少女は貴族令嬢と再会する
買い取ってもらえなかった魔石バイクに、イングリットとエルは跨がって王都の街を走る。
道行く人々は、初めて見る魔石バイクに興味津々といった視線を向けていた。
食いつきは、悪くない。それどころか、詳細を聞こうとしているのか、走って追いかけてくる者もいた。
何か聞かれても答えられないので、今は気付かなかった振りをする。
王都のシャモア通り三番地――そこは、貴族のタウンハウスが多く並ぶ通りだ。
「緑色の屋根に、赤いレンガの家が、シャーロットの家なの」
シャーロットというのは、エルが王都に来る途中に客船で出会った美少女である。
彼女の両親は工場をいくつも持っており、製品化した魔技巧品を生産していると話していた。
エルの目的は、シャーロットの父親に頼んで、魔石バイクの大量生産をしてもらうこと。
「しかし、相手にしてもらえるのか」
「もしものときは、お祖父さんの名前を出す」
「おうおう。エルサン、強気だな」
「だって、イングリットの魔石バイクはとってもすばらしいものだから。たくさん普及させて、嫌がらせをしているジェラルド・ノイマーに、ギャフンと言わせるのが目標」
その言葉は茶化さずに、「そうだな」と神妙な声色で返していた。
あっという間に、シャーロットの屋敷にたどり着く。
改めて、外套の頭巾をしっかり被った。
エルは街中で危険視されている『魔女』で、イングリットは『ダークエルフ』だから。
改めて、屋敷を見上げる。
「さすが、魔技巧品工場を経営しているだけあるな。屋敷もその辺の貴族の家よりデカい」
「うん、そうだね」
魔石バイクを降りて、守衛所へ近づくと、胡乱な目で見られる。
エルの代わりに、イングリットが話をしてくれた。
「悪い。シャーロットお嬢様の知り合いのエルを連れてきた。面会できないだろうか?」
「シャーロットお嬢様のお知り合いのエル――ああ、お聞きしております」
すでに、話をしていてくれたらしい。門を開いて、守衛所で待機していたメイドが案内してくれる。
屋敷の外観もたいそうなものだったが、庭も果ては見えないほど壮大だ。
中でも、澄んだ水が天へと跳ねる見事な噴水があった。
「お、魔石噴水だ」
「魔石噴水って?」
「川の汚染された水を、飲料にできるようになるまで浄化できる装置だよ」
「王都には、便利なものが普及しているんだね」
「まあな。結構、川の水を飲んで腹を壊す人も多かったみたいだな」
「そうなんだ」
王都の川は、生活排水などで汚れているのだという。
「運が悪ければ、川の水を飲んで病気になって、死ぬ人も多かったみたいだな」
「うん。汚染されていない森の川でも、飲んだらいけないって言われていた」
いくら川がきれいに見えても、森に生きる生き物の糞尿に、魔物の死骸などが溶け込んでいる可能性があるからだという。口にしたら、感染症にかかるかもしれないとモーリッツが話をしていた。
「だったら、この魔石噴水は、画期的な発明だったんだ」
「そうだな。王都で初めての、大型浄化処理を行える魔技巧品だよ」
「イングリット、詳しいね」
「発明したのは、私だからな」
「そうなんだ! すごい!」
「でも、著作権はジェラルドにあるから、どれだけ売れたとしても、私の懐には銅貨一枚さえ入らないのさ」
「そっか」
いらぬことを聞いてしまったかもしれない。エルがしょんぼりしていると、イングリットはエルの頭をがしがし撫でた。
「もう、気にしちゃいないさ」
「でも……酷い」
「今から、儲け話をしに行くんだろう? そのことだけを、考えよう」
「うん」
自然と、エルとイングリットは手を繋いで、玄関口を目指した。
玄関口は両開きの立派な扉だった。シャーロットの知り合いということで、恭しく出迎えられる。
そのまままっすぐ客間へと通された。待つこと十分でシャーロットがやってくる。
「――エル!!」
扉が開いた途端、シャーロットが駆け寄ってきた。ぎゅっと、エルを抱きしめる。
「エル!! わたくし、ずっと待っていたのに、どうしてすぐに来てくれなかったの?」
「ごめんなさい。ちょっと、忙しくて。その、いろいろ、騒ぎがあったでしょう?」
シャーロットはエルから離れ、じっと見つめる。
「もしかして、魔女の噂のこと?」
「そう」
東の森に棲む魔女が、黒斑病を広めた。王女の姿に化けて、人々が倒れる様子を楽しんでいるという。そんなデタラメな話が、王都に広がっているのだ。
「エルが、黒斑病を広げた魔女なわけないのに。そうだったら、今ごろ、わたくしは黒斑病になって倒れているはずだわ」
「うん……」
「わたくしは、エルを信じているから」
「シャーロット、ありがとう」
エルが感謝の気持ちを伝えると、シャーロットはにっこりと微笑んだ。
「それはそうと、そっちの女性はどなたなの?」
「彼女は、イングリット。私が、世界で一番信用している人……かな」
思いがけない紹介だったのだろう。イングリットは、褐色の肌をほんのり赤く染めている。
「イングリットは、ダークエルフなの」
「ダ、ダークエルフですって!?」
シャーロットの青い瞳が、極限まで開かれた。
この反応が、普通なのだろう。
「でも、悪いダークエルフじゃないから」
「え、ええ。そうね」
シャーロットはエルの対面に位置する場所に腰掛け、本題へと移るよう促す。
「それでエル、どうかしたの? 遊びに来たわけではないでしょう?」
「うん。シャーロットに、魔石バイクを紹介しようと思って」




