあげる。しかしその言葉とは裏腹に、青年の顔には苦悶の表情が浮かんでいるのだ。

   

はら、と何かが舞い落ちた。少し大きな、白と銀が混じった鷲の羽。よく見ると、獣の死骸にもその羽が数枚くっついている。

「とにかく痕を残すな。できれば、焼いて葬ってやってほしい」

  そう言って静かに瞑目し、次に開かれたアージェンの目は、すでに黒く戻っていた。

第1部終

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― 新着の感想 ―
[良い点] 熱量で読ませるのではなく、丁寧に物語で読ませに来るところが、堪らなくツボです。 静かに夜に頁を繰るような気配が濃密で、丁寧なドラマに魅せられます。
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